六話 騎士団試験の裏側で
リールはロビーの椅子に腰を下ろし、試験中の二人を待っていた。
辺りを見渡すと壁には芸術品と思われる絵や綺麗な照明がついており、廊下の端には頑丈そうな鎧が並んでいる。普段は見られない光景に最初は新鮮さも感じたが、しばらくするとそれにも飽きてしまった。
何をするわけでもない退屈な時間。読みかけの本でも持って来ればよかったか。はたまた、昨日ロクに出来なかった城下町探索にでも行ってみようか。
そんなことを考えていると、一人の女性がこちらに向かってきた。
「こんにちはお嬢さん、誰か待っているの?」
リールは驚いた。こちらに向かってきているのは分かっていたが、まさか自分に話しかけられるとは思ってもいなかったのだ。
話しかけてきた相手にサッと目を向ける。
薄紫の美しい髪が腰まで届き、やや濃いめの紫と黒を基調とした法衣で身を覆っている。陶器のように綺麗な色白の肌をし、髪と同じ色をした瞳は、まるで子猫でも見るかのような優しい目でこちらを見ていた。
(わー、綺麗な人だなー)
相手の顔を確認し、思わず見惚れてしまう。そこで自分が相手の問いかけに答えていないことに気がつき、あわてて返事をした。
「あ、はい、こんにちは! えーっと、そっちの部屋で試験受けてる友達を待っています!」
「貴女の友達が……? 貴女くらいの年で魔法が使えるの?」
今度は相手が少し驚いた顔をして見せた。
そしてすぐにリールの向かい側の椅子に座ると、両肘をテーブルに付きながら両手を組んでその上に自身の顎を乗せる。どうやらじっくり話を聞く姿勢に入ったようだ。
その様子を見て、なんだかクレイとブレイバスの事を認めてもらったような気になったリールはどこか嬉しくなり、元気よく返事を返す。
「はい! 私より二つ年上の二人ですけどっ! 私よりずっと上手に使いこなしています!」
またもや相手は驚いた表情を見せる。『友達』が複数だった事、リール自身も魔法が使えること、の二点に対してだろう。
すると驚いた表情からは一転、手に乗せていた顎を上げ背筋を伸ばしながら、今度は綺麗な笑みを浮かべながら話してくる。
「そう、みんなすごいのね。あ、自己紹介遅れちゃったわね。お姉さんの名前はミーネっていうの。よろしくね」
「私はリールです! リール・ケトラ。ミーネさんとちょっと名前のアクセント似てますねっ」
「ふふっ、そうね。リールちゃんも魔法使えるの? ちょっとお姉さんに見せてくれない?」
「はい! いいですよっ」
そういってリールは目の前の空間に、卵か何かを包むような形で、両手を前に出し唱えた。
「【愛の癒し手】」
呪文と共にリールの手が淡い光に包まれる。
その様子を見てミーネは、わっと喜んで見せ、一回だけ拍手をするように軽く手を合わせる。
「この光が人や動物の傷口に移って怪我を癒すんです。今は誰も怪我していないんでこの手についたままですけど」
「回復魔法! すごいのね! 貴女は魔導師枠試験受けなかったの?」
「私は友達の付き添いに来ただけなので……流石にそんなことお父さんも許してくれないし。あ、お父さんも魔法使えて、私よりもっとすごい回復魔法出来るんですよっ!」
「へー、親子で才能あるのね。凄いわ!」
「お父さん、普段から自分はガサツで適当なのに娘の事になるとすっごいなんでも口出ししてきて……今回だって試験に着いてくるのにさえ反対してたんですっ」
退屈な時間に話し相手が出来た事、相手が自分の才能を評価してくれることにリールは気を良くし、どんどん饒舌になっていった。
「ふふっ、大事にされているのね!」
次々と内容の変わる会話にも嫌な顔一つせず笑顔で受け答えするミーネ。
「そういえば聞こえは良いですけどねーっ、私としては過保護というか親馬鹿というか。あ、ミーネさんもこの試験に関係してたりするんですか?」
「ん? んーん。お姉さんは試験には関わってないよ?」
「そうなんですねー、魔法使いみたいな法衣着てるからそうなのかなっ、て思いましたっ!」
「あー、でもそれは正解かな。実はお姉さんも魔法使えるんだー。私のもちょっと見せてあげるね」
ミーネはそう言って右手の人差し指を立てた。すると指先に小さな魔法陣が浮かび上がる。
「【精霊の炎】」
ミーネが唱えるとその魔法陣から小さな炎が現れた。今度はリールが目を輝かせて喜ぶ。
そんな様子をみてミーネはクスリと笑うと、続けて唱えた。
「【精霊の雷】」
炎が消えたかと思えば、今度はそこに電気が音をたてて纏まっている。
リールは輝いていた瞳を丸くさせ、「わ」の形で止まっていた口を「お」の形に変える。
「【精霊の氷】」
ミーネがさらに唱えると、電気が消え、電気があった場所に今度は冷気が集まりだす。
机を挟んで涼しく感じるその冷気を肌で感じ、リールはとうとう立ち上がりながら声を張り上げた。
「えー! ミーネさんすごーい! こんなに色々な種類の魔法使える人初めてみたーっ!」
リールが驚くのも無理はない。リール出身の孤児院には魔法を使える者は何人もいるが、複数の種類の魔法を使える者などは一人もいないのだ。
クレイやブレイバスが技名を変えて魔法を使うことはあるが、いずれも一つの魔法の応用、もしくは成長した魔法である。
ミーネはまたもフフッと笑うと、ハッとしたように立ち上がった。
「いけない、もうこんな時間! ごめんねリールちゃん、私もう行かないと」
「あ、うん。ミーネさん、色々見せてくれてありがとう!」
「そうだ! 話し付き合ってくれたお礼にリールちゃんにいい物あげる!」
「え?」
そう言ってミーネはローブの中から蒼色の光を放つ宝石のついた首飾りを取り出す。
「これ、『聖魔の守護石』って言って、有名な天使がつけていたっていわれてる魔力のこもったお守りなんだ。綺麗でしょ? 魔法使える人がこれ持っていると魔法の成長速度が上がるそうよ。私は効果実感したことないけど。折角だからペンダントにしてたんだけど、最近はあまり身につけなくてね」
最後の一言を発する際に、ミーネは少し眉をひそめて軽く笑う。
一方リールは突然のプレゼントに戸惑いを隠せない。
「え? え? でもこんな高価そうなもの……そんな……」
「いいの。せっかく仲良くなれたんだもの。お友達二人の役にたちたいんでしょ? じゃあこんなのでも持っていたらもしかすると良いことあるかもしれないわよ?」
パチンとウインクしながらリールにオーブを手渡すミーネ。
リールは言われてハッとした。ミーネはリールですら気がついていないリールの内心を見抜いていたようだ。
「ミーネさん……ありがとうっ! コレ、大事にします!」
「うん! じゃあまたどこかで会えると良いわね!」
ミーネは笑顔で手を振ると、廊下の奥に走って行った。
その後ろ姿を見送る際、法衣の後ろ、長い髪によってほぼ隠れているが、王冠を被った竜の紋章が付いていることに気が付いてリールは目をぱちくりさせる。
(ミーネさんも偉い将軍さんなんだ……)
クレイやブレイバスが姿勢を正し、敬語になる昨日の様子を思い出し、ヴィルハルトと同ランクのお偉いさんと気軽に話していた事実に、リールは冷や汗をたらし一人で誤魔化し笑いをした。




