十話 親子の想い
エブゼーンとの試合が終わり互いに一礼をした後、ブレイバスとリールがクレイの下に駆け寄ってきた。
「おいおいさっきのアレは何だったんだよクレイ!」
「なんか、びよーんと魔法が出たと思ったらブチッと千切れたねっ」
「うるさいな! 慣れない事して失敗しただけだよ!」
二人の言葉にクレイはやや声を張り上げ言い訳する。そこでエブゼーンが割って入ってきた。
「ふむ、先ほどの魔法、【結界曲鞭】といいましたか。今回は不発に終わりましたが、アレが完成された魔法であったならば今回の試合、結果は変わっていたやも知れませんね」
勝利した側のエブゼーンからフォローが入り、三人は言い合いを止めた。
「強度のある物質を生み出す魔法とばかり思っておりましたが、予想以上に応用力の高そうな良い魔法です。これからの成長、期待しておりますよ」
エブゼーンはニコッと笑い、そう言うと話題を変えた。
「お二人のお力、しかと見させていただきました。ブレイバス殿は文句なし、クレイ殿も王国最強の私の剣撃をあそこまで捌けるのであれば実力としては問題ないですね。さて」
そこまで言うとエブゼーンはリールの方へ顔を向けた。その首が方向転換するだけで枯れ木のような頭が大きく動く。
「実は今回の任務、リール殿にも同行をお願いしたいのですがどうでしょうか?」
「え? 私?」
言われてリールはきょとんとした顔を見せた。夜狼人の説得は『地烈悪魔と接触した者が必要』、それにはクレイとブレイバスがいれば事足りる事であるため、リールとしては自分に声がかけられることは完全に予想外だったのだ。
「ええ、聞いたところによると貴女の力も地烈悪魔討伐に無くてはならないものだったと聞きます。先ほど言った通り、夜狼人は臭いに敏感。貴女と共に来ていただければ説得力もより増すというもの。今回の任務は、亜人説得初の試み、国としても絶対に失敗するわけにはいきません」
「う~ん、私としてはいいけど……」
リールはそこで言葉を詰まらせた。つい昨日、無断で王国に行った事で、父ゼイゲアスにコッテリ絞られた所なのだ。更なる身勝手な行動は出来ない。
「いいんじゃねーか、今回は国からの依頼なんだからよ。正当な理由があれば先生も無下にはしないだろ」
そこにブレイバスがフォローを入れ、そこにクレイが続く。
「まあ何にしてもゼイゲアス先生に話をしてからだね。エブゼーン将軍」
呼びかけられたエブゼーンはまたもニコッと笑うとクレイの意図を読み取り口を開いた。
「ええ、わかっております。出発は明日の朝の予定。それまで我々は森の外でお返事をお待ちしております」
◇◇◇◇◇
試合が終わった日の夕暮れ、昨日仕留めた巨大森林亜竜蜥蜴を担いだゼイゲアスとそれに付き添うクーニャが帰ってきた。
クレイ達三人はその森林亜竜蜥蜴の解体、保存を手伝い孤児院に入り一服着くと、同じく手伝いをしていたクーニャ、そしていつの間にか戻ってきていたジアンと共にこれからの話をゼイゲアスにしていた。
「────で、つまりはまた明日すぐ出てくってわけか。それも今度は野蛮亜人共の楽園に」
どっしりと胡坐をかいて座ったゼイゲアスがため息交じりに呟くように話す。
「クレイ達、もう行っちゃう?」
クーニャも少し悲しげにクレイとブレイバス、リールの方へそれぞれ目を向ける。
「ええ、予定より少し早いですが、そうなります」
「まあまた一段落したら顔出しますわ」
クレイとブレイバスがそれぞれ話をした所で今度はリールが口を開いた。
「それでお父さん、さっきも言った事なんだけど……」
その言葉にゼイゲアスはリールの方へ目をやった。先日の殺し屋のような怒気を纏った目ではなくどこか諦めを感じるそんな目線。
「リール、お前はそれに行きてえのか?」
