八話 騎士団潜入大作戦
翌日、街は昨日の地震の話題で持ちきりだった。
元々地震を想定されて造られた建物も多いのだろう。丸ごと破壊された建物はなく、その多くはある程度の修復で済みそうだ。怪我人もいれど、生活や命にかかわる怪我をした者は少ないようである。
しかし、建築物の修復など一般庶民の金銭事情からは痛手であり、あちこちで不満の声が巻き起こっている。
そのため、午後からも予定されていた騎士団試験は中断され、後日改めて行うということになった。
「あー、何だこりゃ。俺はどーすりゃいーんだよ」
ブレイバスはため息をつきながら町を歩いていた。筆記試験が絶望的なため、次の面接兼実技に全てをかけようとした矢先に試験自体が中断である。
「本当にどうしようか。試験再開がいつか分からないと……お金はこの間の臨時収入と合わせてそれなりにあるけどさ」
「もし、あれが無かったら、私たち帰りの馬車代もないんだったよねー。これ、王国側に文句言えないのかな?」
ブレイバスのぼやきにクレイとリールも加わる。することがないので街を探索しながら時間をつぶしている三人であったが、この状況では観光気分にもなれない。そんな中、周囲の人々の雑談が耳に入った。
「おい! 聞いたか? 昨日の地震、なんでも凶悪な怪物が起こしたものらしいぜ!」
「聞いたぜ! あの地烈悪魔が北東の山で目を醒ました衝撃で起きた地震らしいな!」
「地烈悪魔!? まさかあの!?」
「なんでも軍隊がその怪物の討伐に向かうらしいぞ!」
「本当か!? ……そういえば確かに今朝から騎士団の動きがあわただしいな!」
聞こえてくる話題にブレイバスは神経を集中させた。そして、あることに閃く。
「……おい、クレイ。聞いたか? 今の話」
「ああ、聞いたよ。凄いことになってるんだなぁ。地烈悪魔と言えば、国ごと滅ぼしかねないと言う伝説の悪魔じゃないか。……実在したのか?」
半信半疑で答えるクレイ。それはあまり気にせずブレイバスは続けた。
「よしっ! その騎士団に紛れ込むぞ!」
「……は?」
思わず聞き返すクレイ。何を言っているんだコイツは。といった目線をブレイバスに向ける。
「だっからその軍隊に紛れ込んで俺たちの手でその怪物とやらを仕留めるんだよ! ちまちました試験なんて必要ねぇ! 実績あげて一気に特別入隊だ!」
「あーそっか、ブレイバスはクレイと違って試験ボロボロだもんねー。チャンスと言えばチャンスなのかもね」
ギラついた目をしながらガッツポーズを取り、力説するブレイバス。
それに対してリールは冷静に分析し、思ったことをそのまま口にした。ブレイバスはリールを睨み付けて力説を続ける。
「ンなんじゃねぇよ! 正規試験でも俺の実力見せつけてやれば合格は間違いねぇ! だがその試験がいつ始まるかわからないんじゃあラチがあかねぇだろ? しかしその実力見せつけてやる機会が勝手にやってきたんだ! 活かさねぇ手はねえよ!」
「それで騎士団に紛れ込む、ね。……で、どうやるんだい?」
「良くぞ聞いてくれた! 俺に秘策がある!」
自信たっぷりな様子のブレイバスに、リールは首をかしげ、クレイは目を細めた。
◇◇◇◇◇
「らっしゃぃ!! 兄ちゃん姉ちゃん! なにがほしいんだ? 」
ブレイバスに連れられ、三人は裏道の服及び防具屋に顔を出していた。普段着に軽鎧、魔道士が好みそうな法衣に、全身鎧も置いてある。
店員への挨拶は適当に済まし、クレイは近かった軽鎧の値札を見る。そこには本来するはずの価格よりもずっと安い数字が書いてあった。
「……ブレイバス、ここは?」
「ああ! 昨日、宿に行った後余った時間で見つけた店さ! 時間も遅かったからあんまみてねーけど良さそうな鎧なんかが沢山あったから覚えといたんだ!」
クレイは隣の全身鎧に目を向ける。
やはりこちらも異常に安い。鎧を手で軽く叩くと本来響くはずの音よりはるかに軽快な音が鳴る。クレイはすぐに鎧が見てくれだけで強度が無い物と察した。
リールのほうへ目をやると、女性物の服を目を輝かせて手に取ったと思えば、裏地を見て顔をしかめさせて元に戻している。
