☆三話 旅立ち
翌日、孤児院の皆に見送られクレイとブレイバスは迎えの馬車に乗り込み荷物を下ろした。
乗っている馬車はゼイゲアスが指定した物であり、自分たち以外には客はいない。寝泊りもここでさせてくれると聞いている。
2時間程走っただろうか、馬車の中で二人は雑談をしながら時間を潰していた。
「しっかしリールの奴、結局見送りにも出てくれなかったなー」
「昨日の件で拗ねてるみたいだね。君がトイレ行ってる間にゼイゲアス先生に聞いたんだけど、ずっとふて寝してるらしいよ。どれだけ呼んでもベッドに入ったまま返事もしないんだってさ」
「あー、前々から王都がどんなもんか見たがってたからなー。『二人だけズルいっ』とかいいながら口を尖らせていそうだな」
些細なやり取りをしている中、クレイはふとブレイバスが非常に大きな袋を持ってきていることが気になりそちらに話題をうつす。
「そういえば、やけに荷物多いねブレイバス」
「ああ! 身体なまっちゃいけねぇからな! 剣の他に筋トレ用の岩や木を一式持ってきたぜ!」
「……よくそんなもの持ってきたね。食糧か何かかと思ったら」
「ま! そんなもんは現地調達でなんとかなるだろ! 先生も余分に金くれたし、道中旨いもん食おうぜ! 騎士になってガッポリ稼いで返しゃあいいんだからよ!」
ブレイバスの考えが自分の思考の斜め上、いや斜め下に行った事にクレイは思わず呆れ顔になる。
そんなクレイの事などを気にする様子もなくブレイバスは話を続ける。
「丁度いい! 見てくれよ! 昨日、持ち上げるのに最適の形で、今の俺の筋力に対して丁度いい重さの岩をみつけてな!」
「袋そのまま持ち上げて運動すればいいじゃん。馬車まで担いできたみたいに」
クレイの突っ込みに対してはやはり反応する事なく、その岩を見せようと荷物に手を伸ばすブレイバス。
────しかしブレイバスが袋を触る前に、袋が勝手に開きだした。
「ばあっ」
「うおおおおおおッ!!?」
袋から出てきたのは、なんと孤児院でふて寝をしているはずのリールだった。
手を開いて悪戯っ子の笑みを浮かべながら突如出てくるその様子に、全く予想していなかったブレイバスは驚愕の声を上げる。
「あははっ、ビックリした?」
ケラケラと笑うリールに、心底驚いて尻餅をついたブレイバスと開いた口が塞がらない様子のクレイ。
ブレイバスは左手をワナワナと震わせながらリールのほうへ人差し指を指し、叫ぶ。
「リール! テメェ!! なんか荷物の持ち心地が違うと思ったら! 俺の筋トレ道具はどうした!」
「いや、気にする所そこじゃないでしょ」
「クレイ、ナイス突っ込みっ。あんなの邪魔だから出したよー。夜コッソリ動かすの大変だったんだから」
「いや、そうでもなく……」
そう言いかけた所でクレイはその口をいったん閉じた。
そして一呼吸置いて、思い立った疑問をリールに投げかける。
「リール、その筋トレ道具はどこに置いたの? 外の、それも目に付かない所まで運ぶとなると相当大変そうだけど」
「うん、私のベッドの中に入れといたっ。重いのは持ち上げれなかったからベッドの下に隠しといたけど。パッと見た感じ私が寝てるように見えるだろうねー」
「ああ……ゼイゲアス先生が呼んでも、そりゃ動かないわけだ……」
再びケラケラと笑うリールに、岩だと知らずに娘に話しかけているゼイゲアスを想像し、少し哀れに思いため息交じりで呟くクレイ。
「いやー、バレないかドキドキしたけどねっ。お父さんがベッドに近づいて直接起こしに来たらアウトだっただろうし。あ、それとブレイバスっ! 荷物は静かに置くことっ! お尻が痛くなっちゃったじゃないっ!」
「知らねえよッ!!」
ブレイバスのほうへ向き、怒った顔でビシッと指をさすリールと感情任せにもっともな反論するブレイバス。
