起こしてはならぬモノ―5
※ 優姫 side ※
境内の紅葉が見頃を迎え、参拝に来た人達が至る所で写真を撮っている。
参拝客にとってはこの美しい景観も、神社に奉仕する一族としては神の御在所としての景観を保つのに必死だ。
それにもうすぐ秋祭りがある。
その準備にもだいぶ人手がかかっていた。
本来この祭りで神楽を舞うはずだった雅が向こうに行っているため、今、神楽殿では代役となった子が神楽を練習していた。
毎年この時期になると、初めてあの人と会った時のことを思い出す。
……あれは完全に私の失態だった。
でも、今でもあの人のマイペースさには全くついていけないけど、雅を生ませてくれ、あの子に全く認められてないけど愛してくれているのには感謝してる。
近頃は私抜きで親子二人過ごしているみたいで、なんだかすごくムッとしちゃう。
そういえば、数時間に一回は報告と称してやってくるのに今日はまだ一回も姿を見ていない。
「優姫ちゃーん。悪いんだけど、お醤油買ってきてくれる~? きらしちゃったみたいなのよ~」
「はーい」
掃き掃除をしていた私のところに眉を下げたお母さんがやってきた。
あれだけ買い物に行く前に冷蔵庫の中とか確認してたのに忘れるとか、さすがお母さんだ。
まぁ気分転換にもなるし、いっか。
近くを掃除していたバイトの女の子に声をかけ、箒を片付けてから家に車のキーを取りに戻った。
「おかーさーん。他にも何かあるー?」
玄関先から台所に戻っているだろうお母さんに声をかけた。
「だいじょーぶー」
……本当かな?
でも、ま、おばあちゃんが何も言ってこないってことは今回は本当にお醤油だけですんでるのか。
「じゃあ、行ってくるねー」
「気をつけてねー」
「はーい」
玄関の引き戸を閉め、裏門の方にある駐車場の方へ向かった。
いつものお店で醤油を買い、家に戻ってきたのは一時間後だった。
途中で知り合いに会って少しだけ話し込んでしまったのがいけなかった。
おばあちゃんが怒ってないといいけど……。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
お母さんが奥から小走りで出てきた。
良かった。
おばあちゃんが怒っていれば、出てくるのはおばあちゃんだ。
まだおばあちゃんの許容範囲内で済んだらしい。
「優姫ちゃん、あのね、あなたにお客様がいらしてるの」
「お客様?」
「優姫ちゃんったら携帯を携帯してないんだもの。ダメじゃない」
「ご、ごめんなさい」
頬に手を当てて僅かに首を傾けるお母さん。
いつもは私がお母さんの天然部分を指摘するのに、今は立場が逆になってしまった。
若干お母さんがそれを言うのと思わないこともない。
まぁ、それはそれとして。
「どんな人?」
「どんな人って……綺麗だったわぁ」
でもお父さんの方がお母さんは好きよっと付け加えるお母さんの言葉は置いておいて。
中に入れたってことは危ないモノじゃないってことね。
でも、誰かと会う約束なんてしていないんだけど。
それでもこれ以上待たせるわけにはいかず、買ってきた醤油をお母さんに預け、客間へ向かった。
「お待たせしてしまって申し訳ございません」
客間には男の人が二人通されていた。
でも、彼ら二人共に見覚えはない。
どこかで会ったこと、あった?
頭を下げつつ、記憶の中を探ったけれど、やっぱり一致する顔はなかった。
「突然訪問してしもて申し訳ございません。自分は綾芽いいます」
「その名前……あ! もしかして、あちらで雅がお世話になっているっていう!?」
あちらの世界からわざわざやって来てくれるなんて!
……まさかあの子ったら、何かとんでもないことやらかしちゃったんじゃないでしょうね?
「今日あなたにお会いしに来たんはちょっと話つけてもらいたい人がいてはりますのや。ついて来てくれはると助かるんやけど」
「単刀直入に言うと、雅がおそらく敵の手中にとらわれ、貴女のご主人が怒り狂っておられる」
「えっ!? 雅が!?」
割とあの子が生まれてから数回はあった拉致被害に、それでも毎回身体の芯が凍る。
……あの人が傍にいるはずじゃなかったの?
それどころか、自分は怒り狂ってるだけ?
「陛下、詳しい話は向こうでにしてもらえます?」
「へい、か?」
「うむ。あちらの世界では一国の主をしている」
あの人と関わってしまってからとんでもない身分の人とも縁を結んでしまった。
きっとこれは私が死ぬまで続くのだろう。
だからこそ、言っておかなければいけない。
自分の娘が攫われたっていうのに、手をこまねいてるだけで、周囲に迷惑かけるとは何事か!
神への畏敬の念なんて、あの人限定でとうの昔に忘れさっている。
しばらく家を出ることをお母さん達に告げ、私は二人の世界、雅達が暮らしている世界へと足を運ぶことになった。
※ 優姫 side end ※