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十五話 月樹の実

「はぐれたな」


 黄土色の霧が晴れた頃、ブレイバスがあげた第一声がそれだった。


「迷子だねー」


 先ほどまで行動を共にしていたクレイや他の兵士達の姿が、まるで霧が見せた幻だったかのような錯覚に感じた、が、それでもただ一人、霧に惑わされないようにとブレイバスの服の裾を今尚つかんでいる緑髪の少女、つまりはリールが自分の言葉に同意している所をみると、やはりはぐれてしまったのだろう。


(70人以上いた人間が、みんなバラバラになってしまったのか?)


 ブレイバスは自身に起きた状況に胸中で悪態をつくと、リールの方へ目を向ける。


「リール、ココがどこかわかるか?」


「狼さん達の森でしょ?」


「それは流石の俺でもわかっている。要はそのどの辺りか、だ」


「わかるわけないじゃん」


「だよな」


 わかりきっていた返事に対し軽く返すと、周囲を見渡し状況を打破するための手掛かりを探す。

 木、木、木。見渡す限りの木。


(見てもわかるモンじゃねーか)


 周囲の『観察』及び『分析』を開始10秒で諦めると、ブレイバスは手早く決断した。


「とりあえず真っ直ぐ歩くか。どっかに出るだろ」


 その単純で危機感のない言葉にリールが眉を『逆[へ]の字』のしながら反論をする。


「そんな適当な事言って、すっごい大きな森だよー? もうちょっと考えたりしないの?」


「じゃあお前は何か考えあるのか? リール」


「え? うーん、木登りして上から遠くの様子見てみるとか?」


「じゃあやってみろよ」


 多少うんざりしながらもブレイバスはリールに返事を投げ返す。

 見渡す限りの木々。枝まで登った所でそこから見えるのはやはり葉や枝ばかりだろう。仮に翼を持ってその更に上に行けたとしても、広大な森がみえるだけではぐれた仲間達は見つけられるはずがない。

 そう思っての返事であったがリールの反応はブレイバスの予想を上回った。


「うん、じゃあ待っててね」


 そう言うや否やリールは一番近くの真っ直ぐ伸びる大木を、スルスルと登り始めた。


(ああ、コイツは意外と馬鹿だったな。やれやれ)


 そんなことも思ったが、皮肉を込めたとは言え自分で木登りを肯定した手前、取り合えずそのままやらせる事にした。


「木登り、上手くなったじゃねーか」


「うんっ! 孤児院の中でもクレイの次に上手なつもりだよっ! ジアンも上手だけど」


「ジアンはともかくクレイの【結界飛翔(アレ)】は木登りとは言わねーよ」


 そんな些細なやり取りをしている間に、リールは地上から10メートル以上離れた枝まで登ってしまった。


「で、なんか見えるか?」


 ブレイバスが何も期待せずにそう問いかける。が、リールの返事はまたもやブレイバスの予想と外れた。


「ブレイバス……凄いよっ!」


「なに!?」


「見たこともない果実がいくつか成ってるっ! どれも美味しそう!」


「本当か! 出かしたぞ!」


 本来の目的と全く違う発見ではあったが、リールの、そしてブレイバスの頭からはもはやその本来の目的は消え去り、新種の果実の事のみが思考に残る。


「ブレイバスっ! とりあえず一個渡すねっ!」


 リールはやや細い枝を身軽に移動して行き、果実のある場所まですぐに辿り着いた。そしてそれをもいでブレイバスの方へそのまま投げる。


「よっと! せんきゅ!」


 ブレイバスは、自身への軌道からやや逸れるソレを見事キャッチし、その果実を眺めた。

 手のひら大のサイズで色は黄色、やや硬めの果実。手に持っているだけでやや甘酸っぱい香りが鼻を心地よく刺激する。

 手で軽く汚れを払うと迷うことなく一口齧った。そしてつい表情が緩む。


「おお……これは旨いな! 酸っぱそうな匂いだったが、口にしてみると丁度いい甘みだ! ……お! 後からくる酸っぱさが口の中をスッキリさせるな!」


 ブレイバスは一口食べ感想を喋った後、自分の口から更に唾液が溢れてくるのがわかった。たまらず手に持った果実に、更に二口三口齧り付く。


(旨い……! クセになる味で、更に身体中の血液が活性化しているのがわかる! 今なら通常以上に身体を動かせそうだ……!)


