六話 VSシュンツ・オードウィン
「いいよ、今ここで……でいいかな?」
シュンツからの突然の試合の申し出を、クレイは二つ返事で了承した。
その返答にブレイバスは顔をしかめながら口を開く。
「おいクレイ、これから旅立つんだぜ? ンな疲れる試合承けるこたぁねーぞ?」
「それじゃあ彼は納得せずに勝手にでもついて来るだろう、それに……」
クレイはそこで口を閉じる。
クレイの真意は『シュンツをあしらう事』ではなく『筋翼人と戦った事があるというシュンツと手合せすればなにか少しでも有益になる事があるかも知れない』という事が狙いだった。
しかし余計な事を言ってもあまり意味がないと判断した。
「それに、仮にケガしてもリールが治してくれるだろ? 疲れ位は僕の自業自得として甘んじて受けて、旅に迷惑はかけないようにするさ」
代わりに敢えて言い放った『リールが治してくれる』という言葉。
その言葉を発した後シュンツの方へ目を向けると、相手は明らかに先ほど以上の敵意をクレイに向けている。
(わかりやすいな、戦い方も直線的なタイプかな?)
そんなクレイの真意やシュンツの気持ちに気付く事なく、リールは「まかせてっ」と元気よく手を上げて返事をする。その横でブレイバスはやれやれと肩を竦めた。
「こんな試合はいつもならブレイバスのほうがやりたがっているのに珍しいねっ」
「珍しくクレイが乗り気だからな、それに俺は最近加減がわからねーからこういう面倒なのはなるべくパスだ」
観客と化すブレイバスやリールを尻目にクレイは一歩前に歩き口を開く。
「ルールは? まさか真剣で斬り合うのかい?」
普段よくブレイバスとの試合では真剣で斬り合うクレイだったが、お互いをよく知るブレイバスが相手だからこそ大事には至らないギリギリの加減が出来ての事である。それが一般的ではない事は重々承知しており、だからこそシュンツ側に確認を取ったのだ。
「流石にそれは不味いッスよね。木剣もないし、ここはお互い鞘のまま戦うってのはどうッスか?」
確かにそれであれば攻撃が直撃しても打撲程度で済むだろう。鞘を帯びたままの剣など普段の扱いからは遥か離れたものにはなるがそれは相手も同じ。クレイが返事を仕掛けた時、シュンツは更に口を開いた。
「……それと、魔法も使っていいッスよ。俺も使わせてもらうッス」
その言葉にクレイとブレイバスの目付きがやや真剣なモノに変わる。
────魔法。
それは原理が解明されていない未知の力。扱える人間は大陸でも十人に一人程度であり、個人差があまりにも大きいため、その効果はまさに千差万別。リールをよく知るシュンツはおそらくクレイ達の魔法もリサーチ済みだと思われるのに対しクレイからシュンツの魔法はどんなものかはわからない。
(さっき筋翼人相手には遅れを取らないって言ってたな……どんな力なのか、見せてもらおうか)
クレイが胸中でそう呟くと、腰の長剣を鞘ごと外した。
「いいよ、それでやろう」
クレイの言葉にシュンツも同じように構える。
「それじゃあ……いくッス!」
シュンツは掛け声と共に真っ直ぐクレイに向かって駆け出した。
瞬く間に間合いを詰めると鞘に覆われた長剣同士が激突する。
(足は思ったより速い! でも剣撃は並みって所か)
シュンツは軽いフットワークで左右からタイミングを変えながら乱打を浴びせる。
しかしクレイはそれを問題なく受け止めていた。
速度はそれなりのものだが、動作一つ一つが読みやすく一撃の重さも足りない。クレイにとっては余裕を持って捌ける技量である。
自身の攻撃が通じないと感じたシュンツは大袈裟に後方に跳び、クレイと距離をあける。
「中々やるッスね! それならこ「【結界光刃】」
距離をあけ若干油断したシュンツに、クレイは自身が得意とする魔法の刃を展開し、放つ。
「うおわっ!?」
シュンツはその突如放たれた【結界光刃】をブリッジする事により間一髪回避した。
(おぉ、あれを避わすか。やっぱり運動能力は中々のものだね)
