二十二話 追手
広大な獣神の聖域森林を五つの影が駆ける。
夜狼人族長の一人娘ミザーを先頭に、クレイ、ブレイバス、リール、エトゥがそれぞれ続く。
「ミザー、どこに向かっているんだ?」
走りながらクレイはミザーに話しかけた。ミザーは前を向いたまま返事を返す。
「……一先ずは身を隠せる場所、だ。特にお前は何故かターゲットにされているようだからな」
先ほどのラムフェス兵達の口ぶりだと、クレイは『夜狼人と結託しラムフェス軍を陥れようとしている反乱者』といった認識をされているのだろう。全くの誤解ではあるが、現状それを解くのは難しいため、一先ずは撤退を選んだ。
そしてもう一つ、先ほどのやり取りの中であった疑問を口にする。
「僕は何かの誤解だろうけど、ミザー、君はどうしてそうなっているのかわかるのか?」
────『いたぞ! 青緑髪の獣人、アイツだ! 捕えろ!』────
クレイだけではなく、ラムフェス兵達も初対面のはずのミザーも対象になっている。それもクレイのような『粛清対象』ではなく『捕獲対象』。
「さっぱりわからん、だが考えても無駄だろう、父の……長の命に従う事が今すべきことだ」
しかし、当然と言えば当然だがミザーからは疑問に対する答えは得られなかった。
そこで先程のミザーとエルダーのやり取りの中で気になった、別の疑問を聞く。
「エルダーさんはどうして僕らの事を信じてくれたんだ? 突然来て、真っ先に疑うべき相手だろう。ラムフェス側からの差し金かも知れない」
「ああ、その事か。まず、我々夜狼人は他種族よりも直感に優れる」
返ってきた言葉は『直感』等という無根拠で曖昧な言葉。確かに野性動物の感覚は通常の人間より遥かに鋭い。獣人である夜狼人もそれと同等に近いか、或いはそれ以上の直感力があるのかも知れない。
しかしそれでもエルダーは迷っていたようであるし、他の夜狼人達も疑惑の眼差しをこちらに向けていた。
そんな疑問を考えている間に、ミザーが続きを話す。
「そして私の直感は、他の同胞の遥か上をいく。その精度はお前達人間が【魔法】と呼ぶ物に似ているとも聞いたな。勿論それは父……長も知っている事だ。だからこそ信じてくれた」
そんなやり取りを遮るように、横からブレイバスとリールが違う話題を口にする。
「所でクレイ、さっきお前、誤解とは言ったがこの状況は……」
「なんだか私達、嵌められたって感じなんじゃあないかなぁ?」
二人の予想ももっともなものだ。初めてこの森に足を運んだ自分達が夜狼人と結託等、常識的に考えてできるはずがない。
しかしラムフェス兵達はそれを信じ、もはや夜狼人を『説得対象』などではなく純粋に『敵』と見なして行動している。
「原住民でも知らない黄土色の霧、自分の意思でなくゾンビかなにかのように襲い掛かってきたラムフェス兵、戦うはずではなかったラムフェス軍と夜狼人の争い……この森で一体何が起こっているんだ?」
クレイは森に入ってから自分の身に起こった不可解な出来事を一通り口にする。
その様子を見てミザーは若干嫌そうな顔をしてクレイに話しかける。
「それを考える事に意味はあるのか? 黙って走ったらどうだ?」
ミザーとしては『余計な雑音は行動を鈍らせる』という意味合いで言い放った言葉ではあるが、その思考放棄とも取れる考えにクレイは異を唱える。
「意味はあるさ。いや、考えなくちゃならない。僕らを嵌めた者がいるとすれば、今僕らが撤退している事も相手の計算内だってことさ。つまりは僕らの行動を予測し、僕らの思考の上を取ろうと……ほら来たぞ!」
クレイがそう言うと、左右の木々の上から黒い影が五人に飛びかかってきた。
それは間違いなくラムフェスの兵士達、しかし、クレイがミザーと出会った際に襲ってきた者達と同じように、虚ろな目と人間では出来ないような、ゾンビのように不気味で変則的な動きで木から落ちてきたのだ。
