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三十四話 全ての後で

 日が沈み始め空が茜色に染まる頃、ブレイバスはある男を探し城下町を走っていた。兵士たちの情報を元に、ボルズブ山脈方面への城門へと足を急がせる。

 そこに目的の男は立っていた。黒い髪に暗い雰囲気、身に着ける深緑の鎧までもが何故か黒く見えるその男。しかし一度戦闘に入れば無類の強さを発揮し、的確な判断力と汎用性の高い魔法で臨機応変さも兼ね備える最強の男。


「リガーヴ将軍!」


 ブレイバスが話しかけると相手もこちらに目線を向けた。


「……ブレイバス、か」


「やはり、将軍自ら行かれるのですか? それでしたら俺たちも」


「……身内の俺達は当然の仕事をこなしただけだ。対して元々部外者のお前たちは英雄だ。全滅の危機を脱する働きをした点、地烈悪魔(ガイアデーモン)を仕留めた点を考えれば尚更な。雑用まですることはない」


「しかし……!」


「……兄者は今動けんからな、次いで権限のある俺の手で行った方がいい。アイツらの弔いを」


 そう、リガーヴが行おうとしていたことは今回の任務で戦死した兵士たちの埋葬だった。それを行う隊も結成されている。本来、最高位の将軍であるリガーヴが行う必要は全くない。


「既に火葬はされているがな、それでも、墓標はあった方がいい」


 皮肉めいた言い方をしながらも自分の手で頑なに行おうとするのも、兵士達との間に信頼関係があっての事だろう。


「……カイルが最期の魔法を、お前に託したそうだな。それにより地烈悪魔(ガイアデーモン)と互角に闘えた」


「はい」


「ならば、俺たちの部下は全滅ではない。犬死でもない。お前に引き継がれ、見事任務を果たした。そして今尚生きている」


 リガーヴは視線をボルズブ山脈の方へ向け、遠くを見るようにブレイバスに語りかける。


「……ええ、おっさんの力、確かに」


 ブレイバスがそう返事をすると、リガーヴは再びブレイバスに視線を戻す。いつも通りの無表情、しかしなにも変わらないその表情に、ブレイバスはリガーヴが安堵しているのを確かに感じた。


「お前たちの事は王に伝えておいた。十分な褒美と騎士団入りへの許可が行くだろう。……ただし手続き等や礼儀挨拶など面倒な事も多い。クレイはともかくお前は不慣れだろう。そちらに意識を集中しておけ」


 いつも通り、表面上はそっけなくも感じる言い回し。しかしブレイバスはもうその言葉に秘められたリガーヴの気遣い、暖かさを感じ取っていた。


「……ありがとうございます!」


 深々と頭を下げるブレイバス。当たり前だが、それによりリガーヴからは視線が外れる。視野に広がるのは何の変哲もない街中の石地面。その時、再びリガーヴから声がかかった。


「ブレイバス」


 ブレイバスは下げていた頭を上げ、再びリガーヴへ視線を戻す。そして目を見開いた。


「……正式にラムフェス騎士となったお前たちと共に戦場を駆ける日を、楽しみにしているぞ」


 そこに写ったのは夕日に照らされたリガーヴの顔。それは十数日間共に過ごした中で初めて見る、鋭い目つきが少しだけ和らぎ、わずかに口角が上がった、無表情と怒り以外の顔を見えた事のない、まぎれもないリガーヴの笑顔だった。


◇◇◇◇◇


 地烈悪魔(ガイアデーモン)討伐任務を終えラムフェス城へ帰還し、早数日。クレイは城下町を歩いていた。

 事務的な事はリガーヴとミーネが行ってくれており、国の王族貴族からは一通り祝辞は述べられた。そしてその後、まず数日はゆっくり身体を休めてもらい、後日改めて詳細を国民に発表、及び褒美や今後の対応を行う、との事だった。

 帰還時にはリガーヴのみが前面に立ち、クレイたちは馬車の中にいたため、城下町を歩いていても地烈悪魔(ガイアデーモン)討伐の際のクレイ達の具体的な活躍は一般にはまだ知れ渡っておらず、誰もクレイを気にする者はいなかった。

 傷自体はリールの魔法も合わさりほぼ万全になっており、体力も流石に回復した。そのため、クレイは暇を持て余し、理由もなく外を出歩いていたのだ。

 当てもなくブラブラしていると、いつの間にかその足はヴィルハルトに招待され、リガーヴ達と試合を行った訓練場にたどり着いていた。


「ここで、みんなと出会ったんだよな……」


 思いふけりつい独り言をつぶやくクレイ。


(気のいい兵士の方々と知り合った場所、ブレイバスとカイルさんの闘い、凄かったしなんか面白かったな……リガーヴ将軍には完全敗北したっけ)


 その時のことを思い出し、その思い出にふけるようにクレイは近くの岩場に腰を下ろした。


(そして、【地烈悪魔(ガイアデーモン)】ベルダーグ……オーランさんと試合をした場所……あの時は思ってもいなかった。まさかこんなことになるなんて……彼は、闇部族(ダークネス)とは何者なのだろう……リガーヴ将軍達が調べるとは言って下さっていたけど……)


 そんな事を考えながら、ふとため息をつく。その時、突如背後から声をかけられた。


「フッ 黄昏ているようだな フッ」


 クレイは目を見開いた。そして嬉々しながら声の方向へ身を向ける。

 そこには一本の木が立っていた。そしてその木の上に、大量のトリモチ、もしくは大きな鳥の糞のようなものが絡まっている。その物体をよく見ると、キチンと顔がついてきた。

 数日前ボルズブ山脈にて自分たちを庇い、消息を断った最強の男、【白竜】ヴィルハルト、彼が首から下はデロデロなスライムの状態をしながら、決め顔でこちらを見下ろしていたのだ。


「ヴィルハルト将軍! よくご無事で……!」


 クレイはすぐに立ち上がり姿勢を正した後、ヴィルハルトの名を呼んだ。


「フッ 言ったはずだ、しばらくすれば元に戻ると フッ」


 全然『元には戻って』はいないのだが、クレイにとってそんな事はどうでも良かった。宣言通りヴィルハルトが死んでいるはずはないと信じてはいたが、それでも姿を見せない内は不安が胸に残っていたのだ。ここに木に絡まった巨大な鳥の糞に目を輝かせる英雄の図が完成した。


「ええ! しかし、今それを確認できたことを嬉しく思っております!」


 クレイのそんな様子にヴィルハルトは満足そうに身体を大きくうねらせる。しかし突然その動きを止めたかと思うと、真剣な顔をし口を開いた。


「フッ それと少しの間だが、奴ら【闇部族(ダークネス)】について調べておいた フッ」


 その言葉にクレイの顔が強張る。今回の任務の標的、多くの犠牲を出すことになった原因、地烈悪魔(ガイアデーモン)ベルダーグが残した、悪魔達の組織を思わせる不吉な言葉。


「それで、何がわかったのでしょうか?」


 クレイのその問いに、ヴィルハルトは再び表情を崩して答えた。


「フッ それは追々、皆もいる場で話すとしよう。しかしどうなるにしても……」


 その時、木の間から射し込む夕日がヴィルハルトを程よく照らす。その紅い光とヴィルハルトから何故か放たれる白い光が混ざり合い────


「……お前達のこれからの働き、期待しているぞ フッ」


 ────クレイの目には見るものが見れば涙しそうな、とても芸術的で神々しい鳥の糞が写し出された。

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