幽霊の正体見たりなんとやら―3
廊下に出ると、なんだか……いる、気がする。
ごくりと唾を飲みこみ、一歩踏み出した。
「い、いってきます」
「行ってらっしゃい。あまり危険なことはしないでくださいね? あと、他の患者さんのご迷惑にはならないように」
「あい」
千早様の手をしっかり握り、ドアを閉めた。
怖くない怖くない。
大丈夫大丈夫。
「あ。あそこ」
「なに!? なにかいるの!?」
千早様が顔を向けた方を千早様の身体の後ろから覗いてみた。
やっぱり怖いから目のとこだけ細ーく開けて、両手でばっちり顔をガードして。
「自動販売機がある」
「……なんだぁ~」
びっくりしたじゃんか!
わざとじゃあるまいね!?
「それよりも、君、今周りから見ると一人でしゃべってる状態だからね」
「え!?」
なぜに!?
帝様達には見えてたよね!?
「僕、奏ほどじゃないけど煩わしいのが嫌いなんだ。関わりを持つ必要があるなら別だけど、そうでないなら姿は消させてもらうよ」
「……」
……そういうことはもう少し早く言って欲しかった。
「ほら、さっさと君の気の済むまでやろう。だんだん面倒くさくなってきた」
「あっ! まって!!」
ついつい声を出して、廊下の先を歩いていた看護師さんに振り返られてしまった。
「……バイバイ」
ニコッと笑って誤魔化しました。
看護師さんもニコッと笑って……スゥッと消えた。
消えた!?
「ち、ち、ちはやさま。みた?」
「……ただの看護師の霊でしょ。何が怖いのさ」
「どーしてそんなにへいきなの」
「逆にどうして平気じゃないの。君、両親からしてこういうのに耐性あってもいいもんでしょ」
「だって、こっちにくるまではいっかいもゆうれいなんてみたことなかったよ」
「本当にそうかな? 人間って見たいものを見たいようにしか見れないって言うし。まぁ、君の場合は完全に人間ってわけにはいかないけど。隠形してあの人が傍にいた時は本当にいなかったんだろうけど、そうじゃない時、例えば一人離れる時とかは分からないよね。君、バ……頭が可哀想な子だから、無意識にでも自分が見知ってるものに置き換えてたりとかしてても僕は不思議には思わないね」
……千早様、本当は私のこと、嫌いなんじゃなかろうか。
さっきから棘という棘が私の心に刺さりまくっている。
「能天気な君はまだ分からないかもしれないけど、本当に怖いのは死んでる人間より生きてる人間の方だよ。君も直に分かるようになる。傍にいる人間がそうじゃないからって、それは君にとっての幸福で、当たり前のことなんかじゃない。僕達人外の、それも神籍に名を連ねるものはいつだって人間に生かされ、使われ、捨てられ忘れ去られる。神を生かすも殺すも人間次第なんだ。ほら、そう考えたら行動を起こせる生きた人間の方が死んだ人間よりずっと恐ろしいだろう?」
千早様は怒っているのか悲しんでいるのか分からない声音で、アノ人と同じ表情を無くした顔でそう私に問いかけてくる。
確かにそう言われるとそんな気も……。
菅原道真公とか、いわゆる怨霊と呼ばれるようになった人達よりも生きた人間の方が恐ろしいんだ。
「あ、彼らは別。御霊会で鎮魂の儀が行われている彼らは死んだ後も何百年と御霊信仰っていう信仰の対象になってるでしょ? 道真なんかは天神として結構な地位を築いてるし。どっちかっていうと、もう僕ら側に近いけど、あそこまで恨みが強いと、ね。まぁ、それでも生粋の神籍じゃないからって理由で信仰はそんじょそこらの神よりあるのに神議の時なんか肩身が狭そうだけど。社家の娘なら聞いたことあるでしょ?」
「……じゃあ、やっぱりしんだひとだってこわいってこと?」
「……人間ってよく分からない生き物だよね」
その言葉でまとめようとしないでよぅ!
なんだか分からないもやっとした感だけが残ってしまった。