三十六話 戦いの納め方
エブゼーンが崖から落下した少し後、霧の魔法【美麗幻想劇】によって洗脳されていたラムフェス兵や夜狼人達が少しづつ目を覚まし始めた。
「う……」
「ここは……?」
「む……はッ!」
起きたその時、隣にいたのが自軍の種族であったならばまだいい。しかし完全に両種族をごちゃ混ぜにしけしかける戦法を取っていたため、『寝起きで最初に顔を合わせた相手が敵だった』という状況が所かしこで発生した。
しかし誰もが呆然もしくは混乱している状態。そのまま顔を合わせる者、跳び起き臨戦体型に入る者等様々であったが、そのまま一触即発の事態にはならなかった。
ざわつく周囲。その声によっても目覚める者は増えていく。そして戦いが再び始まるかどうかギリギリのタイミングで、その声は高らかと聞こえた。
「フッ ラムフェス兵、夜狼人諸君! この私が状況を説明しよう! フッ」
その声の方向に場の全員の視線は集中する。
そこはやや開けた丘の上、白を基調とした煌めく優雅な服を着た白髪の男が両手を上にあげながら手の甲が真上に向くポーズで、自身もまた真上を見上げた男が立っていた。
その丘の上は丁度木々の枝や葉が無く、差し込む光が丁度男を照らすスポットライトのように降り注ぐ。
「人間……か?」
「いや、アレは変態だろう」
「なんだあの変態は……」
困惑しながらも夜狼人達は男を見ながらざわめく。
「ヴィルハルト将軍……?」
「間違いない、あの独特な注目の集め方は……」
「なぜあの方がこの森に……?」
その男がラムフェスが誇る最高位の将軍、【白竜】ヴィルハルト・ラズセールである事を知っているラムフェス兵からもやはり上がるのは疑問の声。
それもそうだろう、兵士達からすれば『いつの間にか気を失い、目が覚めたと思ったら敵も味方も入れ混じり森の中で寝ていた。そしているはずもない別の隊の将軍がこの場にいる』という状態なのだ。訳がわからない事ばかりだろう。
ヴィルハルトは手は上げたまま正面を向き直ると、再び場の全員に聞こえるように声を張り上げる。
「フッ 諸君達はこの戦いに引き分けたのだ! これよりこの戦いは停戦とする! ラムフェス兵の諸君! 私の元に集え! 隊をまとめ王都に帰還する! フッ」
ヴィルハルトがそこまで言った所で、先ほど目配せを貰ったミザーが前に出歩き、声を上げた。
「そう言う事だ! 同胞達よ! 私の元に集え! 戦いは終わった! 今後の事を考えなければならない! 私に力を貸してくれ!」
両軍の権力のあるそれぞれの声に、ラムフェス兵も夜狼人も混乱しながらも刃を交えることなくそれぞれの方へ集まっていく。
その時、クレイ達孤児院の六人は既にその場から姿を消していた。
◇◇◇◇◇
乱戦の場から離れたクレイ達六人は、適当な所で立ち止まり皆顔を見合わせる。
自分の足でここまで来たのはクレイ、ブレイバス、リール、ゼイゲアスの四人。クーニャはゼイゲアスに、ジアンはクレイにそれぞれおぶられながら気を失っていた。
「ふう、一先ずは何とかなったね」
「あー、俺はもうやべぇわ」
額の汗を拭いながらもまだ余裕を見せるクレイに対し、立ち止まったそばから座り込んでしまうブレイバス。
しかし無理もないだろう。ブレイバスは多大な負荷がかかる魔法を連続で使用し、常に最前線で戦っていたのだ。疲労の度合いはもっとも大きいはずなのだ。
「ではゼイゲアス先生、そろそろ説明してもらえますか?」
特にブレイバスを咎める事もなく、クレイはゼイゲアスの方へ向いた。
「ああ。……つっても俺もよく分からん。簡単に言うとジアンが予知魔法か何かに目覚めて、『クレイ達があぶねえ』とかいうからよ、それを信じてお前らを助けに来てやったって流れだ」
クレイの問いにゼイゲアスはそのまま自分が知っている事を答える。
「じゃあなんでクーニャまで? それにジアンはどうなっちゃったの?」
続いてリールが疑問を投げかける。その問いに関してはゼイゲアスはやや視線をそらしながら頭を掻いた。
「クーニャを連れてきたことに関しては……俺の判断ミスだ。すまねえな、もっとしっかり管理してやれるつもりだったんだが……」