そんな極めてどうでもいいやり取りはクレイが手ぶりで素早く遮り、本題を話し出した。
「それで、どうするのさリール。ゼイゲアス先生の目を盗んでまでこんなことしてさ。先生心配してるだろうし、昨日も言った通りこのまま王都までついてくるようなら、僕らが騎士になろうとなれまいと君は帰りが大変になるよ」
「まーまー、着いてきちゃったものはしょうがないじゃないっ。後の事は後で考えよっ。2人の合格祝い、私も間近でしたいしさっ」
完全に他人事のように、誤魔化すようにそう言うリール。
────クレイはここでリールを睨むように目付きを鋭い物に変えた。
自分のしたことを謝罪するわけでもなく正当化するわけでもない。明らかに勢いで流そうとするその態度を黙って見過ごすわけにもいかず、強めの口調で言葉を発した。
「リール」
普段はよほどのことがない限り、リールに対し怒る事がないクレイ。
そんなクレイから批難の態度をとられたリールは思わず尻込みした。「うっ……」という鈍い声が口から洩れ、額に一筋の汗が流れる。
「……」
その二人の様子を見て、ブレイバスはさっきまでの些細な怒りはとりあえず抑えた。「やれやれ」といったように鼻息を鳴らし目をそらす。
クレイが叱るような態度をとる事、それは滅多にないことではあるが、逆に言えば今まで一度もなかったわけではないのだ。
そしてそんな時には下手な言い訳は無意味である。クレイは『間違ったことに対しては確固たる意志を持ち、必ず正論で論破する』のだ。
『物事の正しさ』と『クレイの論争力』が合わさった時、クレイに口で勝てる者は孤児院には一人もいない。
リールもそれは理解していた。言い訳や逆ギレのような反論も頭によぎったが、その行為は火に油だろう。そのため選んだ言葉は、素直で正直なものだった。
「だって、昨日ブレイバスも言った通り二人が騎士になったら、きっとしばらくは会えないんだよ? 今までずっと一緒だったのに、今まで三人で遊ぶことも一番多かったのに。それで私だけ除け者なんて、そんなの寂しいじゃん……」
視線を落とし、やや口をすぼませて言うリール。声のトーンが下がりつつも話を続ける。
「二人で自分の人生決めた事だから私が口出しするものじゃないし、コレも私の我が侭だってわかってるけどさ、さっき言ったことはホントだよ? 二人の合格祝い、間近でしたいって」
「……」
またも、短い沈黙が場を支配する。クレイは目線はそのままに、しかし瞳の奥はどこか穏やかになりながら聞いていた。ブレイバスは腕を組み何やら考え込んでいる。
「……リール、その前に何か言う事は?」
沈黙を破ったのはクレイだった。その問いに対し、少しだけ間をおいてリールは答える。
「……勝手なことしてごめんなさい」
コレも素直に頭を下げて謝った。それを見てフッと笑ったブレイバスがつぶやく。
「ま、今からだと馬車も引き返せねーしなぁ。今更言いあってもしょうがねえか」
これは嘘だった。元々余裕をもって出発している。仮に馬主に無理を言い、今から引き返したとしても予定より4時間程遅れることにはなるが問題なく王都に着くだろう。
それはクレイも、そしてリールもわかっていた。
「リール」
ため息を押え、呼びかけるクレイ。
「はい」
うつむき気味のまま返事をするリール。
「……試験が終わって孤児院に戻った時、しっかり三人でゼイゲアス先生に謝ろうか」
クレイは肩から力を抜き、口を緩ませそう言った。
その様子を見てリールは目を輝かせ、更に明らかに弾ませた声で返事をする。
「……! うんっ!」
その様子を愛馬の後ろで静かに聞いていた初老の馬主は、一人静かに微笑んでいた。
こうして三人を乗せた馬車は王都へ向かって進んでいく。
(メインキャラ三人のイメージイラストです!)