二十六話 最強VS最強
ゼイゲアスとリガーヴ。共に長身の二人であり身長自体はさほど変わらないが、はち切れんばかりの筋肉を纏うゼイゲアスと比べると締まった筋肉質のリガーヴは細身にも見える。
二人は少しの間、微動だにせずにらみ合った。風がざわめき、張り詰めた空間の中で確実に時間だけが過ぎる。
「下らん睨めっこで無駄に時間を使う事もねーな」
その沈黙を破ったのはゼイゲアスの方だった。
手甲を身につけているとは言え拳のリーチで、長槍を持つリガーヴに真っ直ぐ駆け出した。
「【全てを飲み込む黒】」
普段、相手の接近戦に対してはこちらも愛槍による迎撃を好むリガーヴではあったが、相手の実力の高さを暫定的に判断し魔法での遠距離攻撃を試みた。
呪文と共にリガーヴの周囲に現れた黒い靄はそこから更に手の平サイズの火球を複数生み出し、それがゼイゲアスに向かって発射される。
そしてその火球はそのままゼイゲアスの身体の複数個所、左肩、左脇腹、右胸辺りに直撃する。
「【絶対的安静】!」
ゼイゲアスは火球を喰らいながらも、まったく怯まず自身の魔法を唱える。その掛け声と共に火球を貰った箇所が、それぞれ個別に緑色の筒に覆われた。
結果、ゼイゲアスの突進は全く勢いを衰える事なくリガーヴへの距離を詰める事に成功する。
その様子を眉一つ動かさず見ながら、リガーヴは黒槍を振るった。先ほど夜狼人の戦士エトゥを一撃で気絶させたものと変わらぬ速度と威力をもった必殺の横薙ぎ。
「フンッ!」
ゼイゲアスはその横薙ぎに対し、手甲の内側、つまりは手の平をかざした。
金属がぶつかり合うけたたましい音が辺りに響く。リガーヴ必殺の一撃はゼイゲアスの左の手の平によって完全に受け止められた。そしてそのままゼイゲアスは黒槍を掴む。
ゼイゲアスの狙いはこのまま槍を力任せに引っ張る事。それで相手の武器をもぎ取れればそれでよし、そうでなくても確実にバランスを崩すはず。どちらにしても相手の武器を無力化する事が出来ればそれでよいのだ。
通常、戦場で相手の武器をもぎ取ることなどありえない事だが、事実クレイとの戦いにおいてはそれにより武器を離さなかったクレイの一本釣りをする事になり、その後強引にもぎ取る事に成功している。
そこでリガーヴは黒槍を握ったまま、手首に尋常でない力を込め、槍に回転のエネルギーを加えながら踏み込みと共に突きを行った。
その摩擦で槍を掴んでいるゼイゲアスの手甲は内側から音を立てて破壊される。当然その手甲を纏っている腕自体も無事では済むはずがない。
────済むはずがない、はずだった。
手甲を破壊するほどの超高速超高熱摩擦を喰らって尚、ゼイゲアスは掴んだ槍を離さなかった。
そして予定通り槍を強引に引っ張る事でリガーヴの身体を拳の間合いまで引き寄せ、
「オラアァッ!!」
左手は槍を離しながら、右手でリガーヴの腹を思いっきり殴り飛ばした。
リガーヴの纏う深緑の鎧に大穴が空く。その衝撃でリガーヴは、地面に足をしっかりとつけ踏ん張りながらも大きく吹き飛ばされた。
ゼイゲアスは更に殴り飛ばすために握りしめていた拳を開き、照準はリガーヴに合わせたまま、叫ぶ。
「【絶対的安静】ッ!!」
リガーヴの腹が緑色の筒で包まれる。
先ほどのクレイに使った時のように全身を覆うわけではなかったが、腹を中心に両腕も巻き込み拘束するように【絶対的安静】を展開する事でリガーヴの自由を奪う。
傷の治療を行う効果もあるが、ラムフェス兵複数、夜狼人複数の動きを完全に停止させる拘束魔法。一度捉えられると自力での解除は不可能────
「ォォォオオオオオオオオッ!!」
リガーヴはゼイゲアスを睨み付けながら大きな雄たけびを上げる。
その様子を見て、ゼイゲアスは右手により魔力を込め魔法の拘束力を高めた。
「ハアアァッ!!」
しかしリガーヴは、【絶対的安静】を、クレイやブレイバスを含む誰もが自力で破った事が無かった拘束魔法を、力で強引に弾き飛ばした。
緑色の筒は音を立てて砕け、辺りに飛び散り、静かに姿を消す。
その様子をみてゼイゲアスは狂喜のような笑みを浮かべた。
「ほぉ? やるじゃねえか小僧」
【絶対的安静】を解除したリガーヴは首をゴキリと鳴らし、血の混じった淡を吐き捨てると、嬉しそうなゼイゲアスに向かって今度は言葉そのものを吐き捨てるように話しかけた。
「……貴様はいつまでそんな戦い方をしている?」
「テメェにとやかく言われる筋合いはねえよ。さあ、戦いを続けようぜ」
言葉を交わし、二人が再び戦闘の構えをとった時、どこからともなく第三者の声が聞こえた。
「フッ そこまでだ フッ」
◇◇◇◇◇
リガーヴの相手をゼイゲアスに任せたクレイ達六人は、ジアンを先頭に崖を伝うように走っていた。
「ジアン! いったいどこまで行くつもりなんだ!?」
走りながらクレイはジアンに問いかける。
「もう少し! 着いたら言うよ!」
着いてからでならば言う必要等ない気もするのだが、そんな揚げ足取りのような質問は体力の無駄だと考え、クレイは口を閉じる。
そして代わりにジアンやゼイゲアスがここにいる理由を聞こうと再び口を開きかけた時、何の前触れもなく地面から白いジェルが噴き出した。
「なっ!?」
最初に声を上げたのはミザーである。本日この森で起こり続けている怪奇現象だが、コレはまた新しいパターン。訳も分からず走る足が止まった。
そしてエトゥとジアンも同じような気持ちのようである。ジェルに向かって臨戦体型に入る。
それに対し、このジェルが何なのか予想がついたクレイ、ブレイバス、リールの三人は、ミザー達とはまた違った──苦笑いのような表情を浮かべた。
リガーヴがこの森にいた以上この男もいる。それは当然の予想であった。
そしてリガーヴが敵である以上この男も敵である。そうであらば、今ここで戦わなければならない。
未知のモノを警戒するミザー達三人と違い、クレイ達三人は覚悟を決めてそのジェルに武器を構えた。
そしてそんな警戒をあざ笑うかのように、六人の背後からまた別の白いジェルが音もなく大量に姿を現し、津波のように六人に被さった。
気配を感じ背後を振り向いたとき、既に白い津波に呑まれる寸前であった。
完全に呑まれる直前にクレイは確かに見た。荒れ狂う津波の中、首だけで何故か光り輝き、薔薇を加えながら両目を閉じ、クールなキメ顔を気取っているような白髪の男の顔を。
そしてその男は薔薇を加えたまま器用にこう言った。
「フッ まずは崖から落ちよう。話はそれからだ フッ」




