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六話 王国からの使者

 クレイが孤児院まで戻ると、その玄関付近にブレイバスとリールが雑談をしていた。


「おはよう二人とも。リール、もう無事か?」


 その二人にクレイの方から話しかけた。『無事か』というのは昨日長時間にわたり宙づりにされた事に対して、である。

 身体への後遺症はゼイゲアスの【絶対的安静(キュアプリズン)】により殆ど残ってはいないが、常人であれば心に残る傷は大きいだろう。しかしリールにとって、いや、ここの孤児達にとってはこの様な事は慣れたものである。


「クレイっ、おはよっ! さっき意識戻ったところっ! 正直まだクラクラする」


 挨拶は元気よく、その後の現状を伝える際はわざとらしくげっそりしてみせリールは返事をした。

 それに続くようにブレイバスも口を開く。


「訓練後か? 誘ってくれりゃ良かったのによ」


 汗だくで長剣を持ったクレイを見ての発言だろう。それに対してクレイは軽く笑って答える。


「ちょっと考え事もしたくてさ、一人がよかったんだ。その途中ジアンが来たから結局話し込んだりもしていたけど……って、アレ?」


 そこで後ろに振り返ると、いるはずのジアンの姿が無い事に気がつく。


「おっかしいな、確かにジアンと一緒にここに向かってきたんだけど……」


 指で頬を掻きながらクレイは辺りを見渡した。そんな様子をみて、ブレイバスはやれやれといったように肩をすくめ、リールはニシシッと笑いながら口を開いた。


「アイツの事だ、どうせまたどっかに隠れながら俺達を観察しているんだろ」


「クレイから逃れるなんて、ジアンも腕を上げたみたいだねっ」


 その二人を見て、クレイもまた軽く笑って見せ、そこで話題を変えた。


「それでさ、ジアンの話だともうすぐここに豪華な馬車が来るらしいんだけど」


「馬車だぁ? 王国のか? 話と違わねぇか?」


「確か二人とも、もう少しお休み貰えるはずだったよね?」


「ああ、その筈だね。でも、豪華な馬車がこんなところまで来るなんて、王国から僕らに用事があるとしか思えないし……ゼイゲアス先生は?」


 ここで三人で考えていてもわからないものはわからない。そのため、今出来る事は『こちらに来ているらしい馬車を待つこと』『孤児院の他の人物にそれを知らせる事』」に限られる。

 クレイは、差し当たって孤児院の第一責任者であり、唯一の大人のゼイゲアスの居場所を二人に尋ねた。


「昨日デケー森林亜竜蜥蜴(フォレストリザード)仕留めただろ? それを先生に言ったら運んでくれるってよ。俺も行くって言ったんだが『せっかく戻って来たんだ、ゆっくりしてけ』ってよ」


「クーニャもお父さんに着いて行ったみたいだねっ、運ぶのは流石にお父さんだけでやるだろうけど」


 早い話が『ここにはいない』という事である。ジアンが言うには馬車はもうそろそろここに着く。


(つまりゼイゲアス先生抜きで応対をしなければならないか)


 クレイは少しだけため息を吐くと、口を開いた。


「なんにしても僕らに用事だろう。来るのを待って何の用か聞いてみようか」


「うんっ、そうだねっ。ブレイバスっ! ジアンの【心診真理眼(リサーチアイズ)】の事、王都の人に言っちゃダメだよ!」


「わーってるよ、オメーじゃあるまいし。国にとってのアイツの魔法の重要度はな」


 使い方次第では、本来わかりえない事がわかるジアンの魔法【心診真理眼(リサーチアイズ)

 情報のやり取りが何よりも重要になる事が多い政治問題では、その魔法(ちから)は非常に重宝する、もしくは悪用されるほどの物だろう。


 現在、ジアンの力ではマークできる物は一つだけ。持続時間も短く、体力の消耗も中々大きい。生物を対象とした時の心理状態の読み取りも、詳細はわからない事が多く、ジアンの体調や相手との波長によって読み取れる量や深さも変わる不安定な魔法。

 ただし、ジアンがこの魔法を身につけてから、効力は成長して行っている。将来性も考えると、やはり大国としては喉から手が出るほど欲しいはずである。その存在がラムフェス王国に知れれば、立ち回りを間違えなければ良い待遇を与えられるだろう。


 しかし、ジアンはそれを望まない。まだ幼いという理由もあるが、孤児院の仲間たちと共に静かに楽しく日々を過ごすことが本人の考えなのだ。

 大陸全体でも身につけている者は一割もいないといわれる【魔法】 この孤児院では多くの者が各々の魔法を身につけているが、園長ゼイゲアスの方針で、将来に関して、魔法の使い道に関しては、基本的には本人の意思が尊重され、そしてクレイを始めとする孤児院の者達もその意見に賛同している。

 つまりジアンが王国に行くことを望まない以上他の者もその存在は隠すべきである、というのが孤児院の人物皆の総意なのだ。


「うん、わかっているなら良し。なにを言われるかはわからないけど、とりあえず僕が中心になって話を聞くから、二人は余計な事はしないで、面倒くさそうな事だったら基本的には黙っててね」


