三話 VSゼイゲアス・ケトラ
目の前に立ちはだかるは育ての親であり、そして戦闘の師でもあるゼイゲアス。
身長は拳三つ分以上違い、体重差に至っては倍ほどあるだろう。クレイは自身と相手の戦闘力の差を冷静に見極め、
「【結界光刃】!」
接近戦には挑まず遠巻きに攻撃する事にした。
右手に持った長剣の背に左手を添え、刀身から鋭利な魔法の板をゼイゲアスに放つ。
「ふんッ!」
しかしゼイゲアスは正面からはほぼ不可視かつ高速で迫るその魔法の刃を、側面から拳をぶつけ粉々に砕いた。
クレイの攻撃を合図に、ゼイゲアスはゆっくりとした歩みから勢いをつけたダッシュに切り替える。
クレイはそれを見て自身は斜め後方へ下がり、再び叫んだ。
「【結界光刃】!」
後退しながら再びゼイゲアスに擬似衝撃波を放つ。
「はァッ!」
しかし先程同様に側面から砕かれ、攻撃どころか足止めにもならない。
クレイはある程度後退したところで、後退の勢いのまま上へ跳躍した。
跳躍し自由落下を開始する寸前、つまり空中での抵抗が無くなる瞬間にクレイは更に叫んだ。
「【結界飛翔】!」
呪文と共にクレイの足裏に【結界光刃】と同質の魔法板が生み出される。【結界光刃】と違うのは、それが相手に発射されるのではなく、生み出されたその場で静止する。空中で静止した魔法板を踏み砕く反動で、クレイは更に飛び上がり通常の跳躍ではたどり着けない木の枝の上に乗った。
その上からもう一度長剣の逆刃に左手を添え、叫ぶ。
「【結界光刃】!」
上方から放たれるソレも、やはりゼイゲアスは同じように拳で砕く。
(遠巻きに攻撃してみたけど、やっぱりゼイゲアス先生には効かないか。さて、どうするかな)
相手の間合いの外であるがゆえ、焦らずに次の作戦を考えるクレイ。
そこで相手が声を上げた。
「おいおいクレイ。お前がやりたいのは鬼ごっこだったのか?」
ゼイゲアスの挑発。攻撃しようのないこちらに対し、舌戦に持ち込み地上に下ろそうとしている。
と、クレイは判断した。が、
「鬼はこんな事も出来るんだぜ?」
ゼイゲアスはそう言うと足下の小石を拾い上げ、
「おらよッ!」
こちらに向かって思いっきり投擲した!
「ッ!」
凄まじい速度で放たれる投石を、間一髪身をよじり回避するクレイ。回避した背後の場所、自分が乗っている大木の幹に拳大の穴が空く。
「まだまだ行くぜッ!」
ゼイゲアスは更に数個の石を拾い上げ、クレイに向かって次々に投げつける。
クレイはすかさず枝から飛び降りた。
クレイが飛び去った木は複数の弾丸を貰うと、衝撃に耐えきれずそこを始点に音を立てて倒れだす。
(なんて威力だ! 遠距離戦でも不利か!)
