三話 来訪者
「ごめんね~二人とも、お仕事の片づけ長引いちゃった」
「気にすんな、尚更夜道一人にするわけにゃいかねーしな」
「今日は丁度月夜も綺麗だ、のんびり帰ろう」
リールの仕事が終わり酒場を後にしたクレイ、ブレイバス、リールの三人。
他愛のない雑談をしながら歩く三人であったが、突如曲がり角から人影が三人を遮るように姿を現せた。
黒いローブで全身を包んだその相手、暗くてわかりにくいが身長は三人の中で一番小柄なリールより少し大きい位だろうか。
夜に突如現れるその不審者に三人は反射的に身構える。
人影は身体をビクッと震わせ声を上げた。
「あ、あの……!」
聞こえてきたのは女性のおどおどしい声。相手はローブのフードを取るとその顔が明らかになる。
闇夜でも浮かぶほどの美しい金色のウェーブのかかった長髪にやや色黒の肌、髪と同じく金色の瞳が不安そうに、しかし何を訴えるべくこちらを見つめていた。
「君は?」
相手が女性一人とわかり多少安堵したクレイが口を開く。
「その……酒場で働いてたリールさん、ですよね? 父を助けてほしいのです!」
普通でない様子の相手からの普通でない要求。予想外の事に三人は顔を見合わせた。
◇◇◇◇◇
夜道で見知らぬ女性との立ち話も気が引けた三人は、とりあえず自分達が常駐している宿に相手を招き、そこで話を聞く事にした。
ローブのフードだけを外した黒ずくめの金髪の女性は、慣れない部屋を物珍しそうにキョロキョロと見渡しながら何やら感心している。
「……じゃあ詳しい話を聞こうか?」
クレイのその言葉に、相手はハッと我に返り素早くその場で正座をする。
「はい! 私の名前はレアフレアといいますです!」
「……クレイ・エルファンです」
「ブレイバス・ブレイサーだ」
「リール・ケトラでっす! ……って私の名前は知ってたみたいだよね?」
金髪の女性レアフレアの極めて簡単な自己紹介に、言葉遣いをやや気にしながらも口には出さず各々も名乗る。
最後のリールの問いにレアフレアは視線をリールの方へ向け、頷いた。
「はい、先ほども言いましたが、父が病で倒れてしまいそれを治す方法を探していたのです……そこでこの町で傷や病気を治してしまう凄い飲み物の事を聞いたのですけど、そしたら一人のウェイトレスさんがつくっているとも聞いてでして…」
その一言に一同の額に冷や汗が垂れる。
レアフレアの言ってい飲み物とはまず間違いなく『キズナ☆オレ』の事だろう。
リールの回復魔法【愛の癒し手】を施したそのドリンクにより『体調が良くなった』といった声も確かに多い。
しかしその多くはゲン担ぎや飲む側の心理的な問題であり、実際にそのドリンクの効果で傷や病が治る事は本来無い。
事実を伝え失望させるのもどこか後ろめたく、クレイは反射的に話題をややそらした。
「父親のために女性の君が一人で? それに夜道でリールを待ち伏せていたのはどうしてだい?」
『リールに父の治療をお願いしたい』という事が要件であればおかしな話である。いくら仕事の終わりが夜遅いとはいえ出勤前でも、なんなら仕事中でも要件を言う事は出来る。家庭の事情にもよるがこのような頼みを女性一人で来ることもやや腑に落ちない点であろう。
その問いに対し、レアクレアはやや視線を落とし、おもむろに纏っているローブを脱ぎだした。
ローブの下から現れたのは女性らしい身体つきを覆った茶色の薄手の服一枚。
しかし、レアフレアがやや力を込めるような動作をすると三人は一気に目を奪われた。
レアフレアの背中から大きく立派な白い翼がはためいたのだ。
「天使……さま?」
リールが思わずそう呟く。
やや色黒な肌を除けば美しい容姿に綺麗な金髪、そして背中から生える二本の白い翼は神話等で聞く天使そのものを髣髴させたのだ。
リールのその言葉にレアフレアはギョッとした顔をし、凄い勢いで顔と右手と横に振った。
その動作を捕捉するかのようにクレイが口を開く。
「驚いたな……白い翼の筋翼人だったのか……」
人のような身体に鳥の翼を持つ【亜人】筋翼人。
クレイも実物を見たのは初めてであったが、話に聞いた事がある筋翼人は大鷲のような茶色をベースとした翼のはずである。
クレイの言葉にレアフレアはコクコクと頷いた。
「合点がいったぜ、筋翼人と言やぁ国の外れにある鉱山であんま人間と関わらずコソコソ暮らしてるらしいからな、大方他の人間にバレるのが嫌で羽を隠してここまで来たって事か」
突如口を挟んできたブレイバスにレアフレアは視線を落とす。
人間に迫害された歴史を持ち、なおかつ現在関わりを絶っている筋翼人にとって、気遣いにかけるブレイバスの言葉に恐怖を感じたのだろう。
その様子を見て今度はクレイがブレイバスを睨んだ。
「言い方ってものがあるだろうブレイバス、気をつけろ」
クレイの言葉にブレイバスはわざとらしく両手を上げてそっぽを向く。
「すみませんレアフレアさん、気を悪くしないで下さい……ブレイバスの言い方は悪かったですが、おおむねその通りでしょうか? 同じく筋翼人である貴方の父の回復に人間である僕ら……もといリールに貴方がたの国まで来てほしい、と」
「はい……」
種族の違うレアフレアが、家族のため女一人で人里まで降りてきた。それはきっと相当な勇気と行動力がいる事だっただろう。
しかしそれならば尚の事ハッキリ『キズナ☆オレ』の真実を、もっと言うならばリールの魔法に『病を治す力はない事』を伝えなければならない。
「レアフレアさん……ただですね」
クレイが言いかけた時、視線を落としていたレアフレアは勢いよく顔を上げ真っ直ぐな眼で三人を見返す。
「実際にリールさんの『キズナ☆オレ』は凄いです! 私もこの町に来た時は翼も折れて風邪も引いてたのに、アレを飲んで一晩寝ただけでどっちも治りました! お礼は必ずします! どうかその力で父を助けて下さいです!!」
初めて出会う筋翼人の生命の神秘を感じた三人は、再び顔を見合わせた。




