十二話 安否
クレイとレアフレアが崖から落下して数十分後、岩石大蠍の群れとの戦いを終わらせたブレイバス達は、助力した隊の代表の男と対話をしていた。
「なるほど、それで最近動きが怪しいラムフェスに対してユニバール軍は筋翼人と同盟を結んで戦力を整えておこうって事ですな、ジークアッド将軍」
ブレイバスが聞き出したユニバール王国の動向はこうだ。
北の軍事国家ラムフェスが近年、他の亜人種族への弾圧や制圧を行いそれらの種族を支配下に置いているという情報が入った。
ユニバールに対しては直接何かされたわけではないがその速度が異常。そしてその強行的な態度を考えるにいつこちらに飛び火が来るかわからない。
他種族を追加したラムフェスの軍事力で万に一つでもユニバールに戦争を仕掛けられる事になれば、このままのユニバールでは敗戦は濃厚。
しかし、ユニバール側がその事実を残りの亜人種族に伝える事で各他種族と同盟を組み、ラムフェスの軍事力増強の歯止めをかけると同時に、ユニバールの戦力増強と他種族と親睦を深めるきっかけにしたいという内容だった。
「ああそのとおりだブレイバス君、しかしすまないね、我々の事情に巻き込んでしまって。君たちの仲間と依頼主の筋翼人の女性が……」
ブレイバス達がここにいる理由も話した事でお互いの目的をはっきりさせておいた。
そして今回の戦いでクレイとレアフレアが崖から落ちてしまった事に相手側も憂いを感じている様である。
「……いえ、お気にならさずに。それは俺達が勝手にやった事ですんで」
しかし二人が崖から落ちた事に対しユニバール側を責める事は完全にお門違いである。
それは把握しているブレイバスは、少なくとも表面的には冷静を保ちながら受け答えをした。
リールがそんなブレイバスの隣で俯きながら立っている。
二人の会話がそこまで終わった時、崖の下から突風が吹き荒れ、その風に乗るかのように一つ人影が現れた。
その人影はそのままブレイバス達の近くに着地すると、息を切らせながら口を開く。
「ただ今戻ったッス! 結果から言うと落ちた二人は見当たらなかったッス!」
「見当たらない……? シュンツ、どういうことだ?」
その人影、魔法【天空殺法】で風を操り空を飛び回れるシュンツに対し、ブレイバスは疑問の声を投げかける。
「そのままの意味ッス! クレイさん達と一緒に落ちた辺りに、一緒に落ちたヤツだと思われる【岩石大蠍】が首が取れてる状態で発見はされたッス! 鋭利な切り口だったッスから落下の衝撃とかよりも、クレイさんが倒したって考えるのが普通だと思うッスけど!」
シュンツのその報告を聞き、ずっと俯いていたリールがパッと明るくなり顔を上げた。
「じゃ、じゃあクレイは生きてるのねっ!」
「直接みたわけじゃないから断定は出来ないッスけど、きっとそうッスね! ただ、少し周りも探してみたけど全然見つからないッス! そのまま探し続けるよりまずは報告に戻ってきたッスよ!」
その言葉に、張り詰めた態度を隠していたブレイバスも肩を力を抜き、大きく息を吐いた。
「ああ、そうか、ありがとよシュンツ。お前をアイツらの死体の第一発見者にしなくて済んで良かったぜ」
「どうするッスか? もう一度下まで降りて探してみるッスか?」
ブレイバスは今度はシュンツの様子を見る。
汗だくで息を切らせて尚、前向きにクレイ達の安否確認を提案してくる先日仲間に加わったばかりの金髪の少年。
その様子も無理はないだろう。相性が悪いだろう岩石大蠍との乱戦。その後すぐに100m近くありそうな崖を自分の魔法を酷使させ往復。
落ちた二人への心配と、魔法の操作を誤れば自分も死にかねない緊張感。仮にシュンツが二人を発見したとしても、彼の魔法では二人を連れて戻ってくることは出来ないだろう。更に今はもう日が落ちようとしている。
精神的にも肉体的にもシュンツ一人にやらせるべきことではない、と判断したブレイバスはニカッと笑って見せ口を開く。
「いや、すぐに見つからねえって事は思っていた以上に歩き回れるくらい元気って事だ。お前にばっか無茶はさせねえよ。……ジークアッド将軍! お願いがあるんすけど!」
ブレイバスのその言葉に先ほどまで話していた相手、ジークアッドはブレイバスがそれ以上言う前に頷いて見せた。
「ああわかっている。私の隊から探索部隊を出そう。ユニバール【四天将軍】が一人【忠真騎士】の名に賭けて、我々が二人を必ず見つけ出す」
「ジークアッド将軍っ! お願いしますっ!」
ジークアッドのその言葉にブレイバスもリールもすっかり安心した。
後方ではジークアッドの腹心らしき兵士数人がもう探索部隊結成の話を始めている。
「それで、君たちはどうする? 我々本隊はこのまま予定通り大空勇翼鉱山を登り筋翼人の王と対話に向かうが、良かったら君たちも一緒に来るかい?」
「ええ、実はそれもお願いしようと思ってた所っすわ、クレイ達もそのままそこを目指してくるはずですから、その内どっかで落ち合えそうっすからね」
「うむ、ではよろしく頼む」
そこでジークアッドは笑いながら右手を開き、ブレイバスに差し出した。
その意味を理解したブレイバスも手をだし相手の右手を固く握る。
そしてその横で明らか元気になったリールが、明るく手を上げてジークアッド隊の方へ向いて呼びかけた。
「はーいっ! 皆さん先ほどの戦いお疲れ様でーす! 私の魔法で簡単な傷位なら癒せるので、怪我した人いたら言ってくださーい!」
その元気な声に隊全体は少しざわめき、その後多少傷ついた兵士達数人が笑顔で集まってくる。
その横からシュンツもまた元気よく口を開いた。
「あ! リールさん! そんならオレを先にお願いしてもいいッスか!?」
「うんいいよっ! ……ってシュンツさん! どうしたのその背中!?」
リールがそちらに振り向くと、そこには後ろを振り向き血がにじんでいる背中を見せているシュンツの姿があった。
「へへっ、実はさっき崖の下から戻ってくる先、小さい落石に当たっちゃったッス」
そんなシュンツにリールに眉を潜め、心配そうに声を投げかける。
「も~、そんなケガしたならすぐにいってよ~! じゃあいくよっ! 【愛の鉄拳】ッ!!」
ドゴォ!
シュンツに近づいたリールは一瞬で拳を光らせると、鮮やかな右ストレートをシュンツの傷口に容赦なくぶつける。
まったく予想していなかったまさかの背後からの暴力に、シュンツは吹き飛ぶと泡を吹いて倒れた。
その傷口は光り輝き、すぐに傷が治っていっているのがわかる。
その様子を見てリールの前に笑顔で集まってきたユニバール兵達は、顔を引きつらせながら後ずさった。