 ブレイバスは声を出す時間も勿体なくなり、存分に果実を堪能しつつその感想を胸中で叫ぶ。結構な大きさであった果実があっという間にブレイバスの手から無くなってしまった。


「甘ーいっ!」


 食べきったブレイバスが、果実の少なさに、今この瞬間果実の味を堪能出来ない事に嬉しい苛立ちを覚えた所で、木の上から歓喜の声が聞こえる。


「こっちの真っ赤なのも美味しいよっ! とにかく甘いっ! ちょっと口の中でべた付く感じもするけど、焼菓子よりもずっと甘いっ! こんな木の実、地元にはなかったよね~っ!」


 木の上に目をやると、右手に赤い果実を持ち左手でほっぺたを押えながら目を輝かせているリールが、ブレイバスがまだ食べていない果実を口にしながら存分に味わっている。


「リール! そいつも一個投げてくれ!」


「うんっ! でもちょっと待ってっ!」


 リールはブレイバスの言葉を一端受け入れるも、投げる分を穫る前に手に持った果実をもう一口齧った。

 そして、こみ上げる笑顔を抑え込むように身震いをし、恍惚の表情をブレイバスに向ける。


「ブレイバス……私、今日この瞬間のために生きてきたんだと思う」


「ええい! 感想はいい! 早くしろッ!」


 リールの行動と感想を遮り、リールを急かした。これ以上、待たされるのであれば自分が木に登ろうと考えていたくらいである。


「はいはい、じゃあ……よっと!」


 そこでリールはもう少し枝を移動し、自分が食べた物と同じ果実を手に取る。


「見える限りは赤いやつは、後コレ一個だけみたいっ! 柔らかいからキャッチするの気をつけてねー!」


 リールはそう言うと今度は赤い果実を山なりに投げた。宙を舞う果実に心を躍らせながらブレイバスはその落下地点で手を構える。


 ────その瞬間、何かが風を切る音が二人の耳に入る。

 ブレイバスは直感で身を屈めた。すると、一瞬前まで自分の頭があった場所に黒い影が通り過ぎ、ソレはリールの乗っている木の幹に突き刺さる。

 二人は幹に刺さったソレに目をやった。肉厚のダガーが、つまりはブレイバスが身を屈めなければ殺傷していた凶器が目に入る。


 ブレイバスは屈めた身体を起こし、ダガーが飛んできた方向へ目をやった。そこには木々の裏から姿を現したばかりであろう二人の男が立っていた。

 どちらも着古したと思われるくすんだ普段着のような布の服を纏い、さらにその上に鉄の胸当てを装着している。

 一人は長身のブレイバス以上に背が高く、身体の線は細い。非常にしなやかな筋肉を身につけ身軽そうな男。ダガーを遠投した後であるだろうポーズをとっている。

 もう一人は小柄のリールより少し背が高い程度の、それでいて腹が出ている太った男。太ってはいるが、その脂肪の裏にあるのは筋肉の塊であるだろうとブレイバスは一目見ただけで見切った。

 そして通常の人間と異なる部分が頭の上、髪の毛と同じ色の、犬のような大きな耳を生やしている。


「神聖なる月樹の実(ムーンフルーツ)を食い荒らすとは、人間共、覚悟は出来ているんだろうな?」


 細身の男がブレイバスを睨みながらそう話しかけてくる。

 ブレイバスはそれを耳に入れ、足元に視線を落とした。

 先ほどリールがこちらに投げた果実が無残に潰れ、その果汁は土に混じり地面にへばり付いている。

 その男を睨み返し、手を戦慄かせ、ブレイバスもまた口を開いた。


「『覚悟は出来ているか』だと? それはこっちのセリフだ……!」

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