十一話 馬車に揺られて
孤児院がある森を出ると、王国の馬車はすぐに見えた。
エブゼーンとその親衛隊を乗せて孤児院の入り口まできた豪華で大掛かりな馬車とは別に、それと比べると多少質素ではあるがやはり大きな馬車が四台。
それらの方向へ近づくと、クレイ達に気がついた一人の騎士、灰色の髪を短く切りそろえた女騎士レヴェリアがこちらに近づいてきた。
「クレイ殿、ブレイバス殿、お待ちしておりました。リールさんも来ていただけたのですね」
「おはようございますレヴェリアさん、今日からよろしくお願いします」
クレイが挨拶を返すと隣のリールも手を上げて声を上げる。
「はいっ、お父さんに許可貰いましたっ! レヴェリアさんお願いしますっ!」
リールが笑顔で元気よくそう言うと、レヴェリアも軽く微笑み返した。
普段無愛想な顔をしているが、笑顔はやはり女性らしいな、とクレイは顔には出さずにそんな事を思っていた。
「ええ、ではエブゼーン将軍に代わり、御三方に私が、夜狼人の住む森への行軍日程等、今日以降行動予定の詳細等を説明いたします」
話を続けるレヴェリア。その言い方が引っかかったのだろう、ブレイバスが疑問を口にする。
「エブゼーン将軍は? あの豪華な馬車に入りっきりなんですかね?」
その疑問に対し、レヴェリアはキリッとした業務用表情で即答した。
「ええ、将軍は今、毎朝の日課である髪型セットを行っております。開始してまだ十分程度なので、後五十分程は出てこられないかと思います」
◇◇◇◇◇
「で、つまりはよく分からねえが、感覚としてクレイ達がヤバい、と」
孤児院の男児達の寝室に、布団に入りながらも身を起こしているジアンにゼイゲアスが話しかけていた。
「……うん、ごめんなさい。でも、この感覚は多分……」
「ああ、わかってるよジアン、お前の魔法は本物だ。使いこなせてねえから曖昧なだけで、きっと本当にクレイ達に身に起こりかねないんだろう」
胡坐をかき、腕組みをし考え込むゼイゲアス。その隣ではクーニャが心配そうに二人の様子を見ている。
しばらくの沈黙後、ゼイゲアスが口を開いた。
「……ジアン、体調はどうだ?」
「え? うん、今は大丈夫。初めての事だったから少しだけ身体が変になっただけ。【心診真理】に目覚めた時と似たような感覚だったから、多分もう大丈夫」
話題を変えた問いかけに答えるジアン。自分の身を案じた言葉でもあるが、ジアンにはゼイゲアスがその次に話す言葉がわかっていた。多少気丈に振る舞い覚悟を決める。
「……そうか、なら良かった。じゃあ、俺も出る。お前も来てくれ」
そう、ジアンの不確かな予知を重くとり、ゼイゲアスは自身もクレイ達を追って夜狼人の住む森に向かおうとしていた。そして、ジアンの魔法もアテにしている。
「うん、わかった」
ジアンは頷いた。それを見てゼイゲアスはジアンの頭をガシガシ撫でると立ち上がった。
「よし! 早速手配するぞ! 王国の馬車には追いつけねえが、なんとか急がせる! ジアン、お前も準備しな!」
そこまで言うとゼイゲアスはクーニャの方へ目を向け、やはりクーニャの頭をガシガシ撫でた。
「クーニャ、お前は留守番だ! 他の奴ら一緒に、ココを頼むぜ!」
その問いにクーニャはうつむいて黙ってしまった。その様子を見てゼイゲアスはしゃがみこみ、クーニャに目の高さを合わせる。
「お前もクレイ達が心配なんだよな、ありがとよ。だが心配するな俺たちが必ず何とかする。そもそもジアンの勘違いで結局何もねえかもしれねえ。安心して待ってな」
優しく、そして力強く言うゼイゲアスにクーニャは無言で頷いた。
その様子をみてゼイゲアスはニカッと笑い、ジアンに目線を戻す。
「よし行くぞジアン」
「うん!」
寝室から出ていく二人の足音が聞こえなくなった頃、クーニャは一人残った部屋で、誰にも聞こえない声で呟いた。
「クーニャもこっそりついてくもん……」
