二話 帰宅
三人は道とは言い難い獣道を進む。しかしそれは毎日歩きなれた、あるいは跳んで走って笑い合いなれた地元の道。もう少し舗装された道は別にはあるけれど、クレイ達三人にとってはこちらの方が近道だった。
木と岩でできた自然のトンネルを抜け、くの字に曲がったの形の木を見つけたら、曲がった幹と同じ方角へ数分歩く。日が差し込む森を抜け、開いた空間に入った。
「ようやく戻って来たね」
クレイがそう言って目を向けた先には、出た時と変わらない小さな孤児院が目に入った。
「あー、緊張するなー。お父さん怒ってるかなー」
リールがそう言った事で、そこで三人はこれから会う予定である師、もしくは父のゼイゲアスに怒られた時の記憶を掘り起こした。
クレイが思い返したのは、幼いころ仲間が花瓶を割ってしまった時、それに同情したクレイが共に隠蔽しようとし結局ばれてしまった時の事。
(あの時は、『同罪だ』と思いっきり拳骨を喰らって拳大の大きさのタンコブが出来たっけ。その後延々と正義と悪についての説教を一時間はされたな)
ブレイバスの頭に蘇ったのは、紅蓮猛毒蛇の肉を勝手に食べ、その蛇の毒により一週間生死を彷徨った後に何とか回復した時の事。
(あん時ゃあ、先生の魔法で復活したと思ったら、罵声と共に数メートル殴り飛ばされてまた魔法漬けにされたな。それが回復したら更にそれをもう一サイクル)
リールの記憶に新しいのは、自身の悪戯で幼い仲間を泣かせた時。
(お父さんの馬鹿力でビンタ六往復貰って首もげるかと思ったっけ。耳鳴りと平衡感覚乱れたのが丸一日は残ったなぁ)
各々が思い返し、しばしの静寂が辺りを包む。そして三人が全く同タイミングで大きな溜め息をつくと、順々に口を開いた。
「ま、ある程度覚悟は必要だな」
「仕方ないね。でも、僕らの功績と合わせて報告すれば多少は抑え目になる、かな?」
「まー、怒られる原因は私だからねー。二人は大丈夫じゃない? とりあえず私はお腹括るよ」
そう、今回『ゼイゲアスに怒られる要因』というのは、『リールがゼイゲアスを謀り、二人の騎士団試験に無断で着いて行った事』にあるのだ。それを理解しているリールは若干やるせなさも見せながら、しっかり二人に伝えた。
「そうは言っても、今回リールがいなかったら僕ら多分生きていなかっただろうしね」
「予定通り一緒に怒られてやるよ。貸し一個な。ま、入ってみようぜ」
リールの不安にブレイバスは気楽にふるまって見せた。そのまま扉まで進んでいき、ドアノブに手を掛けようとする。
「ただいま戻りましたー、先生いマ"ッ!」
ブレイバスがドアノブを取るより先に扉が勢いよく開き、その扉から出てきた何かにブレイバスは後方十メートル以上ふっ飛ばされ、岩に激突した。
その際、背中に背負っていた森林亜竜蜥蜴が岩とのクッションになり大きな打撲は免れたようだ。が、血抜きもしていなかったため、大蜥蜴の口から噴き出された血や液がブレイバスの顔面に降り注ぎ、更にうなだれた森林亜竜蜥蜴の口がブレイバスの顔面に被さった。背負った蜥蜴に喰われる男の図の完成である。
クレイはブレイバスを吹っ飛ばした何かの方に意識を向けると、入口から生えてるようにも見える、丸太のようにデカい足が目に入った。そのままゆっくりと姿を現せたのは、筋肉隆々の緑髪でボサボサ頭の大男、クレイとブレイバスの育ての親にしてリールの実父、ゼイゲアス・ケトラが殺し屋のような目付きをして立っていた。
「……いよぉ、久しぶりだなお前ら」
ゼイゲアスはそう言うと、そのまま倒れたブレイバスの方に歩いて行く。
「ブレイバスっ!」
その様子を見て慌てたリールがブレイバスの方へ駆け寄る。手を伸ばし両手を目いっぱい広げ、ゼイゲアスの前に立ちはだかった。
「待ってお父さん! 悪いのは私なのっ!」
完全にブレイバスを守る姿勢を取りながら、悲壮な顔をして父に訴えかける。にじみ出る涙が日の光で反射し、その様子は傷ついた主人公或いは子供あたりを悪党から守ろうとする、ヒロインのソレそのものだった。
