三十話 VS地烈悪魔2
地烈悪魔は劣勢を強いられていた。相対する男、ブレイバスの身体能力は元々の自身のモノに加えカイルの【筋肉譲渡】の効力が加わり、ラムフェス最強の一人竜聖十将軍にも迫るほどだった。更にブレイバス自身の魔法【破壊魔剣】により単純な攻撃力はリガーヴを上回る。
大剣を振るえば大岩は粉砕され、大振りの攻撃にも関わらず高い瞬発力も合間ってギリギリの回避で精一杯、更にこちらからの生半可な攻撃は筋肉の壁に妨げられ大したダメージを与えられない。
(これほどとは……!)
悪魔は胸中毒づく。【筋肉譲渡】による身体能力向上は、対象者の感情に大きく左右され、また体力消耗が大きくなる事が欠点ではあったが、その事は地烈悪魔は勿論、ブレイバスも知る由はないし、今現在どうでもいい事だった。
そんな中、悪魔の視界の端にリールがクレイに回復魔法をかけている様子が写る。
「急がねばならんか……!」
地烈悪魔はそう呟くと大きく後方へ飛翔した。
「うらぁッ!」
相手のその動作に合わせブレイバスも地面を蹴り、跳び上がる。またも悪魔の高度まで肉薄するが、先ほどのそれとは違い地烈悪魔もそれを予測していた。
「見切った。お前は実直すぎる」
悪魔はそう言い放つと、翼を翻し迫る大剣の一撃をかわしながらブレイバスの更に上をとる。そして大爪を全力で振り下ろしブレイバスを叩き落とした。
身体能力ではブレイバスの方が勝るだろう。しかし冷静な判断力と実戦経験の差、そして翼による人間にはない動きで地烈悪魔の戦術はブレイバスの戦闘力を上回った。
加えて左手の照準をブレイバスに合わせ叫ぶ。
「【流星炎槍】!!」
左手から放たれた火球が再びブレイバスに直撃し大きな火柱を巻き起こした。
◇
「クレイっ! しっかりしてっ!」
リールはクレイの脇腹に手を当て【愛の癒し手】をかけ続けながら話しかける。
クレイも倒れてから意識は失っておらず、事態は把握している。そしてようやく身を起こせる程度まで身体が回復したころだった。
尚も続く激痛と戦いながら、クレイは頭を上げる。その目には、翼を羽ばたかせる事で上空で停滞しつつ、両手を前に突き出す地烈悪魔の姿が映る。
突き出した両手はボールを持つような形をし、その中央に禍々しい黒炎が迸っていた。
「君には並の炎は効かないようだからな、念には念を入れてコイツをくれてやろう」
悪魔がそう言うと黒炎がひときわ大きく燃える。
「死ねクレイッ! 【魔界炎槍】ッ!!」
収束された黒炎の筒が凄まじい速度でクレイとリールに襲いかかる。【流星炎槍】以上の速度を持つこの攻撃を、ましてや今の状態で回避することは出来ない。
「【結界障壁】!」
クレイは防御魔法を展開した。しかしこれも賭けであった。相手の口ぶりから考えても明らかに今までの攻撃の中で最大の威力を誇るであろう黒炎。何故か強化されている自身の魔法でも防げるかどうかはわからない。
棒状に放出される黒炎が【結界障壁】に直撃する。結果、それをせき止める事には成功した。その様子を見て、いや、リールの方を見て悪魔が叫ぶ。
「それは……『聖魔の守護石』ッ! お前たち、まさかそんなものを! その魔法の強さはそれかッ!」
クレイはリールの方へ目を向けるとリールの胸元から薄緑色の光が放たれているのを確認した。口ぶりからリールの身に着けているペンダントが何か特別な効果を発揮しているのだろう。リールの顔の方を見ると、リール自身も驚いているようである。
そこで、クレイは自身の手に違和感を感じた。明らかに障壁が溶けていくのが伝わる。自身に迫る黒炎は今尚、悪魔の手から放出され続けている。このままではすぐに障壁は突破されクレイとリールを焼き斬るだろう。
