四話 孤児院の夕暮れ
クレイとゼイゲアスの戦いがあってから数時間、昼間たっぷりと地上を照らした太陽は、一日の役割を終え空の果てに沈もうとしていた。
クレイとブレイバスは孤児院の一室の窓際に立ち、そのゆっくりと変わりゆく空の様子を眺めていた。
「あー、すっかり傷は治ったはずなんだが、まだみぞおちが痛い気がする。昼間の衝撃が忘れられねぇ」
「君はまだマシだよブレイバス。僕はなまじゼイゲアス先生に挑んだばかりにあの鉄拳を思いっきり食らったよ。その前の投石で死ぬかと思ったし」
「さっき聞いたよ。しかしオメーは自業自得だろクレイ。俺は入り口に近づいただけでぶっ飛ばされたんだぞ」
ゼイゲアスに気絶させられた二人は、今はもうゼイゲアスの回復魔法【絶対的安静】により完治していた。
拘束と治療を同時に行う魔法、それでいてその治療速度もリールのメイン回復魔法【愛の癒し手】の比ではない。
「まー、そうだけどね。おかげさまでいい訓練と教訓にはなったよ」
クレイはそう言うと、沈む夕日とは逆方面、孤児院の庭にある一本の木のほうへ目を向けた。木の枝からなにやら巨大なミノムシのようなものが吊るされている。その先端には、逆さまになった緑髪が風で揺れていた。
ロープでぐるぐる巻きにされ、宙吊りにされたリールである。
「リール、力尽きたみたいだね」
「さっきまで頭に血が登らんように頑張って腹筋起こしてたのにな。先生、三時間放置の刑っつってたか? ヤベーんじゃねーの? アレ」
「本気でヤバかったらゼイゲアス先生がタイミング見極めて降ろすでしょ。多分」
ゼイゲアスの怒りを買うこととなった原因の主犯であるリールは、【絶対的安静】から解放された後、今度は別の刑罰を受けていたのだ。ちなみにクレイとブレイバスは昼間ぶっ飛ばされ、ミッチリ説教されるだけで許された。
「いよぉ、元気かお前ら」
そこに二人を気絶させ、治療した本人ゼイゲアスが入ってきた。
「うっす」
「はい、おかげさまで」
それぞれ返事をする二人。それを確認すると、ゼイゲアスはニヤリと笑い、入ってきた部屋の入り口の方へ顔を向けた。
「んじゃあ、改めて聞かせて貰おうか。見事騎士様になれた武勇伝ってやつを。コイツらも聞きてぇってよ!」
ゼイゲアスがそう言うと、クレイ達からは見えない廊下の方へ親指を向ける。するとそちらから二人の小さな子供が入ってくた。
一人はサラサラなおおよそ整った髪型をしているが、どうしても整わないのであろうハネている部分がある、いわゆるアホ毛持ちのクリーム色の髪をした少年。茶色の瞳にはあどけなさが残り、年齢差もあってか身長はクレイ達三人より一番低いリールより更に拳一つ分は低い。
「ジアン、いたのか」
「うん、クレイ達の罰が終わるの待ってたよ。物陰で」
もう一人は、髪の毛を二つ束ねた、いわゆるツインテールで燃えるような色の赤髪をした6-7才程度の少女。髪と同じく赤いややジト目で、クレイ達を見つめている。派手な瞳の色に加えその目つきが怒っているようにも見えるが、元々こういう眼つきであることは当然全員知っていた。
「クーニャ、おめーさっきまで寝ていなかったか?」
「お昼寝終わった。クーニャもブレイバスたちと遊ぶ」
孤児院において最年少の少女クーニャと、その次に幼い少年ジアン。この二人もまた、クレイ達とは仲が良く、リールほどではないがよく行動を共にしていた。
「クレイ! ブレイバス! 突っ立ってねえでこっち座りな!」
ゼイゲアスはご機嫌そうに近くのテーブルに向かった椅子を引き、クレイ達に着席を促す。
断る理由もない二人は言われるままに椅子に向かった。座る二人にジアンとクーニャがそれぞれもてなしをする。
「はい、クレイ、ブレイバス、お茶いれるね」
「お菓子もある。ゼイゲアス先生が町で買ってきてくれた甘いやつ」
クレイとブレイバスの前に置かれるコップと焼菓子。どちらも何の変哲の無い物ではあるが、幼い二人からのその気遣いがクレイとブレイバスの表情を緩ませる。
「ああ、二人ともありがとう」
「へぇ、コイツは旨そうだな!」
クレイは礼を言い、ブレイバスは二人の頭をポンポンと叩いた。そしてゼイゲアスを含めた三人も椅子に座る。
「じゃあそうだね、どこから話そうか」
こちらを輝いた目で見つめてくる幼い二人に対し、クレイが切り出した。
孤児院を出た後の出来事から、王都までの道、騎士団試験にその後の現役騎士との試合、更には悪魔討伐任務の事を順を追って話す。
「────で、切り裂いた大蛇の口からボッロボロのブレイバスが出て来たんだ」
「うるせぇよクレイ、お前もアレに食われてみろ、俺でなきゃ死んでただろうぜ」
途中、ブレイバスが重傷を負った時の話をする。そこにジアンとクーニャが笑いながら口を挟んできた。
「ははは! それで、ブレイバスはどうやってその後復活したの?」
「そこにはゼイゲアス先生もいない、でもブレイバス、生きてる」
二人の疑問にブレイバスはやや渋い顔をしながら答えた。
「ああ、リールがすげー魔法隠してやがってな。アイツにとっても賭けみたいなモンだったらしいが、それで回復したぜ」
それを聞いて今度はゼイゲアスが口を開く。
「ほお、馬鹿デケェ紅蓮猛毒蛇の胃酸と高熱ガスをモロに喰らってそこから治療させたか、やるじゃねえかリールのヤツ」
思いがけない所で我が娘の活躍を聞き、顎に手を当てゼイゲアスも嬉しそうに顔をゆがませる。
そんなゼイゲアスに向かってジアンが嬉しそうに話しかけた。
「じゃあさ、先生! リールも活躍してるんだから、もう降ろしてあげたら?」
「それとコレとは話は別だぞ! お前は女には甘いなジアン……って、おい、まさか」
そこでゼイゲアスはジアンの瞳の色が薄く輝いている事に気付いた。
それに対してジアンは笑顔で答える。
「うん、僕の【心診真理眼】でリールをマークしてたんだけど、もうとっくに意識もないし血の気も引いてる。そろそろ死んじゃうよ? 早く降ろしてあげよ?」
リールを吊るしたままずいぶん長い間話し込んでいた事に、そこで気がついた。
「気づいていたならもう少し早く言ってくれても良かったんだぜジアン」
ゼイゲアスは渋い顔をしそう言い捨てると、やや駆け足でリールのいる庭に向かった。