「おいクレイ! 【結界光刃】なんか撃ったら下手したらアイツ死んじまうぞ!」
「大丈夫、君と違って加減出来るから」
遠巻きに見ていたブレイバスから心配そうな声がかかるが、クレイはそれを軽く流した。
ブリッジ姿勢から身体を起こしたシュンツはじたんだを踏みながら声を張り上げる。
「ちょっと今のは酷くないッスか?! 今オレ喋ろうとしてたッスよね!?」
「喋るのは勝手だよ、でもそれを言い訳にしないでね」
「あーそーッスか!! じゃあ今度こそ喋らせてもらうッス!! 中々やるッスね! それならこれならどうッスか?!」
ややヤケクソ気味にシュンツは先程のセリフを言い直した。
そして両足を地面につけたまま右足を深く曲げ、左足を後ろに真っ直ぐ伸ばすことで沈むように低い姿勢を取る。
「いくッスよ! 【強虎殺法】ッ!」
シュンツが叫んだ瞬間、シュンツの足元が爆発した。
──そう見えるかのようにシュンツは激しく地面を蹴り、先程の接近とは比べ物にならない速度でクレイに向かって発射された。
クレイはその高速の突撃を間一髪で左に跳んでかわす。
「わぁ……!」
「ほほぉー……!」
予想を上回るシュンツの攻撃に、戦っているクレイでなくリールとブレイバスからもそれぞれ驚きの声が漏れる。
「避わしたッスか! でもまだまだいくッスよ!! 【隕石殺法】!!」
シュンツは更に地面を蹴ると、その身体は瞬時に10メートル以上飛び上がる。
そして上昇と変わらぬ速度で、今度は上空からクレイ目掛けて隕石のように体当たりをかました。
普段あまりされる事のない上空からの接近戦に、やや反応が遅れながらもクレイはそれを回避────しきれなかった。
体当たり自体は確かに回避した。しかしクレイが回避する事を読んでいたシュンツは回避先に剣を振るい、その一撃は見事クレイの左手に命中したのだ。
「ぐ……!」
「いいの入ったッスね! でもこれでトドメッス!」
シュンツは間髪入れずに更にクレイに接近し剣を振るう。狙いは先程一発入れたばかりの左手。
クレイはその一撃に対し、僅かに後退しながら痛む左手を迫り来る鞘に向かってかざす。
「【結界障壁】ッ!」
シュンツの一撃がクレイに当たるギリギリのタイミングで、相手の剣と自身の左手の間に最小限の面積の障壁を生み出すことに成功した。
シュンツの剣撃は手のひらサイズの障壁に当たると、大きな音はすれど完全にそこで止まる。
「な、硬……!」
完全に勝ったつもりでいたシュンツが絶句した。
クレイの魔法のことはある程度知っていただろうがその強度が自身の予想を上回ったのだろう。
クレイはその隙を見逃さず剣を振るう。
が、それをシュンツは身軽な身体能力で大きく後方に跳躍し、距離を取りながら回避した。
しかしクレイはそこで右手で剣の柄を持ったまま、左手を鞘に当て、空中で自由が効かない相手に照準を合わせる。
「【結界光刃】!!」
クレイの掛け声と共に鞘が光ったかと思うと、先程以上に威力を込めた魔法の刃がシュンツを襲う。
「【天空殺法】ッ!」
シュンツは空中で更に叫ぶと、足から火を吹くように空気が放出され、宙返りしながら方向転換し迫る刃を回避した。
(筋翼人にも遅れを取らない力……その瞬発力と空中制動を合わせもつ君の魔法か!)
「ひょえ~、危ない! 勝ったと思ったのに負けそうになった!」
シュンツは冷や汗を垂らしながら後方へ消えゆく【結界光刃】を見送る。
そして足から風を出し続け空中に停滞したままクレイの方へ見下ろしながら向き直った。
「でもオレの【天空殺法】、破れるッスか?!」
ニヤリと笑いながら完全に強気な姿勢を取るシュンツ。それに対してクレイは大人しく認めた。
「正直に言おう。君の事を見くびっていたよ、君は思っていた以上に遥かに強いし、その魔法も自慢するだけの事はあるものだ」
そこでクレイも少し笑った。
「でも、空が君だけのものだとは思わないでほしいな」
そう言い放ち、クレイもまた跳び上がった。




