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五話 鍛練

 翌朝、まだ日が昇らない時間からクレイは長剣を携え、孤児院から少し離れた森の奥、自身の訓練場に赴き素振りをしていた。

 まだ冷え込む時間での上半身裸での鍛錬であったが、既に相当な数の素振りをこなし、体温が相当高くなったクレイにとってはその寒さも感じない。そして汗を流しながら、昨日までの事を振り返っていた。


(悪魔討伐任務……犠牲はありながらも達成は、一応出来た。それにより僕は悪魔に止めを刺した英雄と祭られた)


 目線は鋭く、長剣の一振り一振りに自身の全力を乗せる。


(でも、あんなものは結果として、たまたまおいしい所を取れただけだ。ヴィルハルト将軍達の力が無ければ、僕はきっと今生きちゃいない……!)


 思考すればするほど気合が入り、素振りの音は回数を重ねるごとに鋭くなっていた。


(それだけじゃない、ブレイバスはあの戦いで大きな力を手に入れた! リールも元々持っていた力を更に開花させた!)


 そのやる気は、誰も困らせてはいない筈の自責の念からくるものであった。


(更に昨日、ちょっとデカいだけの森林亜竜蜥蜴(フォレストリザード)程度を相手に負傷した! ゼイゲアス先生には相変わらず歯が立たなかった! 僕だけが、何も成長できていない……!)


 そこまで考えた所で、長剣が汗による滑りと合わり、勢い余って手からすっぽぬけた。

 勢いよく手から発射された剣はそのまま直線上にある木に突き刺さる。


「あ……っと……」


 自分でした事ではあるが、予想外の事にクレイの口からはやや間の抜けた声が漏れる。


(何をやっているんだ僕は……戦場で剣を離したりしたらどうなる……! 握力を失ったわけでもないのに……)


 クレイはすぐに刺さった木の方まで歩き、剣を引き抜いた。


(考え事をしながらだったから、へんな所で気が回らなくなったかな……疲れも焦りも大敵だな。冷静さこそが僕の武器だろう……)


 そこまで考え一息つくと、また違う木の上から声が聞こえた。


「わー、クレイすごーい!」


 クレイは声が聞こえる方向へ目を向けると、そこにいたのは大木の枝に腰を掛けている、ぴょこんと生えたクリーム色のアホ毛、ジアンがパチパチと拍手をしながらあどけない笑顔をこちらに向けていた。


「ジアン、そんな所に……いつからいたんだ?」


「クレイが素振り始めて少したった位かな? 気がつかなかったって事はよほど集中してたのかな? それとも僕の隠密機動も良くなってきたかな?」


 そう言って笑い掛けるジアンに、クレイも笑い返しながら、内心では別の事を考えていた。


(木に登るジアンに気付かなかった、か。周りが見えなくなるって事は僕らしさが損なわれているな)


 そんなクレイの気持ちにはジアンは気がついていないのだろう、変わらない口調で話を続けてくる。


「クレイ、今ブレイバスと剣だけで戦ったら、どっちが勝つの?」


 無邪気な笑顔での質問。自身が伸び悩んでいる今のクレイにとっては、残酷な問いかけだった。元々戦闘力に関しては、クレイではブレイバスに数歩劣る。それを知略と魔法の使い方でギリギリ五分に戦える、といった所であった。その実力差が、最近更に大きく差をつけられた所なのだ。

 しかし、だからと言って誤魔化すというのも意味のない事だ。クレイはジアンの質問に、正直に答えた。


「ブレイバスが勝つだろうね。まず間違いなく」


 その答えに対し、ジアンはきょとんとした目をしながら口を開く。


「えー? クレイそんなに頑張っているのに?」


「僕も頑張ってはいるけど、ブレイバスも頑張っているからね。後は才能の問題かな」


「才能ならクレイもあるよー? ブレイバスは馬鹿だし」


 ジアンは全く悪気なく言っている訳だが、突然のブレイバスへの中傷にクレイは思わず噴き出した。ジアンも釣られて笑うと更に言葉を続ける。


 「魔法だってブレイバスも強いけどー、クレイも凄いじゃん。それにクレイの柔らかい頭で、皆驚くような色んな使い方してるんでしょー?」


 先ほど『剣だけで戦ったら』と自分で言ったばかりなのだが、それすらももう忘れたのだろうか、ジアンは魔法の話を持ち出した。

 そしてその何気ない一言が、クレイの頭に響く。


「柔らかい、頭……魔法の使い方……」


 クレイはジアンに言われた事を口で復唱した。その時、ジアンが急にあさっての方向を向く。

 クレイはその様子を不思議に思い、ジアンに話かけた。


「ジアン? どうした?」


 あどけないジアンの笑顔が無表情に変わり、その瞳はまぶしい光を放っていた。


「今朝、森の出口の方をマークしたんだけど、今、豪華な馬車が通っている。孤児院の方に来るよ」


 ジアンの魔法、【心診真理眼(リサーチアイズ)】は指定の物を『マーク』する事で、そこに視覚を置くことが出来る。更にマークした物が一定以上の知能を持つものであれば、対象のある程度の心情も把握できる。

 勿論クレイはその事を知っており、ジアンが現在言っている事は事実だと確信した。そのため疑問であった。


「豪華な馬車?」


 クレイの頭に過ぎったのは、先日まで自分たちがいたラムフェス王国からの馬車。しかし、今回クレイは英雄としての権利で、騎士入団儀式行われる数日の間、孤児院に戻り休暇を取る事が許されていたのだ。

 そしてその期間はまだ続いている。この日に王国の馬車が来るのはおかしいし、そもそもここまで来たとき同様、王国に戻る際には森の入り口での待ち合わせる手はずである。


「うん、もう30分もかからず着くんじゃないかな?」


「なんだろうな……わかった、孤児院に戻ろう」


 クレイはそう言うと脱ぎ捨てていた上着を肩に担ぐよう乗せ、木の上から飛び降りたジアンと共に孤児院の方へ歩き出した。

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