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十七話 憎しみは残らぬように

 【破壊散弾(ブッコロシブレイズ)】を放ったブレイバスは、しっかりとした歩みで土煙の中から姿を現した。先ほど強烈な一撃を喰らった腹には、リールの拳に付いていたであろう強い光が放たれている。

 苦虫を噛み潰したような青い顔をしながらも、のたうち回る夜狼人(ウェアウルフ)の二人に素早く近づいて行き、二人の前で【破壊魔剣(ブッコロシブレイド)】を解いた。黒いオーラは消え失せ、元の大剣の鋼色が鈍く煌めく。

 ブレイバスはその大剣を転がるガリオンの足に狙いを定め、躊躇せずに振り下ろした。


「ぐあああああああああぁッ!?」


 骨が砕ける音と共に、ガリオンの悲鳴が森中をこだまする。

 ブレイバスは更に同じく地に伏せるデイブットの方を見やる。


「殺す気で来たんだ。……文句はねーよなぁ?」


 デイブットの顔が絶望の色に染まり、何とかブレイバスから距離をとろうと後ずさりしようとする。

 しかしブレイバスの威圧と、先ほどの【破壊散弾(ブッコロシブレイズ)】のダメージも合わさり思うように下がれない。


「あ、あ、く、来るな……」


 腰を抜かしたように立てない状態で、さっきまで雄々しく立たせていた獣耳をすっかりしならせ、広げた右手を前に突き出しながら、デイブットは必死にブレイバスから距離を取ろうとした。

 それに対してブレイバスは、無言で歩きデイブットに近寄る。


「はーいっ、やめやめっ!」


 その二人の間にリールが割って入った。パンパンと手を叩きながら、まるで子供にお遊戯時間の終了を知らせるかのようにブレイバスを制止する。


「あん? なんのマネだ? リール」


「もうっ! 木の実の事でそんなに怒らないのっ! 傷だらけで無抵抗の相手に更に暴力振るうなんてひどいじゃないっ!」


「俺は今さっき傷だらけで無抵抗の状態からお前に暴力振るわれたんだが?」


「それはそれ。ベストタイミングだったでしょ?」


 リールが言っている事も間違いではないし、それに助けられたのも事実。ブレイバスは度重なる理不尽に軽く頭を抱えた。


「それにっ! この二人、夜狼人(ウェアウルフ)なんでしょっ! だったら尚更酷い事したらダメじゃん。仲直りしなきゃっ!」


 リールは更に多少前かがみになりながら右手の人差し指を立てた。その小さな子供に『めっ』と叱るような動作に、ブレイバスの調子は更に狂わされる。

 しかし言っている事はこれまた正論。夜狼人(ウェアウルフ)は今回の任務の説得対象であり、ここで大事を起こせば、それが任務に影響する可能性は高い。


「あー、好きにしろ! 襲われても知らねえぞ!」


 ブレイバスはリールが何をするか察知し、両手を上げ『降参』のポーズをとった。

 それを見てリールはニッコリ笑うと、足を押えうめき声をあげるガリオンの方に近づく。


「狼さん、さっきはブレイバスがごめんね? 一番ヒドいケガは足だよね? 癒してあげるから見せて?」


 リールはそう言うと足を押えるガリオンの手を優しく退かす。ガリオンもまたそのリールの行動に、何故か逆らえずそのまま手を自分の意思でも退かした。

 リールは更にガリオンの折れた足に自分の手を添えると、言い慣れた呪文を唱えた。


「【愛の癒し手(ヒーリングタッチ)】」


 リールの手から淡い光が迸り、それがガリオンの足を包む。ガリオンは自身の足に走る激痛が和らいでいくのを感じた。

 そこでガリオンは困惑を究めた。リールの背後ではブレイバスが腕を組み、仁王立ちをしながらガリオンに睨みを利かせている。

 とは言え自分がその気になれば瞬時にリールの細首をへし折る事も出来るだろう。にも拘わらず、目の前の少女はたった今まで殺し合っていた相手の間合いに自ら入り、その相手の傷を魔法の力で治している。

 デイブットの方を見やると、同じく訳が解っていないのだろう。ブレイバスに怯えながらも尻を地面につけたまま呆けている。


「……どういうつもりだ?」


 ガリオンは素直にリールに聞く事にした。

 仮に目の前の少女を惨殺した所で、その一瞬後に殺されるのは自分であるだろうからそれは得策ではない、という理由もあったが、それ以上にリールの優しい言動と魔法から放たれる穏やかな光が、ガリオンの狂気を鎮めていたのだ。

 その問いに対して、リールは笑いながら答える。


「実は私たち、貴方達夜狼人(ウェアウルフ)に用事があってここまで来たの。ホントはもっと大人数で来たんだけどはぐれちゃって。さっきは一触即発で喧嘩になっちゃったけど、元々貴方達と争う気はないの。だから、この喧嘩はこれでおしまいっ! 癒してあげるから恨みっこなしにしよっ!」