「……それでどうしようってんだい?」
「この鎧とこの法衣、この国の騎士団のものと似てると思わねーか?」
「……一応、最後まで聞くけど?」
「おうよ! よく聞け! 俺の作戦はこうだ! ここの鎧や法衣を購入して、それらを着て騎士団に何食わぬ顔で紛れ込む! 値段も安いし言う事なしだ!」
「あ、うん、最後まで聞いた僕が馬鹿だった。シンプルすぎて無駄にするほどの時間じゃなかったのが救いかな」
クレイの冷たい言葉にブレイバスは本気で分からないという顔で聞き返した。
「ん? なんだ? まるでこの完璧な作戦に問題があるみたいな言い草じゃねーか」
クレイはこれ以上の問答が面倒臭くなった。
が、説明を省いてこれ以上この下策に付き合うのとなると、おそらく更に面倒なので、声のトーンを一定に、半眼を維持したままブレイバスに事細かく説明してやった。
「まず、これらの鎧や法衣は似ていても城の物と同じじゃあない。僕でも分かるんだから普段本物を着ている城の兵士たちは尚更だろうね。それに一括りに軍隊と言っても細かく班分けされてるはずだ。仮に鎧がバレなかったとしても点呼一つですぐにバレてしまう。そもそも紛れ込む具体的な方法も決まってないじゃないか。いつどこでどのように?」
「フッ それならば正規の手続きで部隊に参加すればいい フッ」
「それが出来れば苦労はしないよ。そうなるために本来はまず今回の試験を……って、ええ!?」
クレイは悲鳴をあげながら突如話しかけられた方向へ勢いよく振り向く。
そこには昨日ぶつかった全身白の耽美な男、ヴィルハルトが立っていた。相変わらず輝くその姿に、バラの背景と軽快で優雅な音楽を錯覚する。
突然の事に固まるクレイ。ブレイバスが声を上げた。
「ヴィ、ヴィルハルト将軍!」
ブレイバスは名前を呼んだのはいいが次の言葉が出てこないのだろう、同じく硬直してしまった。と、クレイは思った。
が、その予想を裏切りブレイバスが嬉しそうな声で言葉を続ける。
「今の話、本当ですか!?」
クレイは頭をフル回転させて状況を整理した。
昨日たまたま出会ったお偉いさんが、今日も突然背後に現れ、自分と馬鹿の会話に突然入ってきた。そして自分たちのやろうとしていることを咎めるどころか、全面的に協力しようとしている。本来罪に問われるような事でしかないことを将軍の権限で許可しようとしているのだ。
そしてその何もかもぶっ飛んだ状況に、馬鹿は疑問も戸惑いを持たず喜びの声をあげている。
「フッ 約束しよう。男に二言はない フッ」
ヴィルハルトのほうもごく普通に会話を続けている。
驚かせたのだからもう少し相手の反応を楽しんでもいいと思うが。いや、自分がその反応を既に十分済ませているのか、とクレイは混乱する中それだけは冷静に自己解決した。
「ありがとうございます!」
難解だった問題が流れるように進んでいく。クレイは自分が置かれている状況が何者かに仕組まれたものではないかと疑った。
実は目の前にいるのがヴィルハルトによく似た芸人で、あらかじめブレイバスやリールと打ち合わせして自分を驚かせようとした、と言ったとしてもまだそちらのほうが納得できた。
しかし一向にそういった種明かしをしようとする様子もない。
「フッ では明日、正式に手続きをしよう。そのため明日朝一に指定の場所に来てくれ。今、その場所を書いたメモを渡す フッ」
ヴィルハルトはそう言いいながら懐から髪を取り出し、何故かブレイバスではなくクレイのほうへ渡してきた。
そしてクレイもまた、突然差し出された紙を勢いで受け取ってしまう。
「よろしくお願いします!」
困惑するクレイの気持ち等、露ほども感じていないブレイバスが元気よく返事をする。
「フッ ではまた明日会おう フッ」
そう言うとヴィルハルトは去って行った。
「……なんだか凄い人だったね」
ずっと蚊帳の外だったリールがそんなことを呟いた。ブレイバスは一人で狂喜している。
会うたびに自分を振り回していく男、ヴィルハルト。次会う時も同じようになってしまうのではないだろうか。
クレイは立ち尽くしながら、そんな疑問を考えていた。