十六話 夜狼人の脅威
「ブレイバスっ!」
「リール、お前はそこにいろ」
明らかな敵意を向けられているブレイバスを木の上から心配そうに声をかけるリール。
しかしリールに戦闘能力はない。気持ちはともかく下手な事をされても邪魔になりかねないと考えたブレイバスは、リールはそのまま木の上にいたほうが安全だと判断した。
そしてブレイバスにはもう一つ思惑があった。
(コイツらが何モンかが知らねえが、今食った木の実の事は知っている……って事はこの森に詳しいって事だ。今殺されかけた事と食い物の恨みとはあるとは言え、情報収集を考えるとぶち殺すのは得策じゃあねえな)
ニ対一。殺意を向けてくる相手に、ましてや不利な状況であればブレイバスも本気で行かなければならない。
その『本気』というのは勿論魔法の使用を含まれる。そしてブレイバスの使える魔法は大きく分けて二つ。
長年使い慣れた、破壊の力を大剣に纏わせる【破壊魔剣】、と最近受け継がれ身につけた、一時的に身体能力を高める【破壊咆哮】
(【破壊魔剣】じゃあ勢いあまって殺しちまいそうだし、俊敏そうな相手だ……それに対抗出来なきゃならねえ。と、なると……)
試行中ではあるが、当然相手からすると知った所ではない。細身の男は腰ベルトからダガーを抜き、もう一人の太った男に話しかける。
「デイブット! 囲むぞ! お前は左だ!」
細身の男はそう言いブレイバスから見て左に慎重な足運びでゆっくりと移動する。
「お、おう、ガリオン、お前の逆をいけば、い、いいんだな? 」
デイブットと呼ばれた太った男はポケットから取り出したトゲのついた五連結の指輪、メリヘンサックを手に嵌めながら、その反対方向にドタドタと移動する。
その移動が終わるや否やブレイバスは両手をクロスし、足を開き膝を曲げ重心を落とした。そしてすぐにその構えを勢いよく解き、叫ぶ。
「【破壊咆哮】!!」
呪文と同時にブレイバスの身体から風が吹き抜けるような衝撃が放たれ、それは数メートル上のリールの緑髪が軽く巻き上がるほどのエネルギーであった。
「貴様! 人間か!?」
その変化に細身の男、ガリオンが驚愕の声を上げる。
その失礼な問いに答える義理もないブレイバスは大剣を両手持ちし、そのままガリオンの方へ一気に駆け出した。
「くっ!」
ガリオンは右に跳びながらダガーをブレイバスの方へ遠投した。ブレイバスは突進しながらもわずかに首を傾げるだけでそのダガーをかわし、そのまま距離を詰める。
ガリオンは三本目のダガーを取り出そうと腰ベルトに手をやるがもう遅い。既に目前まで迫っているブレイバスの大剣を思いっきり胴に受け、跳躍方向にそのままふっ飛ばされた。
その一歩遅れてデイブットが側面からブレイバスを襲う。通常の状態であれば大剣を振るったばかりのブレイバスには隙があり、デイブットのメリヘンサックの一撃がブレイバスを捉えたであろう。
しかし【破壊咆哮】状態のブレイバスの運動能力及び反射神経は、デイブットの速度を軽く上回り、その拳の一撃は、かわすどころか迫りくる相手の手首をつかみ相手の攻撃を止める。
「おおおおおおおおぉッ!」
そしてつかんだ手首を思いっきり握り締め左足の踏み込みと同時に、片手でデイブットの巨体を投げ飛ばした。
デイブットの身体は宙を舞い、進行方向の大木に叩きつけられると、そのまま落下し────丁度その下までふっ飛ばされていたガリオンの身体にのしかかった。
「ギャンッ!」
その一撃にガリオンは悲鳴をあげ、大きく痙攣のような動きをする。
(……やりすぎた、か?)
ブレイバスは冷や汗を垂らし【破壊咆哮】を解いた。
殺す気で来ている相手を殺してしまってもそれは自業自得であるが、この場でそれをしてしまうと情報収集が出来なくなる。
しかしブレイバスのそんな心配は杞憂のようだった。ガリオンはすぐに上に乗っているデイブットを張り倒す様に押しのけ、立ち上がる。
ブレイバスとガリオンにそれぞれ投げられ転がされたデイブットも、数秒遅れて首を抱えながら立ち上がった。
「……頑丈じゃねえか、だが、その辺にしといた方がいいんじゃねえか?」
立ち上がる二人にブレイバスは笑いながら話しかける。状況は有利ではあるが、これには若干の強がりも含んでいた。
(あれだけやってロクに効いてねえのか。【破壊咆哮】を解いたのは不味かったな)
ブレイバスの魔法【破壊咆哮】は、効果こそは絶大ではあるが、欠点もあった。
その一つが魔法を解いた後に筋肉痛のような痛みと疲労感、そして虚無感が全身を襲う事。そして魔法を解いた後、しばらく休憩し体力を戻さなければすぐに再び使う事は出来ない。
二人を吹き飛ばし、勝負あったと思い魔法を解いたブレイバスであったが、相手がさほどダメージを喰らっておらず、まだ戦うつもりなのであれば風向きが悪くなったのは自分の方なのである。
その相手、ガリオンはブレイバスを睨み付け呟くように口を開いた。
「デイブット、本気でやるぞ」
その一言に首を回していたデイブットも眼つきを鋭くする。
そして二人はその場でしゃがみ、手を地面に付いて四つん這いになったかと思うと、大声で吠えた。
「ガアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
叫び声と共に二人の身体が変化していく。身体そのものがやや膨らみ、輪郭は獣のような形に変化していく。そしてその全身は長く黒い体毛に覆われていった。
(夜狼人……! コイツらがそれか!)
