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十八話 族長

 クレイとミザーは素早く森を移動していた。

 倒した三人の兵士の事も気にはなったが、その後待っても(はた)いても全く反応がなかった。

 一先ずはわかりやすい所で寝かせて置き、後から夜狼人(ウェアウルフ)にしろはぐれた他の兵士達にしろ、人手が増えてから介抱に向かおう、と決断した。

 倒れた仲間たちを放っておくことは少々気が引けたが、そこで待って誰も来ずに時間だけがただ過ぎる事、兵士達が目を覚ましてまた襲われる可能性も否定できない事を考え、ミザーの案内で夜狼人(ウェアウルフ)の集落を目指す。

 一応自分だけが残り、ミザーに他の夜狼人(ウェアウルフ)を呼んできてもらう事も考えたが、初対面のミザーがその通り行動するとも限らない。提案すれば口では了承するかも知れないがそのままこの場に戻ってこない可能性も考え、その考えは胸にしまい二人で場を後にする事にした。


 ミザーがクレイを先導して走り、場合によっては木々を跳び回る。その軽快な動きに、クレイも持ち前の身体能力と【結界飛翔(フォースウイング)】を駆使し問題なく着いて行った。

 途中ミザーに「宙を走るとはおかしな動きも出来るんだな」と感心されながらも目的の場所に辿り着く。

 藁や木で作った家が並ぶ、現在人間社会から見て、一時代前の風景のようなその集落。


「ここが私たちの一番の拠点だ」


 足を止めたミザーが、青緑の綺麗な髪を軽く撫でながらクレイに説明をする。


「ありがとう、それでどうすればいい?」


「どうすればいい、と言うか……そら、向こうからやって来た」


 ミザーが言いながら一つの家を指差す。するとそちらから二人の女が出てきた。

 ミザー同様、女性らしく細身ではあるが、身体はキチンと鍛えてあるのだろう。密偵か何かのように素早くこちらに近づいてくる。


「ミザー様!」


「お帰りなさいませミザー様!」


 近づいてきた二人はミザーの前で膝まずきミザーの帰りを祝福するかのように各々口を開いた。

 ミザーと慣れたように話をする当たり、そして頭の獣耳を見る限り夜狼人(ウェアウルフ)であることが予想できる。


「ウェアリス、ウルディ、出迎えご苦労。長はいるか?」


 ミザーが返事を返すと、二人は立ち上がった。


「はっ! 奥の間でミザー様の帰りを待ちわびておられます!」


「して、この者は? 見たところ人間のようですが」


 そこでその内の一人、ウェアリスと呼ばれた女性がクレイのほうへ目を向ける。


「あぁ、何でも我々に世界の脅威を知らせるためにこの森に足を運んだそうだ」


 ミザーはそう言うと同時に目配せをする。その意味を理解したクレイは続けて口を開いた。


「ラムフェス王国騎士見習い、クレイ・エルファンです。ラムフェス中、いや世界中の人々が、種族民俗問わず力を合わせるべき事案が発生しました。そのため夜狼人(ウェアウルフ)の方々にも一報を耳に入れて頂きたく、王国からの使いの一人としてこの地に参上した次第であります」


 やや警戒した顔つきのまま聞いていた女性二人だったが、クレイがそこまで言った所でより近づいてきた。

 そして先程ミザーに説明した時と同様、やはりクレイの身体に鼻を近付け嗅ぎまわる。


(コレ、夜狼人(ウェアウルフ)共通の初対面の相手に行う確認行為なのかな?)


 中々馴れないその相手の行動だったが、クレイは背筋を伸ばして甘んじて受ける。

 ようやく嗅ぎ終わった二人は警戒するような目付きのまま、更に臨戦体型に入るようにやや背中を丸め爪を威嚇のように広げる。


「お前、怪しい臭いをもっているな」


 ウェアリスが敵意を隠さずクレイにそう言い放つ。

 その尋問を開始するかのような鋭い口調に、ミザーが割って入りフォローを入れた。


「それが今回の本題、だそうだ」


 その一言に、爪は下げるもののやはり警戒は解かない。 


「……正直な所、ミザー様が連れてきた客人でなければこの場で切り裂いていた程の怪しい臭いだ」


「ウェアリス、ウルディ、その辺にしておいてやれ。私の権限でこのクレイを長に合わせる。全ての判断は長がするだろう」


「……わかりました、ではミザー様、クレイ殿、こちらへ」


 全く警戒を解かれない事にクレイは内心冷や汗を垂らしながら案内されるがまま足を向かわせた。


◇◇◇◇◇


 王国と比較すると文明十数年、あるいは数十年程遅れているような質素な家々ではあったが、その中でももっとも大きく立派な木製の家にクレイは招待された。

 その奥に座した白髪交じりの青緑髪、いや白髪の中にわずかに青緑髪が残っている大柄の老人、ミザーの父親にして、夜狼人(ウェアウルフ)族長エルダー・クウェルフを紹介される。