クレイはその様子を空中から横目で見ながら地上に向かう。しかし、その落下地点には既に別の投石が迫っていた。
このタイミングは回避出来ないし、防御魔法【結界障壁】を素直に張っても防ぎ切れないだろう。
「【結界障壁】ッ!」
そこでクレイは、【結界障壁】を投石から見て斜辺になるように展開。
弾丸の威力の前に予想通り魔法障壁は砕けるが、ギリギリ投石の起動をそらすことに成功する。
「おぅ、鬼ごっこはおしまいか?」
ゼイゲアスが不気味に笑う。それに対し、クレイもまた苦笑した。そして、覚悟を決める。戦闘開始直後は避けようと決めていた接近戦に挑むことを。
着地の為にしゃがんでいた姿勢をすぐに起こし、ゼイゲアスに長剣を構え駆け出した。それに対してゼイゲアスは拳を構え迎撃の姿勢を取る。
通常、長剣に対して手甲も何もない、素手の拳で対抗するなど正気の沙汰ではない。
しかしゼイゲアスは、そしてクレイもまたそれが間違った考えではない事をわかっていた。
互いが互いの間合いに入るギリギリの距離で、クレイは右足で地面を蹴り左に跳んだ。
初見の相手には変則的にも映るであろうその動きも、互いを知っているゼイゲアスは冷静に身体をクレイの方へ向ける。
「【結界飛翔】!」
クレイは再び魔法板を靴裏に生み出し、その結界を踏み砕きつつ今度はゼイゲアスの頭上へ跳んだ。
一対一においてクレイが好む相手の不意をつく動き。やはりそれもゼイゲアスの想定内。視線はそのままクレイを追う。
そこでクレイは長剣をやや大ぶりに振る。すると日の光が長剣を反射し、ゼイゲアスの目に入った。
「むっ」
一瞬、ゼイゲアスが反射的に目を瞑る。その瞬間を逃さずクレイは再び叫んだ。
「【結界光刃】!」
またも刀身から魔法で創られた擬似衝撃波がゼイゲアスに放たれる。狙いは相手の顔面。
『闘いにおいて、やる時は躊躇わず、思いっきり殺れ』
これが戦闘においてクレイが師から、つまりは今相手にしているゼイゲアス本人から最初に教わった心構えだった。
視覚を奪われたゼイゲアスだったが、それ以外の五感、そして勘と経験で【結界光刃】が自身を襲うタイミングを見切り、魔法板の側面から拳をぶつけ粉々に砕く。
そこで再び目を開く。が、そこには既にクレイはいなかった。
(クレイが消えた? ならば!)
その時、クレイは既にゼイゲアスの背後に周っていた。視界から相手が突如消えたことも含め、絶対に反応が間に合わない最大のチャンス。
クレイは躊躇わず長剣を振るい、剣閃は見事ゼイゲアスの脇腹に命中した。
────が、命中し、相手を戦闘不能にするはずの剣は、ゼイゲアスの皮膚を僅かには切ったものの、分厚い筋肉に阻まれ、そこでピタリと止まる。
ゼイゲアスがした事は、ただ力を込めただけ。それだけで、どこから剣撃をきても防げる程の筋肉を全身に張り巡らせたのだ。
「【絶対的安静】ッ!」
更にゼイゲアスが叫ぶと、今つけたばかりの脇腹の傷口が刀身ごと突如現れた緑色の筒に包まれる。
クレイは慌てて剣を引こうとするが【絶対的安静】に巻き込まれた剣は地中深く張る木の根のように全く動かない。
ゼイゲアスはそのままあろうことか長剣の刀身を素手で掴む。そして魔法を解除すると同時に、掴んだ剣を強引に引っ張った。
「うわっ!?」
クレイは圧倒的パワーに逆らえず握りしめた剣ごと持ち上げられ、ゼイゲアスの眼前に引っ張り出された。
「よぉ、終わりか?」
強制的に合わせる事となったゼイゲアスの凶顔が、笑みを浮かべながらクレイに問いかける。
クレイは一本釣りされた状態で足を曲げ、足の裏をゼイゲアスの方へ向け、叫んだ。
「【結界飛翔】!」
再び先程と同様の魔法板を靴裏に生み出し、それを蹴り壊す反動で、クレイの身体は手に持った剣の柄を軸にゼイゲアスとは逆方向に回転する。
そのまま一回転し、強烈な踵落としがゼイゲアスの脳天に炸裂した!
が、
「ほう、ますますおもしれぇ動きをするようになったじゃねぇか」
これもゼイゲアスには全く通用していなかった。
ゼイゲアスは食らった足を掴み、クレイを宙吊り状態にする。
ついでに力任せに長剣をもぎ取り適当に投げ捨てると、今度は息のかかる距離でクレイに話しかけた。
「で、終わりか?」
「終わりです」
クレイは真顔で即答した。自らの持てる全てを出しつくし、その全てが通用しなかったのだ。
クレイの答えにゼイゲアスはニヤリと笑い、口を開いた。
「そうかよ、中々のモンだったぜ」
それがクレイの意識が途絶える前に、最後に聞いた言葉となった。
一瞬後に繰り出される容赦ない剛腕の一撃により、クレイの身体はかつてないほど高く、遠く、鮮やかに宙を舞った。