「【破壊魔剣】!!」
いち早くブレイバスが自身の魔法を唱え、大剣に黒い氣を纏わせる。そして自分とリールの近くに落ちてきた兵士にそのまま大剣を振り上げフッ飛ばす。
そのリールは自らは邪魔にならないように陣形の中央に下がり、周りを深く観察し始めた。
「【結界曲鞭】ッ!」
クレイも叫ぶと左手から魔法で出来たロープを生み出し迫る兵士に巻き付けた。
空中で捕えられた兵士は身動きがロクにとれずに地面に叩きつけられる。
「グオオオオオォッ!!」
声がするほうを振り向けば、エトゥが自身の身体を獣人の姿に変えていた。
そして太くなった獣の足を曲げ、膝に力を溜めたかと思うと瞬時に兵士に飛び掛り鋭い牙で喉にかみついた。
残るミザーは人の姿のままダガーを投擲し、ラムフェス兵の脳天を貫く。
「……くッ! なんだコイツらは!?」
撃退しながらもブレイバスは驚愕の声を上げる。
一度に襲いかかってきた兵士は迎撃できたが、それで終わりではなかった。同じような虚ろな目をした兵士達が木々の間からゾロゾロと姿を現せたのだ。
「完全に囲まれる前に前方に突っ切るぞ!」
ミザーの一声を合図に、五人は再び走り出した。
◇◇◇◇◇
ひたすら走る事で虚ろな目の兵士達の追撃を見事に振り切る事には成功する。その際に、森の中でも谷等のある段差の激しい地形に出る事となった。
右を見やればズレた地層がそびえ立ち、左を見ればソコは崖そのもの。数十メートル下に大きな川が音を立てて流れている。
「クレイ殿! 先ほどの人間達は一体なんだったのですか!?」
一段落着いたところで、走りながらもエトゥがクレイに問い掛ける。
「ラムフェス兵には間違いありません。しかし何故あのようになってしまったかまではわかりません。僕もミザーと共に一度襲われましたが、その時もコミュニケーションは取れませんでした」
一呼吸おいてクレイは更に続ける。
「その時は僕を見つけた途端に走り出し襲いかかって来ました。しかし今回は待ち伏せしていたようにも見えます」
「つまり、お前がさっき言ったように私たちの動きが読まれているという事か?」
「そうなるねミザー、恐らくは今回の騒動の首謀者、もしくはそれに近い存在……」
クレイがそこまで言いかけた時、ミザーとエトゥの夜狼人二人が歩みを止め、上を見上げる。視線の先は多少開けた崖の上。
エトゥは獣人の姿のまま、牙を剥き出しにしながら全身の毛を逆立たせ唸り声をあげている。
「強いな……」
ミザーもそう呟きながら冷や汗を滴し、ダガーを抜き臨戦体形に入る。
夜狼人の二人に続くように、足を止め上を見上げるクレイ、リール、ブレイバスの三人。
その内の、リールがまず口に手を当てて悲壮な声を絞り出す。
「うそ……」
五人が見上げる崖の上から伸びるのは一本の長い影。その影の持ち主を見ながらブレイバスは苦笑いをしながら喋り出す。
「おいおいマジかよ、冗談じゃねーぞ」
落ちかけた夕日に照らされている一人の男。クレイもまたその男を、五人の中でもっとも真剣な顔つきで見つめながら口を開いた。
「僕らの思考の上を取ろうとするのなら、僕たちの事をよく知る人物が適任────」
男はクレイ達五人を鋭い眼光で見下ろしていた。
その黒髪は適当な長さで適当に整えられつつも全体的に上を向いており、ラムフェス王国最強の称号を意味する王冠をかぶった竜の紋章が付けられた深緑の鎧を見に纏い、一般的な物より遥かに長く鋭い漆黒の槍を携える。
「────って事ですよね、リガーヴ将軍」
前回の任務で共に戦い、圧倒的な戦闘力を見せつけた【竜聖十将軍】の一人、【黒竜】リガーヴ・ラズセールが、以前と変わらぬ瞳でそこに立っていた。




