二十話 雨降って地固まる
一通り瓦礫の除去を済ませ、その下から出てきた怪我人には重傷の者から順番にリールが魔法による治療を行っていく。
その大部分が終わる頃、ブレイバスはふと周りを見渡す。
するとそこには共同作業によりスッカリ打ち解けてしまったユニバール兵と筋翼人が仲良く雑談をしている姿があちこちで目に入った。
「やれやれ、終わりよければなんとやら、か」
肩を竦めながらそう呟くと、更に破壊された城門のほうへ視線を移し更に口を開く。
「しっかし人的被害は無いとはいえ、筋翼人側は多大な損害だしちまってんだがな、このまま丸く収まるのか?」
「扉や山を壊して回ったのはブレイバス一人でしょっ、そう思うなら貴方がなんとかしてね」
いつの間にか横に回っていたリールが若干疲れを見せながら、呆れ顔でブレイバスに指摘する。
「おうリール、見事だったぜ! 無事戦いを収めれたお前のおかげだ! ありがとよ! 信じてたぜ!」
「どういたしまして。私もどーせ『戦いになったらブレイバスは好き勝手暴れまわるだろう』って思っていましたよっ」
そうこの二人はこの行動この結果を決して予め打ち合わせをして行ったのではない。
ブレイバスは戦う事、リールは癒す事、各々の役割をしっかり全うする事に務めた結果上手くいった事に過ぎないのだ。
一歩間違えれば死者も出ていた事だろう。その中に自分たちが含まれている可能性だってあったはずだ。そうなってしまっては今この光景はないかもしれない。
「クレイのヤツがいりゃあもうちょい考えてくれっからここまで行き当たりばったりにはならなかったかも知れねーがな! ま、結果オーライだろ!」
「クレイも意外とその場その場で考えてる事も多いけど、確かにクレイがいたならそもそも戦いにならず上手い事筋翼人さん達を説得出来てたかもね」
そんな話をしている所で、今戦い最大功労者のブレイバスとリールの元に各陣営の代表の二人が近づいてきた。ユニバール将軍のジークアッドと筋翼人側を指揮していたバドである。
「……二人共、よくやってくれた。リール殿、先ほどはすまない、貴女の真意が見抜けず責めるような口調になってしまった」
「いえいえっ! こっちこそ勝手にやってしまってすみませんっ!」
「ブレイバス殿……でよかったか? 交戦していたはず我が同胞らの救出、礼を言う」
「門番殿……あーいやバドさん、門壊しちまってすまねえな、アンタらも強ぇーからああでもしなきゃコッチが殺られていた」
二人は口々にブレイバスとリールを称える。そんな中ジークアッドが表情を崩しながら更に口を開いた。
「二人は、いや、クレイ殿も含めて三人は傭兵稼業で生計を立てているのだったな。君たちには何度も助けてもらった、この任務がうまくいけばユニバールから相応の報酬を出すことを約束しよう。……バド殿」
ジークアッドの呼びかけに、バドは周囲を、自軍が人間と和気藹々話をしている様子を眺め、返事をする。
「うむ……ここまで我らの毒気を抜かれては話を聞かないわけにもいくまい。ユニバール側は王との対話を望むであったな。だが、今は……」
バドが口を濁しながら何かを言いかけた時、壊れた大門の方角から風を切る音が聞こえた。
「ん? バドさん、ありゃあなんですかぃ?」
ブレイバスは思わず声を上げた。その方角上空から何かが高速接近してくる。
筋翼人の飛行速度は今回の戦いで大体は見せてもらった。飛んでくる方角から最初は筋翼人かと思ったが、それにしては速すぎるし、彼らは飛んでくる際にここまで大きな風を切る音など出さなかった。増してや飛んでくるソレは単体である。ソレはシュンツの【天空殺法】以上の速度がありそうだ。
考えている間にソレは接近し、ブレイバス達の近くに轟音と共に落ちた。
「うおッ!?」
「きゃあっ!」
土煙を上げながら、中から人影が立ち上がってくる。そしてその土煙がある程度晴れた頃、その全貌が明らかになった。
出てきたソレは、やはり筋翼人だった。
しかしその身体は他の筋翼人よりも一回り大きく、身長は2メートル以上、身を纏う筋肉の鎧もブレイバスより大きく、他の筋翼人同様褐色の肌。そして何より背中から生える猛禽類の雄々しい翼は他の筋肉人の倍ほどあった。
その翼を大きく開きながら、やや青い顔をしたひげ面の中年が鋭い眼光を持って姿を現す。
「こ、国王ッ!」
その出来事にバドが、飛来したその中年に慌てて声をかけた。
しかしその男はバドに目もくれる事無く、手を戦慄かせながら呟く。
「人間、か……」
「え?」
反射的にリールが呟く。
そのリールの横をユニバール軍を束ねるジークアッドが通り過ぎ、前面に出る。
先ほどバドが口にした『国王』の言葉をしっかり聞いていたのだろう。
「初お目にかかります、大空勇翼鉱山の国王陛下。私はユニバール【四天将軍】が一人【忠真騎士】ジークアッド・フリージアル。この度は……」
「ジークアッド殿、止めろッ!」
現れた翼人王に騎士の作法に乗っ取っての最敬礼を、バドが途中で静止した。
権力がある者同士の挨拶の邪魔をすることなど通常であれば非常に無礼な態度になるのではあるが、バドのその慌てふためいた様子にジークアッドは違和感を覚える。
バドとは一触即発にはなったとは言え、己の信念や筋翼人門番としての使命に忠実な男だった事は先ほどの戦いである程度はわかる。そのため種族としての価値観の差はあれど礼儀に欠ける男ではないはずである。
その男が、無礼承知でそうしなければいけない事情があるのではないか、と。
ジークアッドの思考を余所に、バドは国王のほうへ向き直り片膝をついた。そして王を見上げながらハッキリとした声で申し立てる。
「ガルグレン国王! お聞き下さい! この者たちは……」
「退けぃバド」
翼人王はやはりバドに目を向ける事無く、その言葉を制止する。
その場で更に大きく息を吸い、そして空気を振動させるほどの大声で叫んだ。
「レアフレアはッ! ワシの娘はどこじゃーーーーッ!!!!」