 ガリオンは「フンッ」と鼻を慣らしそっぽを向く。が、リールに魔法をかけてもらいながら、獣化した時に生えたであろう尻尾は嬉しそうに絶えず動いていた。

 その後ろでブレイバスがややムスッとしながらリールに話しかける。


「【愛の鉄拳(ヒーリングナッコウ)】で手早く治せねえのか?」


「もうっ、大怪我している所にそんな事したら凄い痛いでしょっ? ブレイバス馬鹿なの?」


 『どうしてそんな事もわからないの?』とでも言いたげなリールの心底困った顔に、ブレイバスは腹を軽く押さえながら顔を引きつらせ、沸き上がる殺意を必死に押さえた。


◇◇◇◇◇


 獣神の聖域森林(フェンリルウッズ)から馬車で半日ほどの距離にある小さな橋をたった今一台の馬車が通ろうとしていた。

 その馬車の中で二人の男、緑髪のボサボサ頭の大男とクリーム色の髪をしたアホ毛頭の少年が、座りながら会話をしている。


「ゼイゲアス先生ー、もうすぐだよね? その獣神の聖域森林(フェンリルウッズ)は」


「ああ、もう半日って所だな。だが、森の中まで馬車で行くと夜狼人(ヤツら)を刺激しかねねぇから、そっからが徒歩になる。つまり森に着いてからが本番だ。ジアン、今から張り切り過ぎんじゃねえぞ」


 二人の男、ゼイゲアスとジアンがそんな会話をした所で馬車は小さな橋の上を通り過ぎる。

 その際、思いのほか馬車が大きく揺れ、馬車内にあった大きな甕が音を立てて倒れる。


「うお! 危ねえな……」


 ゼイゲアスは自分を襲うその揺れに少しだけ驚き、倒れた甕の方へ目をやった。するとその甕の入り口から覗かせた、二本の真っ赤な紐の束が目に入る。


「ク、クーニャ?」


 その紐の束の正体は、ゼイゲアスの孤児院の一員、クーニャのツインテールの髪の毛だったのだ。

 慌てて駆け寄り目を回しているクーニャを抱き起す。


「おめー、どうしてここに……! ずっと甕の中にいたのか??」


「う、うーん……ばれたぁ……」


 ゼイゲアスは訳がわからずとりあえずジアンのほうへ目を向けた。するとそのジアンはゼイゲアスから目を逸らす様に明後日の方向を見ている。それでゼイゲアスは察した。


「ジアン、てめえ……知っていやがったな……?」


 流石に幼いクーニャが数日間も飲まず食わずでずっと甕の中で過ごすことなど不可能だ。ゼイゲアスに目を盗んでは二人で協力して食事やトイレ等を行っていたのだろう。


「いやあ、ははは」


 観念したジアンはくるっとゼイゲアスの方へ顔を向け直し、大げさに頭を掻いて見せる。

 ゼイゲアスはそんな様子のジアンを一発殴ろうと立とうとする。すると抱きかかえていたクーニャがゼイゲアスのほっぺたを摘まみ、制止した。


「先生、ジアンは悪くない。クーニャが勝手に乗った。ジアンは途中で気付いたけど黙っていただけ」


 ゼイゲアスにしてみればその辺りは問題ではないのだが、極めて珍しく自分に逆らうような行動をとった幼いクーニャを頭ごなしにあしらう訳にはいかず、思い留まる。


「……で、どういうつもりだ? クーニャ」


「だって先生、私も行くって言っても絶対に止める。絶対に絶対に止める! クーニャもクレイ達が心配なのに! クーニャの魔法もきっと役に立つのに!」


 抱きかかえられたままクーニャはゼイゲアスを涙目で睨み付ける。

 クーニャが言う通り、ゼイゲアスは幼いクーニャが同行を進言したとしても必ず止めていただろう。そしていつももっとも素直なクーニャは必ず自分の意思をくみ取る、と。そう思っていた。

 しかし仲間の危険がわかって尚、ただ黙って無事を祈り、何も出来ずに帰りを待つだけなどクーニャには出来なかった。それが怒ると恐いゼイゲアスを敵に回すことになったとしても、怒られることも覚悟の上で。行きつく先が危険な場所であり、クレイ達を襲う危険が自分に襲いかかる可能性もある事を理解した上で。


「……」


 ゼイゲアスはその仲間を想うその幼女の意思を、完全に読み取る事が出来なかった自分を恥じた。

 そしてリールと変わらない穏やかな目をして口を開く。


「……わかった、お前も来いクーニャ。だが、俺から離れるんじゃねえぞ?」

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