天才とは何かと何かの紙一重―5
その日の夜、昼寝をしていなかった私はぐっすりと眠れていた。
途中までは。
……トイレ。
なんともしがたい生理的欲求に突き動かされ、目を覚ました。
「んー」
ねむい。猛烈にねむい。
でも、トイレ……。
誰か代わりに行ってきてくれないかなぁ。10円あげるから。
10円じゃ足りない? なら、チ〇ルチョコもつけよう。
そんなことを思っても、尿意はどこかへ行ってはくれない。
「んー……あやめー」
綾芽がいる方をバシバシと叩くと、いつもはそこにある綾芽の腕なり顔なりがなく、私の手は空の布団に沈んだ。
「……」
いないのかぁ。
今までも私を寝かしつけてからどこかへ行くことがあったから、今日もまたそれと同じだろう。
前は決死の思いで真夜中の屋敷の暗い廊下をトイレに行くために歩いていた時に、途中にある部屋で夏生さんとお酒を飲んでいるのを見つけた。
怖くて怖くてたまらなかった私は安心感からか……ごにょごにょ。
そんな失態は二度はおかせない。
もぞもぞと布団から抜け出し、障子を開いて廊下へ出た。
部屋と廊下の温度差に、ちょびっとは目が覚めた。
なんの因果か、綾芽の部屋からトイレまでは一番遠い。
しかも、私の歩幅は小さい。
必然的に、この暗くて長い廊下をまた一人で歩かなければいけないというわけだ。
……なんか、出そうなんだよなぁ、もう。
いや、おしっこじゃなくて、怖いやつが。
“ゆ”から始まって“い”で終わるやつとか、“お”から始まって“け”で終わるやつとか。
バッと行ってダッと帰ってくる。よし、それで行こう。
五分後。私はトイレにいた。
ふぃー。間に合った間に合った。間に合いましたとも。
トイレの補助器を元にあったところに戻し、廊下に出た。
明るいところから一転。
また暗く長い道が部屋まで続いているのを見なければならないなんて。
……おばけなんていないさー!!
本音は神様がいるんだから、おばけだって幽霊だって妖怪だっているのはおかしくない。
分かってる。
だけど、今はダメだ。絶対ダメ。
せめて出るなら誰か一緒にいる時にしてほしい。
私は長い廊下を走った。
トコトコなんて可愛らしいもんじゃない。
シュタタタタッだ。
可愛げ?
そんなもの、トイレットペーパーに包んでトイレに流してきたわ。
部屋までもうすぐって時に、なんだか玄関の方が騒がしいことに気付いた。
今が昼間ならそんなにおかしくないんだけど、今は真夜中。
草木も眠ると言われる丑三つ時だ。
それに部屋に戻っても綾芽はいない。
一人ぼっちで部屋にいるよりも、誰かと一緒にいる方が断然いい。
声のする玄関に方向転換して走った。
廊下は暗いくせに、玄関の明かりは煌々と輝いていた。
「どうしたのー?」
玄関でたむろっているおじさん達に声をかけた。
私が起きているとは思わなかったのか、おじさん達はビクリと肩を震わせた。
し、失礼だな。
人をお化けみたいに。
「あー……あのなぁ」
「いてっ! 何すんだよ」
「やめろって!」
互いに小突き回しているだけで、一向に私の問いに答えようとしてくれない。
「まだ朝までは時間があるから、部屋で寝てこい」
「そーだな!!」
「しっかり寝ないと。大きくなれねーぞ?」
むー……怪しい。
みんなして、必死に私を玄関から遠ざけようとしているみたいなんだけど。
それにまた一人で部屋に戻るのも怖い。
「おい! 巳鶴さん呼んできたぞ!」
「まったく! だからあれほど怪我をしないようにと……」
巳鶴さんがカンカンに怒りながら玄関口に現れた。
私に気づき、巳鶴さんは慌てて口をつぐんだけど、しっかり聞こえてる。
……誰か、怪我したの?
周りを見渡しても、ここにいる人で怪我をしている人がいるようには見えない。
間が悪いとはこのこと。
その数分後、肩で息をしている劉さんが傷だらけになったおじさん達の帰還を告げた。