幽霊の正体見たりなんとやら―6
お姉さんが立ち止まったのは、地下一階のとあるドアの前だった。
かけられたネームプレートには怖い話でおなじみの三文字。
“霊安室”。
い、いかにもな場所ですね。
「お願いします。あの子達を助けて」
お姉さんはそれだけ言うと頭を下げ、またスーッと消えていった。
「余程心残りがあるみたいだね。代替わりしたとはいえ、冥府の神を前に畏れよりも救済をとるなんて」
「優姫が、人の中には他者に対して驚くほど慈悲深い心を持つ者がいる、と言っていた」
「おかあさんもやさしいよ」
「あぁ。アレの心は美しい」
「はいはい。家族の惚気は身内だけの時にしてくれる? ……さっさと入ろう」
千早様が冷めた目で私達二人をチラリと見た後、私が握っている方とは逆の手を霊安室のドアにかざした。
すると、ドアにぽっかりと穴が開き、部屋の中が丸見えになった。
見えたのは白いシーツがかけられたベッドと、献花用の小瓶が置いてある台だ。
「……」
ごくりと自然と喉が鳴り、気付いたらいつの間にかアノ人の服の袖を握っていた。
アノ人もそれが分かっているはずなのに、何も言わないでいてくれている。
中へ入るなり、千早様とアノ人の視線がベッドへ向けられた。
「「下」」
千早様とアノ人の意見が一致した。
下、とは? 何が下なの?
ちょっと、怖い言い方やめてー!!
「最悪だね」
最悪なの!?
神様が言う最悪ってよっぽどのことだよね!?
「ここはいつから命を救う場所から奪う場所に成り果てたんだか」
「それって」
「……けて」
あ、またあの声が聞こえる。
最初がぼやけて聞こえないけど、もしかして……助けて?
「ねぇねぇ、たすけてっていってる?」
「みたいだね。でも君は何もしちゃダメだからね」
「どーして?」
「これは中途半端に手を出しちゃいけないから。待って。今、誰か人を」
ドンッ
ベッドから音がした。
正確には、ベッドの、下。
「待てないってわけ?」
千早様が口元を引きつらせた。
それに応えるかのように。
ドンドンドンドンドンッ
気付いたら千早様の手を離し、アノ人の脚にしがみついていた。
まだ泣いてない。泣いて
ドンドンドンドンドンドンドンッ
泣いてますぅ。
「……おぉ」
なんでそんな嬉しそうなのぉー。
「心配ない。……ほら」
「……」
いつもなら抱き上げてくるのに、今回は手を広げるだけ。
ぐぬぬぬ。
行っちゃうよー! このやろー!!
「優姫、やったぞ」
こんな時にあの紙嬉しそうに書きつけないで!!
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンッ
もうなんか分かんないけど!
ごめんなさいぃ!!
何かが何かを叩く音は止まるどころか、勢いを増し、音も大きくなっている。
「ち、ち、ちは、ちはやさま。いちじてったい、しませんか!?」
「……させる気はないみたいだよ?」
千早様の額から汗がつうっと伝い落ちていった。
「……ひっ!」
あ、あ、ああ、あーら不思議。
誰もいなかったはずなのに、ドアの前に人が立ってる。
俯いて、だらんと力が抜けていて。
ドンッ
一際大きく音が鳴った後、今までの音が嘘だったみたいに止まった。
でも、ドアの所にはまだいる。
気のせいか、ジワジワと迫ってきているような……。
「早めに来ることを願うしかない、か」
「ち、ちはやさま?」
千早様が床まで届いているベッドのシーツをめくった。
周りの床はとても綺麗に磨かれているのに、ベッドのシーツに隠された床の部分だけ異様だった。
赤黒い何かが引きずられたように、筆を走らせたように染みになっている。
そして。
「とびら?」
床下収納でよく見られるような扉がその染みの中心にあった。
染みは全てその扉の先に消えている。
「人の血、だね。それも一人や二人じゃない」
ゾワリと肌が粟立った。
それはつまり、誰かがこの下に他の人を……。
「たすけて」
声が、はっきりと聞こえた。