そもそもゼイゲアスはクーニャをこの場に連れてくるつもりはなかった。勝手に途中まで着いてきたのはクーニャでありソレを知っていながら黙認していたのはジアンである。
仮にクーニャの同行が発覚した時点で、安全な所で待機させるとするならばより時間がかかりクレイ達の援護に間に合わなかったかもしれない。
しかし、そんな事は言い訳じみているとゼイゲアスは自己評価し、口には出さなかった。
「そんでもってジアンの事は……リール、近くで見ていたお前の方がよく分かるんじゃねえか?」
そこでゼイゲアスはリールに逆に問い掛ける。そう、ジアンが気を失う時、後方のリールはミザーと共にその場にいたのだ」
「う、うん、そうなんだけどさ、ジアンとミザーさんが何かお話ししてて……それでジアンの目が光ったと思ったら倒れちゃって……ミザーさんはそのまま敵陣のほうに行っちゃうし……」
要するに近くにいたリールさえもよく分かってはいないようだった。ミザーは夜狼人をまとめるためにこの場にはおらず、ジアンは気を失ったまま。
しかしその時、背後から何度も聞いた気の強そうな女性の声が聞こえる。
「その疑問、私が答えようか」
そちらにふりむくと、そこには青緑の綺麗な長髪を持つ女性、先ほどまで話に出ていたミザー・クウェルフが立っていた。
「ミザー、夜狼人さん達のほうはいいのか?」
突如現れたミザーにクレイは疑問を口にする。
「ああ、目を覚ましだした同胞の中に長もいた。状況を詳しく把握しているエトゥも一緒にいる。しばらくは二人が皆の相手をしてくれている。私は早くお前達に状況を伝えようと思ってな」
「……そうか、助かる。それでどんな感じだい?」
「まずは先ほどの疑問から答えよう。クレイ、お前がおぶっているジアンもまた孤児だったな? ……その少年はこの獣神の聖域森林で生まれた、人間と夜狼人の混血児だ」
突如出てきたジアンの出生、クレイ達はその言葉に目を丸くした。
「昔話になるがな、とある人間の女性と夜狼人の男が一族に内密に子を成していた。……当時、長を勤めていた者は一族の中でも輪をかけて人間嫌いでな、その子と母親を追放したのだ。どこでどうなってお前達の元に行ったかは知らんが、そう言う事だ」
「……」
あまりの事実に一同は沈黙する。そんな中、取り合えずの疑問をブレイバスが口にした。
「そ、それで何だってジアンの魔法をアンタが使えるんだ?」
「……そういう魔法だった、と言った所だろう……母親の人間も、優しい人ではあったが、魔法の才能に溢れ、そして何を考えているのかわからない所もあったからな……母親がこの森で暮らしていた理由も、まあ色々あったのだが、それより波長の問題だろう」
そこで一息ついて、ミザーは更に続けた。
「その子の父親はエルダー・クウェルフ。つまり私とジアンは腹違いの姉弟だ」
開いた口が塞がらないクレイ達四人。その様子にミザーはやれやれと鼻息を鳴らす。
「そう気にするな、結果としてジアンの魔法が私に移っただけだ。ジアン自身も死んだわけではない。数日もすれば目を覚ますだろう。それよりも今後の事だが……」
そこでミザーは一旦言葉を区切り、軽い溜息を吐く。
「我々はこれよりラムフェス王国の更なる攻撃に警戒しながらも新天地を探すことになりそうだ。そして……やはり、クレイ達がこの森に来た事自体が今回の戦いの発端だと考える者も多い。お前たちを連れていくことは同胞は納得しないだろう。……すまないが、ここでお別れだ」
申し訳なさそうな声をするミザー。それに対しクレイは軽い気持ちで答えた。
「ああ、そうだろうね。きっとそれが正解だよ」
「ジアンの事はビビったが、それはそうと世話になっちまったな、俺たち人間の問題をさ」
「ミザーさん、ラムフェス人が色々ごめんね? でもありがとね」
クレイに続くように答えるブレイバスとリール。その様子を見てミザーも胸をなでおろすように軽く笑った。
「……しかし、実際問題どうするかだが、クレイ、ブレイバス、リール……お前ら、状況わかっているのか?」
そこで神妙な顔をしながら問い掛けるゼイゲアスに、三人は顔を見合わせ苦笑した。
「ええ、こうなったからには仕方がないですね」




