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ひよっこ神様異世界謳歌記  作者: 綾織 茅
湯けむり道中は珍道中
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湯けむり道中は珍道中―9






「ほら、チビ。とりあえず黒木んとこ行くぞ」

「あい」



 おじさん達に絶対に二人にお互いが来ることを黙っているように念を押して夏生さん達の所に戻った。


 そういえば、私はどこのお部屋なんだろう?


 瑠衣さんと一緒のお部屋って聞いてるけど。



「キョロキョロよそ見してるとまた転ぶぞ」

「む」



 そうだった。


 ちゃんと前を向かねばね。



「こちらのお部屋でお連れ様がお待ちです。ご夕食は十八時頃に宴会場でよろしいでしょうか?」

「あぁ、頼む」

「では、ごゆっくりどうぞ」



 お婆さんが丁寧に深々とお辞儀をして、どこかへ歩いていった。


 夏生さんがお部屋の襖を開けると、中は和の空間が広がっていた。


 部屋の中央に置いてある机に向かい、黒木さんが急須からお茶を注いでいる。



「おぅ。早かったな、黒木」

「はい。用事が思ったより早く片付いたので」

「そうか。それはなによりだな。それより、急に誘っちまって悪かったな。こいつがどーしてもって聞かなくてよ」

「いえ、全然。雅ちゃん、僕まで招待してくれてありがとう」

「いーえ。くろきさんもひがしのなかまだからね!」

「そうですよ! いつでも戻ってきてくれるの待ってますから!」



 薫くんが黒木さんの前に駆け寄って食い気味に言葉を重ねた。


 黒木さんはというと、その言葉に苦笑いで返している。



 そうだ!


 せっかくの機会だし、あのこと聞いちゃおう!!



「くろきさん、ちょっとだいじなおはなしがあります」

「え?」



 黒木さんの隣に正座して、スッと背筋を正す。


 神妙な面持ちでジッと自分の顔を見つめる私に、黒木さんは僅かに首を傾げた。



「きのう、いっしょにいたおんなのひとはだれですか?」

「昨日?」

「そう。きのうです」

「それは……雅ちゃんは知らなくていいことだから」

「……るいおねーちゃまのこと、もうすきじゃなくなったの?」

「え? ……あ、あーそういうこと」



 黒木さんは合点がいったようで、すまなさそうな表情を浮かべて私の頭を撫でてきた。



 ちょっとちょっと! そんな顔するのはやめて!


 そんなの、そうなんですって認めてるようなものじゃん!



「瑠衣さんを好きじゃなくなることは絶対にないよ」

「え?」



 黒木さんの口から出てきたのは幸いにも予想を良い意味で裏切るものだった。



 でも、それならなんで昨日女の人といた時に無視したのさ。


 瑠衣さん、絶対に傷ついたよ?



「君に聞かせるような話じゃないけど、隠してるとどんどん悪い方に考えてしまいそうだから話すよ。でも、これから話すこと、瑠衣さんには内緒にできる?」

「ん。やくそくね?」

「うん、そうだね」



 指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った!



 さぁ、これでよし。


 あの女の人について、サクサク吐いてもらいましょうか。



「実は、うちの社員にいくつか引き抜きの話が来ていてね。引き抜きっていうのは、簡単に言うと、今の会社をやめて声をかけてきた別の会社に行くことなんだけど、分かる?」

「あい」

「それが僕の所にも来たんだ」

「そんな! よく知らないようなところに行くくらいなら、うちに戻って来てくださいよ!」

「薫、違うから。落ち着いて話を最後まで聞いてくれるかな? ……雅ちゃん達と会った時も、その引き抜き先の会社の人と一緒だったんだよ」

「……」

「あーそんな目で見ないで。本当に僕は今の仕事を離れるつもりはないよ。とても居心地がいいからね」

「……それで?」

「それでね、別にこういうことは珍しくもないし、社員の自由意思に任せるっていうのが瑠衣さんの考えなんだ。もちろんそうあるべきだって僕も思ってる。ただ、事はそう簡単にいかなかったんだよ」

「え?」



 大人の社会って難しいんだね。


 仕事を見つけるにも辞めるにも色んな制約がかかってきちゃうなんて。



「実は、その会社の引き抜き方がなかなかに強引というか、あくどいというか、とりあえず、あまり褒められた引き抜き方じゃないんだよ」

「いほーなやつでしゅか?」

「違法だったら僕も対処のしようもあったんだけど、そうじゃなくってね。だから、ちょっとこっちから近寄ってみたんだ」

「……そのことをなんでるいおねーちゃまにいわなかったの?」

「君はまだまだ彼女のことを分かっていないね。彼女に言ってごらん? 正義感の強い彼女のことだから、真正面から向こうの社長に直訴しに行くよ。それこそ今まであまりよく知られていない、裏で何をしているか分からないような場所にさっさとね」



 あ、あー。


 瑠衣さんのそういうところ、簡単に想像できちゃうね。



 皆も当然だろってばかりに頷いている。



「なんか手助けはいるか?」



 夏生さんが劉さんが淹れてくれたお茶を口元に運びながら尋ねた。


 それに黒木さんは頭を振って応えた。



「向こうの方から何やら面白い話を聞かせて頂いてしまったので、こちらも相応の礼をしようかと。ですが、お気遣いは無用です」

「……そうか」



 ……むむっ。


 黒木さんてば口角を僅かに上げただけなのに、なんかいつもと違う。


 ちょっとブルッと来てしまったんですが。



 とりあえず、黒木さんが瑠衣さんのことをまだ好きなら私は小難しい話はノーサンキュー。


 頭が痛くなるような話は大人だけでやってくれぃ。



 端に正座で控える劉さんのところに行き、腕を上げてちゃっかり膝の上に収まった。



「で? ちなみになんて言われたんだ?」

「どうやら向こうは僕が東の料理長をしていた事を調べあげたらしく、料理長をしていたのに厨房の仕事を任されていないのは適材適所がなっていないだの、コネがあるのにそれを生かせていないのは社長が何も考えてないからだの。フフッ。思い出したら笑えて来ますね」



 黒木さんの目の前に置いてあった湯呑みをスススーッと薫くんが避けていく。


 避けなきゃいけないようなことを黒木さんがするなんて普段からは全然思えないけど、今ばっかりは薫くんグッジョブと思ってしまうんだからすごい。



「雅ちゃん、大事な話っていうのはもういいのかな?」

「ん? はい」



 もう十分です。


 私を気にせず、どうぞどうぞ。




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