相手が最初に言った『貴様! 人間か!?』の言葉は、同種と思われていたという事なのかも知れない。ブレイバスの頭にはそんな無駄な事も過ぎりながらも、鍛錬と実戦を重ねてきた身体は冷静に最善の行動を取っていた。
そして口も身体の行動に続いて言葉が吐き出される。
「【破壊魔剣】ッ!!」
ブレイバスが何年も前に習得し、もっとも使い慣れた破壊の魔法。それを展開し自身の大剣に黒い氣を纏わせた。
(こうなりゃ短期決戦だ! 殺られる前に殺るッ!)
先ほどまでは相手を殺しまではしない事も頭に入れていたが、自分は見た目以上に消耗しているのに対し、相手は万全どころかここからが本気。ブレイバスはすぐさま大剣を構えなおし、破壊の力を叩きつけるつもりでガリオンの方へ駆け出す。
しかし完全に二足歩行の狼と化したガリオンは、獲物を見定めるかのような獣の瞳でブレイバスの動きを完全に捉えていた。
「お返しだ、今度はお前が無様に跳べ」
獣人となってもしなやかな筋肉を持つガリオンは、ピクッと獣耳を動かしたかと思うと、単調に正面から攻めるブレイバスに対し、しゃがみつつ長い足を滑り込ませるように前方に出した。
その結果、ブレイバスの足を引っ掛ける事で相手のバランスを崩させ、自身に飛び込むように迫る勢いを逆に利用しブレイバスを両手で投げ飛ばした!
「うおおッ!?」
ブレイバスは、相手の予想外の『柔』の技に対応できずに、相手の宣言通り宙を舞う事となる。そしてその進路先は────
(やべぇ!!)
ガリオンと同じく獣人と化し、手甲をつけた拳を構えたデイブットのほうへ跳んでいく事となる。
空中で制動の効かない身体は、決してあがらう事は出来ず────
「く、食らえぇぇぇ!!」
デイブット渾身の一撃がブレイバスの腹に直撃する。夜狼人の中でも剛腕なデイブットのメリヘンサックの一撃は、ガリオンの『投げ』の勢いも合わさりブレイバスが纏う軽鎧など簡単に貫き、その身体は方向を転換しながら更に勢いよく宙を舞った。
常人ならば体内の臓器までもグチャグチャに潰され即死しかねないその一撃。
日ごろから鍛えに鍛えたブレイバスの身体は、直前に腹に力を込めた事も含め、絶命はなんとかまぬがれてはいた。
が、それでも致命傷に成りかねないその一撃に、ブレイバスの意識は朦朧とする。
大きく宙を舞い、上空方向へ吹き飛ばされるエネルギーが空中で0となり、進行方向が地面に向かおうとするその瞬間、重たい頭から落ちようとするためブレイバスの頭は、つまり視線は一瞬上を向いた。
先ほどの一撃により目からも流血し始めているのだろう。レッドアウトしかけているその視界に、ブレイバスは確かに揺れる緑髪の少女を見た。
吹き飛ばされるブレイバスに合わせ、木の上にいたままだったリールもまた跳んだのだ。
その右手は強い光を纏っており、その身体は空中でブレイバスの丁度すぐ上を取っていた。
「【愛の鉄拳】ッ!」
ドゴォッ!
繰り出されたリールの拳の一撃により、ブレイバスは「ぶべらっ!?」と謎の奇声を上げながら、勢いをつけて真下に落下した。その衝撃で大きな土煙を上げ、ブレイバスを殴り落としたリールも自由落下に従い、その中に姿を消す。
連携でブレイバスを吹き飛ばした夜狼人の二人はポカーンと大口を開けてその土煙を眺めていた。予想外すぎる出来事に、ただ眺める事しか出来なかった。
そしてそうして呆けている間に、いまだ立ち上る土煙の中から叫び声が聞こえる。
「【破壊散弾】!!」
突如土煙の奥から飛び出してきた土砂の嵐に、夜狼人の二人はやはり反応できず、目などの急所を含む全身にその散弾を思いっきり喰らい、地面にのた打ち回った。
バレーって楽しいですよね!