『国からの要請』の理屈ではなく『リールの意思』を確認するその言葉。リールは父のその問いかけに真っ直ぐ答えた。
「うん、クレイとブレイバスも一緒なら、私は行きたい。一緒にまた知らない世界を見てきたい」
「遊びに行くんじゃねえんだぞ……」
ゼイゲアスはそう言うとうつむき、やや長めのため息を吐く。
「でも先生、言ってる事に、筋は通っているよね」
そこにジアンがあどけない目をしながらもリールにフォローを入れる。
しばしの沈黙。それが終わるとゼイゲアスは再び口を開いた。
「ああ、そうだなジアン」
そして視線をリールの方へ向ける。
「行って来い、無理はするなよ」
ゼイゲアスは筋さえ通っていれば、基本的には本人の意思を尊重する。
前回は『リールが身勝手に着いて行こうとし、それを止めた際、反論がないまま無断で行ってしまった』事に怒っていたため、今回のように『正当な理由があり、本人の意思もしっかりしている』場合はソレを無理に止めるのはゼイゲアス自身の方針に反する事になるのだ。一人娘を危険に晒したくない親心とも葛藤しながらも、ゼイゲアスはリールの出陣を認めた。
その一言にリールは目を輝かせる。
「うんっ、わかったっ! お父さんありがとうっ!」
無邪気な娘の笑顔を見て、ゼイゲアスは苦笑した。そしてクレイとブレイバスの方へ目を向ける。
「クレイ、ブレイバス、すまねえがもう少しだけリールを見てやってくれ。……夜狼人は言葉も通じるし仁義もあるはずだが、それでもなにかあった時は……頼むぜ」
リール自身に戦闘能力は無い。仮に敵意のある者に、単独で襲われた場合はなすすべもないだろう。これから向かう場所は人の手が殆ど及んでいない未開の地。何があるかは分かったものではない。『頼むぜ』とはつまり『守ってやってくれ』という意味だった。
「ええ、お任せください」
「なんだかんだ前回は互いに世話になりましたからね、今回もボチボチいけるでしょ」
二人の返事にゼイゲアスはフッと笑い、勢いよく立ちあがった。
「そんじゃあ送り出しだ! おめえらが獲ってきたやたらデケぇ森林亜竜蜥蜴、今夜はアイツのまだ食わせたことねえ味を教えてやる!」
その言葉にその場の全員が諸手をあげて歓喜した。
◇◇◇◇◇
翌朝、孤児院総出でクレイ達三人を見送った後、ゼイゲアスは一息をつき、昼飯の準備をしていた。
そこで視界の端に赤毛のツインテールが動く様子を捉えた。別の部屋にいたクーニャが台所に入ってきたのだ。そしてその顔は悲壮な表情を浮かべている。
「ゼイゲアス先生、ジアンが苦しそう」
その言葉を聞き、すぐにクーニャが来た部屋に向かうと、そこには瞳を光らせたジアンが青い顔をしてうずくまっているのに気がついた。
「おいジアン、どうした? 具合悪いのか?」
ゼイゲアスの問いかけに、ジアンは顔はそちらに向けずに答える。
「先生……なんだか嫌な予感がする……クレイ達に、きっと何か悪い事がある……!」
「おいジアン、いったい何が見えるっていうんだ?」
ジアンの瞳が光っている時は、ジアンの魔法【心診真理眼】が発動している時だ。そうゼイゲアスは考えた。そしてその魔法はあくまで『今現在起こっている出来事』を映し出すものであり『予知の類』の物ではない。
「わからない……でも、あ、僕……なにかおかしい……」
ゼイゲアスは考察した。ジアンに今起きている現象は『魔法の成長』による副作用。急激な成長にジアンの心が一時的に着いてきてないものだ、と。そして、元々『なにかを調べる事』が出来るジアンの魔法、新たな力が『予知の類』であっても不思議ではない。
「ジアン、とりあえず布団で身体を横にしろ。温かいものを持っていく。それから今お前が感じている事を、ゆっくり教えてくれ」