 ゼイゲアスがいない以上、外部とのやり取りはクレイが一番長けている。と、いうよりリールとブレイバスはかしこまった応対は常人より不慣れである。


「おう、それもわかっているぜ! 任せたぞクレイッ!」


「意義なしっ! 任せたよクレイっ!」


 クレイは勿論、本人たちもそれはよく理解していた。

 全く同時に親指を立て同意してくるリールとブレイバスに、クレイはどこか清々しささえ感じた。


◇◇◇◇◇


 ジアンが言った通りの時間に、そしてクレイの予想通りの馬車が、つまりはラムフェス王国の紋章が入った馬車が孤児院の入り口付近で止まる。


 そしてその中から数人の兵士と共に、非常に目立つ金銀様々な装飾を施した鎧を纏った男が姿を現した。

 男は、長髪ではあるがその全ての髪は固められており、頭から枝が歪に曲がりくねった枯れ木が生えているような、凡人には理解できない芸術品のような極めて独創的な形をしていた。髪色は黄土色をベースに、茶色や金色のメッシュも入っており、鎧と同じく金銀様々な装飾が施されている。


 クレイはその男を見て、あくまで無表情のまま胸中呟いた。


(なんだあの面白すぎる頭は)


 その後ろに立つブレイバスも無表情を維持したまま内心困惑する。


(クレイには『余計な事はするな』と言われたな。コイツは難易度が高いぞ……!)


 リールは既に顔を下に向け、己との戦いを始めている。


(見たら負け……見たら負け……口が歪むのは、もう抑えられないっ……! 肩を震わせてはいけないっ……!)


 その男はこちらを一瞥すると、わざとらしい笑顔を浮べ、クレイに近づいて来ると、頭を下げ口を開いた。


「ラムフェスを救いし英雄、結界の魔法剣士【悪魔殺し(デーモンスレイヤー)】クレイ・エルファン殿、更には共に戦ったブレイバス・ブレイサー殿、リール・ケトラ殿ですね?」


 突然、大層な異名を口にされ、クレイは更に困惑した。


「え、ええ。ラムフェス王国の方とお見受け致します。辺境までのご訪問、お疲れ様です。何も準備できずにお招きする形になってしまい申し訳ございません」


 そう言うと、男は下げた頭を勢いよく上げると、わざとらしい笑顔を向けクレイに強引に握手をしてきた。


「お会いできて光栄です! 私は【竜聖十将軍】No・9、【奇竜】エブゼーン・キュルウォンド。以後お見知りおきを!」


 男が軽快にそう言い放つとクレイとブレイバスは目を見開いた。

 ────【竜聖十将軍】

 一人一人が一騎当千の実力を誇るといわれるラムフェス王国最高位の将軍に与えられる称号。場合によっては万単位の兵を指揮する事もある権限の塊。

 その遥か高みにいる男が、今こうして自分たちに媚を売るような行動をとっているのだ。


 クレイは先の任務で行動を共にした三人の将軍を頭に思い浮かべる。

【白竜】ヴィルハルト・ラズセール、【黒竜】リガーヴ・ラズセール、【賢竜】ミーネ・エーネル。

 いずれも各々魔法を完全に使いこなし、自分達とは比べ物にならない人知を超えた強さを見せつけた。


 【竜聖十将軍】と出会った事がこれが初めてであったなら、先の彼らと出会ってなかったのであれば、通常考えられない相手の行動に困惑を極めたであろう。

 しかし、ヴィルハルトを始めとする他の十将軍と触れ合ったクレイが思ったことは、それとはかけ離れた事だった。


(うん、みんな案外変な方達ばかりだったしな。この人もそうなのか)


 その想いは決して口には出さず、クレイは相手への会話を続けた。


「エブゼーン・キュルウォンド将軍、ご丁寧にありがとうございます。私どもも偉大な将軍にお会いできたことに喜びを感じます」


 クレイが深々と頭を下げると後ろのブレイバスも同じような動作をする。既に顔を下げているリールは、何故か頭を下げすぎて自分の股から背面を見るようなポーズになっていた。


「して、恐縮ながら、今回はどのようなご用件で来られたかお伺いしてもよろしいでしょうか。私共が解釈しております、次に王都へ赴く際の日時及び待ち合わせ場所とは違うものとなりますが」


「それですが、急を要する重大な任務がございまして」


 クレイの問いにエブゼーンは答える。一度話を区切ると、神妙な顔つきになり続きを口にした。


地烈悪魔(ガイアデーモン)と最後に会話を交わしたというクレイ殿以外には難しい任務故、休暇の中申し訳ございませんが、明朝より我々と共に来ていただきたいのです」


 権威ある将軍にこう言われては、如何に特別待遇を受けているといえど断るわけにはいかない。そもそも『英雄』等と祭られてはいるが、ラムフェス王国にとってクレイ達はたまたま功績を残した『お客様』、あるいは民衆への『宣伝の顔』のようなもの過ぎない。こちらの対応一つで、今後の待遇は大きく変わるだろう。クレイもそこは理解していた。


「わかりました。では、立ち話もお疲れでしょう。どうぞ中へ」


 クレイはひとまず話し合いの舞台を室内に変えた。

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