二十二話 馴れない対話
「……」
リールの目論み通り、ブレイバスを犠牲にしつつ場を静まらせる事に成功する。
そしてその場には対話を訴えるリールの声は綺麗に響いた。
そうなってしまっては筋翼人の王ガルグレンも気持ちのやり場を失い再び暴れまわる訳にもいかない。
更に暴れる原因となった娘の名前が出た以上、リールの話を聞かない以外にガルグレンに選択肢は残されていなかった。
崖の上で空宙に停滞するシュンツの追撃に構えていたが、そちらから身体の向きをかえ崖の上から翼も使わず豪快に飛び降りた。
ガルグレンがリールの目の前に着地する事により、ズシィン……! という轟音が辺りに響くと同時にその衝撃により発生した風圧でリールの綺麗な緑髪がフワリと揺れる。
2メートルを越え筋肉隆々、更に巨大な翼がある事で数字以上に大きく見える強面髭面のガルグレンと、16という年齢の中でも平均程度の体格しか持ち得ないリールが至近距離で視線を交わす。
ガルグレンは睨むようしながらもちっぽけな少女の真意を探るように、リールは自分よりも遥か大きい暴力の権化に全く臆する事なく真っ直ぐな瞳で、それぞれ互いを見合っていた。
「……話してみろ」
ゆっくりと、しかし低い声色で口を開くガルグレンに対し、リールは尚も態度を変えてはいないが、凛としたその表情の裏ではそれに見合わない事を考えていた。
(さーてこう言ったのはいいけど、どういったら納得してくれるかなぁ。こういう話し合いはいつもクレイ任せだったし……う~ん、クレイならどう言うか……)
『クレイならばどうするか』
リールはそれにのみ重点をおき、クレイの思考をなぞるように、喋りながら次の言葉を考え紡ぎだすように口を滑らせる。
「私と後ろのブレイバス、そして上にいるシュンツさんは、レアフレアさんからとある依頼を受けここに着ました」
(クレイならきっと……基本的には本当の事を話しながら相手を刺激しないように言葉を選ぶ……)
ここでリールが選んだ言葉は、重要人物から頼まれてこの場に来た事を伝える事、そして重要人物と数時間前まで行動を共にしていた事は敢えて話さない事。
「……」
ガルグレンはそこで腕を組み、黙ったままリールの言葉を待つ姿勢に入る。
リールの目論見通り相手を完全に話し合いの場に引きずり出す事に成功したのだ。
(ええっと、次は……)
リールは元々理詰めの説得を得意とする方ではなく、どちらかというと感情的に動くタイプである。
しかしその思想の根源にあるのは『気にくわない事を力で解決する』といったものではなく、『如何に皆が楽しく満足いく結果になるか』である。
つまりこの場の『誤解を解いて場を治める』事に関してはリールの思想は最善のモノとも言えるだろう。
「私たちが聞いた依頼は、レアフレアさんのお父さんの病気を私の力で癒す事」
その一言にガルグレンの表情筋がピクリと動く。
しかし、ガルグレンが何かを言う前に周囲がざわめき始めた。
「お父さんってあの目の前の筋翼人王の事だよな?」
「病? あの強さで? 冗談だろ?」
「しかし言われてみれば顔色自体は青い気が……」
「王の病を? レアフレア様はそんなお考えを……」
「しかしそんな事ができるのか……?」
「俺、さっき人間に斬られたかと思ったらあの娘の光の玉で治っていた……ひょっとしたら……」
ユニバール軍と筋翼人、それぞれが違った疑問を口にする中、リールは自らの両手を軽く前に出し、何かを包み込むような仕草をしながら唱えた。
「【愛の癒し手】」
するとまたもやリールの両手に光が灯る。
それは先程の【愛の落投】や【愛の弾丸】を使う際の目も眩むような強い光ではなく、見る者の心までも落ち着かせるような優しい光。