「たりめぇだあああああああぁぁぁッ!!」
ゼイゲアスはその娘の頬に常人の倍はあろう手のひらで思いっきりビンタをかました。手を広げたままのリールの身体が首を軸に竹蜻蛉のようにその場で回転し、それが終わると同時に目を回しながら倒れた。
並ぶように倒れたブレイバスとリールの方に手をかざし、ゼイゲアスは叫んだ。
「【絶対的安静】ッ!」
するとブレイバスとリールの身体がそれぞれ個別に、突如現れた緑の筒に包まれる。その中で二人は、時が止まったように静止した。
そのままゼイゲアスは残り唯一立っているクレイの方へ目を向けた。遠巻きに見ていたクレイはビクッと身体を震わせ頬に一筋の汗を垂らす。
「さて、お前はどう出る? クレイ。お利口さんの論理で俺を説き伏せてみせるか?」
怒りの形相に笑みを浮かべ、ゼイゲアスはゆっくりとクレイの方へ歩を進めた。
クレイはゼイゲアスの気持ちを考察した。相手のこの怒り様、明らかに自分に対しても向けられている。おそらく『リールが無断で自分たちに同行し、それをそのまま許可した事』に対してだろう。つまり、仮にリール一人に責任を押し付けたとしてもそれは火に油。なにか言い訳をしてもこうなったゼイゲアスが止まらない事は知っている。そのまま謝っても自分は殴り飛ばされるだろうし、リールが倒れた今、約束した『一緒に謝る』と言う事も出来ない。
(せめて一緒に【絶対的安静】に包まれることが先に倒れた二人への誠意になるかも知れない、けど────)
まだゼイゲアスの拳の間合いの外にいる今、クレイはそこでまずは頭を深々と下げた。
「申し訳ございませんでしたゼイゲアス先生!」
しっかりと90度頭を下げる。が、尚もゼイゲアスの前進は止まらない。
すぐに頭を上げ、クレイは続けた。
「しかし、幾多の試練を乗り越え、無事僕達は騎士となる資格を手にし戻って来ました! そしてこれはリールの力が無ければ達成不可能だったことです!」
それでもゼイゲアスの表情を変えず歩みを続ける。当たり前の事だろう。クレイの言っている事は結果論であり、ゼイゲアスが怒っている事とは無関係なのだ。
しかし、ここまではクレイも予想通りである。
「そこで!」
この一言でゼイゲアスは足を止めた。いや、正確にはそこで行ったクレイの動作で、である。
────クレイは、発声と同時に抜剣したのだ。
「騎士としての力を手に入れた僕の力、是非先生に測っていただきたく思います」
自分が叱られる側にいるにも関わらず、話題をすり替えて殺傷力のある長剣を素手の相手に向ける。客観的に見れば無茶苦茶な行動である。それに対してゼイゲアスは邪悪な笑みを一層強くした。
「……面白れぇ事言うようになったじゃねえか良い子ちゃん」
クレイの思惑は三つあった。一つは、自分の真剣ごときでは目の前の師は倒せない事。つまり、仮にクレイが殺す気でゼイゲアスに挑んだとしても、師匠殺しといった咎を背負うこと等有り得ない、と言う考えだ。二つ目は────
(ただ黙って殴り飛ばされるなんてゴメンだ。でも戦いの中で上手い事受ければ、無防備に受けるよりは被害は少ないかも知れない)
至極自分勝手な理由ではあったが、それがこの場のゼイゲアスに対しては最善だった。普段典型的な『良い子』であるクレイ。それであるが故に訓練以外での他人との争いは好まず、必要であってもなるべく口論で済ます。
そんなクレイが、自身より強大な相手に対し、自ら力に訴える手段をとってきたのだ。それがゼイゲアスにはクレイの成長に写った。
ゼイゲアスはその場で丸太のような腕に力を込めると、更に腕が膨れ上がる。
「上等だ、かかって来な……」
そしてクレイは思惑の三つ目を心の中で呟く。
(せっかくだ。殴られ損になるくらいなら、今の僕の実力がゼイゲアス先生にどこまで通用するか、試してみよう)