 大柄な肉体に鼻をまたぐ様な大きな切り傷跡、そして鋭い眼光を放つ歴戦の風格ではあったが、やはり頭の上にある可愛らしくも感じる獣耳に、クレイはギャップを感じていた。

 それは決して口には出さず、クレイは先程ミザーに言った時と同じように事の顛末を一通り伝えた。闇部族(ダークネス)と交戦した事。その闇部族(ダークネス)が大陸全種族に戦争を仕掛けるような不吉な言葉を残したこと。部隊を結成しこの地へやってきたが、霧により他の部隊とはぐれてしまった事。はぐれた後何故かラムフェスの兵士達に襲われた事。

 そしてやはりその中でも闇部族(ダークネス)の事存在に関心を示したエルダーにも鼻を極限まで近づけられ臭いを嗅がれる。三人の女夜狼人(ウェアウルフ)に続いて族長までもがコレを行うと言う事は、夜狼人(ウェアウルフ)にとっては一般的な真偽の確認方法なのだろう。

 当然、ラムフェス人同士では行う事のない行動にクレイはまだ慣れる事が出来ず背筋を強張られながらそれを受けていた。


「ふむ、クレイ、と言ったか。お主の言い分、しかと聞いた」


「ありがとうございます。詳しい事は我が部隊長エブゼーン・キュルウォンド将軍と対話をお願いしたいのですが……信じて頂けましたでしょうか」


「ふむ、人間と我等の不可侵条約を破ってまで接触、今の理由であれば納得できる」


 ミザー同様、筋を通す族長エルダー。しっかり話を行い、更に臭いで判断させればこちらの話を受け入れてもらえる。


「不可侵条約?」


 しかしその中の一言が気になりクレイは聞き返した。


「なんだ知らなかったのか、随分お気楽な伝達係だな。まあ何十年もの昔の話だ、自然と風化していったのかもしれんな」


「ははは、面目ありません。何分、まだ正式にはラムフェス騎士団に入団していない身なもので。それで先ほどの話ですが」


 人間と夜狼人(ウェアウルフ)との活動領域での取決めが遥か昔にあったようだ。

 その詳細も気にはなったが、今現在優先する事でもないので適当に相手に取り繕い話を戻す。


「うむ、エブゼーン将軍とやらにあってみない事に始まらんな。しかし、先程言っておった黄土色の霧、それは我々も聞いたことがない。それによりお主が仲間とはぐれ、合流した兵士に襲われたとなればなにやら不穏な事になっているのかも知れぬな」


「そうですね、まずはこの森での現状把握を行いたいと思っています。そちらのご協力もお願いいただけますか?」


「うむ、内容もそうだが我らの前に単身現れ、顔色一つ変えず話し通すその器量も気に入った」


「ありがとうございます」


 話がほぼ纏まった。そう確信したクレイは礼をしながらも内心ガッツポーズをとる。


「それにあのミザーが連れてくる程の男だ! 期待しておるよ! はっはっはっ!」


「……は?」


 クレイはその最後の言葉に訳がわからず思わず間の抜けた声で聞き返してしまった。

 そして間をおかずに近くにいたウェアリスが声を荒たげる。


「長! それは!」


「良いではないか! 夜狼人(ウェアウルフ)か人間かなど個人の感情の前には無力よ! いや我らのこれからを考えても良い交流かもしれん!」


 上機嫌で笑うエルダーに対し、慌てふためくウェアリスとウルディ。当のミザーは素知らぬ顔で欠伸をしながら聞いている。

 クレイは訳も分からず沈黙しているとウェアリスがクレイを鋭く睨み付けた。


「お前、良からぬ事を考えるなよ? ミザー様は夜狼人(ウェアウルフ)族長の一人娘だ! 長がなんと言おうと私は認めぬ! 失礼の一つでも働いてみろ! 私がその首掻っ捌いてやる!」


「……失礼、か。そういえば肢体を縄で緊縛され、説教されたな」


 目をこすりながらつぶやくミザーに、声を失ったかのように驚いているウェアリスとウルディ。

 そしてウェアリスが顔を真っ赤にしまさに怒号を上げようとした瞬間、入口の扉が勢いよく開いた。

 扉からは夜狼人(ウェアウルフ)と思われる若者が大声をあげる。


「長! 大変だ! 森で人間共と交戦が始まった!」


 その一言に、全員が腰を浮かせた。

 そしてウェアリスだけがやり場を失った感情を持て余し複雑な顔をしていた。

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