◇◇◇◇◇
馬車に揺られて数日、クレイ達は夜狼人が住むという森へ着こうとしていた。
目的地に着いた後の予定は既に一通り聞かされている。誰もが何かを口にするわけでもなく、ただ時間と共に淡々と目的地に向かう馬車。クレイは今一度周りの様子を確認する。
この馬車に乗っている人数は、馬主を除いて十人。クレイ、ブレイバス、リール、エブゼーン、そして『【奇竜】エブゼーン親衛隊』であるレヴェリアを始めとする六人の兵士達。
ブレイバスは腕を組んだまま何もせずただジッと前を見ている。エブゼーンは外の景色を眺めながら何やらニコニコしている。エブゼーン取り巻きの兵士達もまた、ブレイバスと同じように何もせず、ただ真剣な顔つきをしていた。
(なんというか、ちょっと重苦しいな)
前回任務で同行した【双竜】の部隊の兵士達は明るく気を使って話しかけてくれる人なんかも多かったが、こちらの兵士たちは『ザ・仕事人』とでも言うように、任務と関係ない余分な事は殆ど口にしない。レヴェリアも用件があってこちらに話かけてくる時等は愛想もあり滑らかに話すが、今現在はやはり他の兵士と同じように沈黙していた。
そこで残りの一人、リールの方に目を向けると、何やら手を光らせながら手遊びをしているのが目に入る。
(リールも退屈そうに……いや、あれはリールも魔法の練習でもしているのか……?)
前日、対エブゼーン戦では上手くいかなかった【結界曲鞭】。これを何とかモノにしようとクレイは馬車に揺られる数日間、暇を見つけては魔法の練習を行っていた。
馬車が止まり、少し広い所で降りた際には外で魔法のロープを造りだし、それを振るう練習を。
そして馬車の中で揺られている時は、
(僕も再開するかな、【結界曲鞭】の強度の練り直しを)
クレイは考えを固めると、両手を前で広げ呟く。
「【結界】」
するとクレイの手の中に、魔法で創られたジェルのような物体がゆっくりと現れる。それはすぐに手から溢れるように零れ落ちたり、自然と消えたりした。
(っと、やっぱり難しいな。今まで固い物ばかり創っていたから慣れないのは当たり前だけど……)
クレイは意識と魔力を手の中のソレに集中させる。
するとソレは少しずつ、クレイがイメージするものに変わっていった。
(このデロデロをしっかりとした固体にしながら、それでいてしなやかに、多少無茶してもちぎれないように……)
まるで水飴を固めるかのように、陶芸品を作るかのように、クレイの魔法は形を変えながらもしっかりと固まる。
「お、随分使いこなせてきた見たいじゃねーかクレイ」
そこで隣のブレイバスに声をかけられた。意識が少しそちらに向くも、それで魔法は崩れる事もなくクレイの手の中で留まり続ける。
「ああ、数日間コレの練習ばっかりやっていたからね。この間はぶっつけ本番でやったのが不味かった」
「しかし、たった数日で出来るなんてスゲーんじゃねえか? そろそろ実戦でもつかえるだろ、ソレ」
「なんか最近、魔法の調子がいい日がおおいね。ってそれはブレイバス、君もだろ?」
クレイの知らない所で元々他人の魔法である【破壊咆哮】を、ブレイバスが完全に使いこなしている事を思いだし横目で見やる。
「ま、俺は元々天才だからな!」
あっけらかんとそう言うブレイバス。
「クレイっ! ブレイバスっ! 外見てっ!」
そしてそのタイミングでリールが声を上げた。それにつられてクレイ達も馬車の外に目を向ける。
目に入ったのは平地と大森林。そしてその境界線のようにように立ち並ぶ木々。
「もう到着しますね、あそこが人間社会と夜狼人達の住処の境界線、通称『獣神の聖域森林』です」
その外の様子を指して、エブゼーンも口を開く。
先の任務で侵入したボルズブ山の樹海が獲物を歓迎する邪悪な気配空間だとすると、ここは侵入者を拒絶するかの如く、クレイには針を刺すような空気がひしひしと感じられた……