その時、リールが前面に出た。溶けだす【結界障壁】に裏側から両手を添え、叫ぶ。
「【愛の癒し手】!」
障壁が溶けだす先から修復される。そのため、結果的に障壁が破壊される速度は遅くなった。しかし、それでも尚【魔界炎槍】の火力は障壁の強度と修復速度を上回る。
そこでリールは右手だけは魔法を止めた。
左手で【愛の癒し手】を使い続けながら、空いた右手に魔力を込める。
「はあぁっ……!」
握りしめたリールの右手が強い光を放ち出した。前日、重症のブレイバスを見事回復させた【愛の鉄拳】の光。
それを見て、クレイはリールが何をするか悟った。クレイ自身もそれに合わせ、いっそう手に魔力を込める。
クレイは魔力を振り絞り、より強固な魔法防壁の貼り直しを行った。リールは魔力を最大限に込めた右手で防壁を全力で殴りつけた。
事前に打ち合わせをしたわけでもない初めての試みにも関わらず、これらを行う際に二人は一字も違わず同時に叫んだ。
「【再生障壁】ッ!!」
二人の連携魔法により、魔法防壁の耐久力と修復速度が【魔界炎槍】の威力を上回る。その様子を真横から見ればその魔法障壁を境界線に、リールが拳で黒炎を押し返しているようにも見えただろう。
数秒の攻防の後、悪魔が放出し続けていた黒炎が終わりを見せた。
「はぁ……はぁ……まさか……この奥義まで凌がれるとはな……」
空中で停滞する悪魔がそう呟いた時、先ほど自身が起こした火柱が背後ではじけた。
掻き消える火柱の中から姿を現したのは、多少火傷を負いながらもしっかりとした目で悪魔を睨み付けるブレイバス。
そんなブレイバスを尻目で見やり悪魔は吐き捨てるように呟いた。
「……お前達も十分化け物だ……」
多くの力を使い、尚相手を倒せない。毒づく悪魔の心境に『撤退』の二文字が過ぎる。
(これ以上闘っても勝てるかはわからん。しかし、この場で生存者を出すのは好ましくない……)
相手を倒せないまでも自分は攻撃をほぼ食らわない空中にいる。思考する余裕は自分にはある、と悪魔は考えた。が────
「フッ ようやく力の底が見えたかな? フッ」
どこからかそんな声がすると同時に、地面から白いジェルが大量に吹き出し地烈悪魔を襲う。
「うおッ!?」
悪魔はすぐに身をひるがえし迫るジェルの回避を試みる。しかしジェルの一部が悪魔の尻尾に纏わりつき、悪魔を地面に引きずり落とした。
激しく地面に叩きつけられる悪魔のすぐそばから、白髪の耽美な顔が姿を現す。
「フッ オーラン、ようやく尻尾を掴んだぞ、文字通りな フッ」
地面から顔を出した、顎が地面と一体化するくらいほぼ生首の状態のヴィルハルトが決め顔で悪魔に話しかける。
「ヴィルハルト将軍……! まだ生きていたのか!」
悪魔がそう言いながらヴィルハルトの方に左手を向ける。火球の魔法を繰り出す際のその動作。
「フッ あの程度で我々が敗北すると思われていたとは、長年共に過ごしたとは思えない判断だな フッ」
キモくて白いスライムと化したヴィルハルトがウィンクをしながら言い放ったその一瞬後に、悪魔の左腕は消し飛んだ。
地烈悪魔から向かって左側の方角を見ると、額から血を流したリガーヴが座り込んだまま遠投後のポーズをとっており、その逆には愛用の黒槍が、肉片と化した悪魔の左腕と共に大岩に突き刺さっている。
リガーヴはそのまま倒れ込む悪魔を睨み付け、クレイ、リール、ブレイバスは違う方面から、つまりは悪魔を囲むように接近していく。
「フッ チェックメイトだ、【地烈悪魔】オーラン・タクトミス フッ」