「私はこの魔法の力を使ったとある飲み物を造り、それを販売しています。この力により病が癒されたという例もあって、レアフレアさんはどこからかそれを聞き入れ私たちの元にやって来てこう言いました。『父の病を治してほしい』、と」
【愛の癒し手】により放たれる光は、眼前のガルグレンが最も近くで注視している。
本人も無意識だろうが、その光を見ているガルグレンの瞳は少しずつ穏やかなものに変わっていった。
「この力で貴方の病を癒せるかどうかは、正直に言いますと私にもわかりません」
ここで、リールは選択を強いられる事となった。
1つはこの場で【愛の癒し手】をガルグレンにかける、もしくは時間を取り『キズナ⭐オレ』を作成し、病の治療を試みる事。
しかし元々リールの魔法にそんな効果はないため、『結局無理でした、でも私たちは依頼通り頑張りました』と言う事が精一杯だろう。
そうなれば次に話題に出るのはレアフレアの行方と安否。
レアフレアからの依頼の本質に失敗し、かつ本人が安否不明となれば再び相手の狂気を呼び起こしかねない。
(クレイなら、そんな問題を後回しにして自分の首を少しずつ絞めていくマネはしないかな。お話が長くなっちゃうと私じゃ尚更ボロも出ちゃうだろうし……)
そこでリールが選んだのは、場が少しだけ落ち着いたこの場での早期決着。
ガルグレンのほうを見つめたまま後方のジークアットに話しかける。
「ジークアット将軍、レアフレアさんの現状の説明をお願いします」
その一言に、ジークアットは僅かに顔を強張らせた。
リールがガルグレンの前から全く離れず自分に状況説明をさせる。
つまり、今から話す事がガルグレンの琴引に触れるのならば真っ先に犠牲になるのは目の前のリール。
出会ったばかりの華奢な少女が矢面に立ち、最悪の場合の責任を引き受けようと言っているのだ。
「リールさん!」
リールのその覚悟を理解した上空のシュンツは、抜剣をしたまますぐにその場に降り、青い顔をし冷や汗を垂らしながらリールに声をかけた。
リールはそんなシュンツに、まるでなんでもない日常のようなリラックスした状態で、聖母のような笑顔で微笑みかける。
「大丈夫だから。剣を納めて? シュンツさん」
それ以上シュンツが何かを言う前にガルグレンのほうへ再び向き直ると、再びジークアットに向けて口を開く。
「ジークアット将軍、お願いします」
二度目のその言葉に、ジークアットもまた覚悟を決める。
但し隊を率いる者の責任として、レアフレアの安否が不明な事が自分の隊の責任でもある事も含め、ジークアットも早足でリールの横まで足を運ばせる。
歩きながらジークアットはゆっくりと口を開いた。
「あぁ……ガルグレン殿……貴方の娘、レアフレア殿の事だが────」
その時、明後日の方角から二つの人影がこちらに向かって飛んでくるのがジークアットの視界に入る。
まだここまで辿り着かない遠い距離から、焦りが見える大声がその人影から響く。
「ガルグレン様ぁ!! 大変ですぅ!! 東門、突破されましたぁっ!!」
その声に、話し合いが始まってからガルグレンは初めてリールから視線を外し、そちらに目を向けた。
「あれは……ウィングルにトーリィか」
ウィングル、トーリィと呼ばれた人影は数十秒後に近くに着地。
姿を現せたのは回りの筋翼人と同じ茶色の翼を身につけた二人の男女。
ウィングルは、鋭い目をし肩の下まで髪を伸ばした筋翼人の中でもやや細身の女性。
トーリィはガルグレン程ではないがやはり平均以上の体格をした頭を短く刈り上げた屈強な男性。
「何があった!?」
同じ筋翼人のバドもまた近くに走って来、二人に問いかけた。
大急ぎで飛行しながら大声を出した為、息を切らせ声が出せないウィングルの代わりにトーリィが口を開く。
「東門に人間が、ラムフェス軍が攻めて来た! 『竜聖十将軍』の旗を掲げてなッ!」




