湯けむり道中は珍道中―6
お店に着くと、平日で、しかも一番多い時間帯を僅かにずれていたからか、そう待たずに中に案内された。
「茜。俺と瑠衣さんは後から行くから、先に雅ちゃんと料理取って来てよ」
「オッケー。じゃあ、雅ちゃん。行こっか」
「はーい」
料理が並んでいる方を見ると、たくさんの人でごった返している。
つい、いつもの癖で茜さんの服を摘まんだ。
「おおいねー」
「まぁ、バイキングだからね。さ、僕が取っていくから……料理見える?」
「ん。せのびすれば……みえないこともないこともない」
「それって結局どっちだっけ」
……見えぬということだよ。
透明のボールだったらいけたかもしれないけど、陶器だからねぇ。
「中華でこれは絶対に食べたいってのはある?」
「んー? んー」
「分かった。じゃあ、色んなの少しずつ取っていくよ。それで美味しかったものをおかわりすれば?」
「それだ!」
結局私がいてもいなくても大丈夫になっちゃったね。
ん? 席に? 戻っててって?
はーい。
まぁ、人も多いからね。
背が小さい私がうろちょろしていたら他のお客さんの邪魔になるだけだから大人しく戻りますよっと。
「あおいさんか、るいおねーちゃま。こーたいです」
席に駆け寄って、何やら話していた二人に教えた。
お店の人が用意してくれた子供椅子に足をかけ、無事に座れるとやっと一段落。
ふぅ。お水が冷たくて美味しい。
「瑠衣さん、先に行きますか?」
「私は最後でいいわ。雅ちゃんと次のお店決めてるから行ってきて」
「……分かりました。じゃ、取ってきます」
葵さんが席を離れると、私と瑠衣さんの二人。
マップを広げて、次に行くお店を物色し始めた瑠衣さん。
そうだ。
私の失態のせいで黒木さんと変な感じになっちゃったけど、アレはどうなったのか。
聞きたいけど、聞けない。
でも、二人になっちゃってるせいで、余計に気になってくる。
瑠衣さんの横顔をジッと見ていると、丁度視界にお店の出入り口が入る。
その出入り口をスッと横切る人がいた。
「あっ」
私が椅子を急いで降りだしたから、瑠衣さんは僅かに首を傾げている。
「るいおねーちゃま、わたし、ちょっといってくる!」
「え? どこに?」
「ちょっとそこまでー」
早くしないと見失っちゃう!
それも、瑠衣さんについてこられるとちょっとマズイ。
「あおいさーん、あかねさーん! ちょっといってくるー」
「え!?」
「雅ちゃん!?」
お店の出入り口に駆けると、その人が歩いて行った方に目を走らせた。
見間違いであって欲しいけど、私、視力には自信がある。
あれは間違いなく……。
あ!
「黒木?」
……あ。
さっきまで聞いていた声よりもずっと低い声が上から降ってきた。
恐る恐る見上げると、綺麗な眉を顰めた瑠衣さんが私が見つけた人、黒木さんの方を見ていた。
しかも、黒木さんは一人ではなく、その、若い女の人と一緒だ。
「あの、るいおねーちゃま、その」
「へぇ。ふーん、そう。私のことなんて、やっぱりその程度だったってことね」
「るいおねーちゃま」
後ろを向いて服をキュッと掴む。
こうでもしないと瑠衣さん、今にも黒木さんの所に行っちゃいそうなんだもの。
私達の様子に気付いた葵さんと茜さんもこちらに来て、瑠衣さんの視線の先を追った。
「……何してんだ、あの人は」
「もしもし? 本当に忙しいって分かってるんですけど、薫をお願いします。黒木さんのことで」
茜さんは額を押さえ、葵さんは携帯で誰かに電話し始めた。
その間も、瑠衣さんは黒木さんから目を離さない。
「さ、雅ちゃん。お腹空いたでしょ? ご飯にしましょ?」
「え? あ、えぇー?」
瑠衣さんと黒木さんを交互に見る。
黒木さんはまだこちらに気付いていないみたいで、あろうことか隣の女の人に笑いかけている。
くーろーきーさーん。
気づいてよーもー!!
必死になって黒木さんに念を送っていると、ようやくこちらに気付いてくれた。
だけど、あろうことか、フイッと視線を外される。
……マジですか? え? これ、ドッキリとかじゃなく、マジですか?
「……雅ちゃん、ほら、早く。時間がなくなっちゃうわ」
「あぁー」
瑠衣さんに手を引っ張られ、たたらを踏みながらも、目は黒木さんから離せなかった。
席に着くと、瑠衣さんは何事もなかったように自分と私の膝の上にナプキンを引いてくれた。
茜さんを見ると、彼も困まり果てているようで眉が下がっている。
電話をかけている葵さんはまだ店先で話中だ。
「よし、じゃあ、食べましょ。余計な邪魔が入っちゃったから急いで食べなきゃね」
「あ、あい」
ひぃーん。
瑠衣さんの笑顔が怖すぎるよぅ。
「何から食べる?」
「え、あ、え」
ギュルルゥルルルルゥ~
「……エビチリ」
くぅ~。
こんな時だっていうのに、身体は空腹に正直だ。
「はい、あーん」
「あー……あふぃふぁとぉ」
海老がぷりっぷりしてて、タレも甘辛くて美味しい。
美味しい……けどっ!
今じゃなかったらもっと楽しめてたのにっ!!
「すみません。電話が長引いてしまって」
「別に構わないわ。雅ちゃんのお腹が待てそうになかったから先に食べてたけど」
「ごめんね」
「んーん」
それよりも、薫くんとどんな話してたんだろう?
「ちょっとお手洗いに行ってくるから、雅ちゃんをよろしくね?」
「あ、はい」
席を立った瑠衣さんは膝にかけていたナプキンを椅子に置いて、店の奥にあるトイレに行ってしまった。
思いがけず訪れた好機。この時を逃してなるものですか!
「かおるおにーちゃま、なんて!?」
「あの女性が黒木さんの家族とかだったらいいなって思ったんだけど、黒木さんには外国に弟さんはいるけど、女兄弟はいないって。薫も驚いてたよ」
「むぅ」
これは本格的にヤバい気配しかしない。
こじれていたのが決定的なものになりそうだ。
「ねぇねぇ。くろきさんって、るいおねーちゃまのことがすきなんだよね?」
「うーん。僕達もそう聞いてるけど?」
「東の人達ほど二人の関係を知ってるわけじゃないけどね」
じゃあ、どうして違う女の人と一緒にいるんだろう?
そんなことしても、余計に瑠衣さんが離れていっちゃうだけなのに。
「他人の恋路に首を突っ込むヤツは馬に蹴られてしまえって言うけど、放っておいたらもっと悲惨なことになりかねないし」
「葵、どーする?」
「どうするったって……当の本人達に話合わせるしか……」
「「あ」」
ん? どうしたのさ、二人共。
双子同士分かり合えてるのかもしれないけど、仲間外しは良くないよ。
私にも教えてくださいな。