湯けむり道中は珍道中―12
瑠衣さん、意地張ってないかなぁ?
大丈夫かなぁ?
「チビは人の心配より自分の心配した方がいいと思うけど?」
「え?」
隣を歩く薫くんがこちらは見ず、前を向いて歩きながらボソッと呟いた。
なに? なんで?
……はっ! ヤツらが近くにいるって!?
ビュンビュンと風をきって顔を動かし、視線もさらに動かす。
右よし、左よし、上よし、下よし、斜めよし。
ついでに劉さん格好良し。……違うか。
だって、抱っこされてるからすぐ近くに顔があるんだもの。仕方ないよねー。
「ん? 綾芽、落としたぜ?」
「あ、おおきに」
「本当に持ってきたんだな」
「当たり前やん。……じゃじゃーん。やくそくのもんもってきたでー」
綾芽がどこからか何かを大量に取り出し、両手に扇のように広げて持って私に向けてくる。
それをジーっと目を細めて注視すると。
「ぎゃーっ!」
見える見える。見えるではないかっ!
恐怖本当にあった怪奇現象、稲村さんの怖い話、泣く子もさらに泣き叫ぶ恐怖映像その他諸々。本当に諸々のタイトルがつけられたDVDの束がっ!!
「おへやついたらよるみよな?」
「ぼーよみー!! むりむりぃ!!」
いや、ムリだって! ほんとムリだって!!
幽霊ってば怖い話とか見たり聞いたりしてると寄ってくる寂しがり屋なんだって!
そんで気づいて欲しくて色々やらかしちゃう繊細な子達なんだって!!
そんなのをお仕置きに使ったらダメやって!!
「……はっ! わたし、るいおねーちゃまとおんなじおへやだもの。だいじょうぶ」
ムフフ。
だって私、女の子だもの。
宿にいる間は瑠衣さんと一緒にずーっといるもんね!!
「じゃあ、いまからみよか」
「ちょーしのってすいましぇんでしたーっ!!」
「うるっせぇっ!」
ムンクの叫びはさらに大きな夏生さんの叫びにかき消されてしまった。
……劉さん、皆のお部屋に着いてからも抱っこを是非とも所望します。
そのままたぶん一番奥の部屋に行き着いた。
どうやら一番お高いお部屋みたいで、とても広い和室だ。
部屋の奥の障子の向こう、板間張りの床に一人掛け用のソファが二つ、シックな机を真ん中に置いてある。その三方を一面の窓ガラスが囲み、その向こうには立派な日本庭園が見える。
「あう」
無駄に高機能そうなテレビまで。しかもちゃんとブルーレイ対応のデッキまで準備されている。
高級な旅館っていうのはこういう気配りがあるのが良いところなんだろうけど、今は全く嬉しくない。
もっと別の部分でおもてなしされたい。
「幽霊は怖くない。幽霊は友達」
「ゆーれいはこわくない。ゆーれいはともだ……ちなわけあるかーい!」
危なかった。
綾芽に耳元でとんでもないこと吹き込まれて洗脳されるところだった。
「おい、雅。劉はここまで運転して疲れてんだから騒ぐな」
「あっ! ……そーでした」
あまりにも自然に抱っこしてくれるから。
……欲しかったよね、こういうお兄ちゃん。
「ごめんね」
「げんき、いいこと」
「ん、んー! りゅーすきぃー」
ねぇねぇ、お母さんと真剣に養子縁組について考えてもらってもいいかしらん?
劉お兄ちゃん。うーん、いい響きだ。
「まぁまぁ。とりあえず座ってゆっくりしましょう」
巳鶴さんが部屋に備え付けのポットにお湯を注いでお茶の準備を始める。
慣れた手つきで進められ、じきに良い匂いのお茶が人数分用意された。
「さ、貴女もいつまでも劉に抱っこしてもらっていないで」
「あい」
いつもの下ろしてくれアピールをすると、劉さんはそっと下に下ろしてくれた。
……む。お座布が敷かれてないね。
部屋の隅に置いてあるお座布をみんな分引っ張ってきて、机の周りに順番に敷いていく。
いちまーい、にまーい、さんまーい……むむっ!
いちまいたりなーい。
お隣の部屋から借りてこようっかな。
誰も使ってないから余ってるはず。
「ちょっとおとなりのおへやにざぶとんとりいってきましゅ」
「あーかまへんかまへん。自分がここに座ればえぇだけやん」
綾芽に手を引かれ、綾芽が胡座をかいている上にストンっと腰が落ちた。
奇しくもここはテレビの前。
そして、身体はテーブルの方ではなく、テレビの方に向けられている。
「……あ、あはー」
「笑って誤魔化すのは感心せんわぁ。ほな、これからやね」
「ヒィーン」
綾芽が私の脇腹を抱え、逃げられないようにしてからもう片方の手で例のDVDをセットし始めた。
も、もう逃げられぬ。
ならばやることは一つ。
私に許された唯一の抵抗手段をやろうではないか。
「あ、何隠しとんの? ダメやろ」
「ぎゃっ!」
あうー。
目を隠していた両手は綾芽の片手で簡単に退かされ、掴まえられた。
……こうなりゃやけだ! どーんと来い!!
……やっぱり、とんでもなく怖いやつは抜かしてくれると本当に嬉しい、です。