二十五話 炎の中で
「俺は……生きている……のか?」
ブレイバスは自身の現状に疑問を持った。凶牛魔獣の口が光ったと思えば、尋常でない爆炎が放たれ、確かに自分を含めた大隊を飲み込んだのだ。辺りは炎で包まれて、炎が生み出す轟音と兵士の物らしき叫び声が聞こえる。
(いや、これが死後の世界、地獄って奴か……?)
余りに現実離れした状況に対し、真剣にそんな可能性が頭に思い浮かんだ。
そこで後ろで何か気配がし、振り返ると深緑の鎧に身を包んだ一人の男が立っていた。
「リガーヴ将軍!」
ブレイバスはその男、リガーヴに声をかける。
「貴様か、ブレイバス……たまたま俺の近くにいた貴様だけが【全てを飲み込む黒】に助けられたようだな……」
そこに立つリガーヴは、ハッキリと怒りの表情をあらわにし全身から怒気を漲らせていた。口調だけは普段と変わらず、話を続ける。
「ブレイバス、お前は動ける者を集めて王都へ戻れ。アレは、俺と兄者で相手をする」
ブレイバスは状況を把握しようと頭をフル回転させた。リガーヴの言う『アレ』とは凶牛魔獣の事を指している。そしてその凶牛魔獣が炎を吐いた時、リガーヴが魔法を使ったのだろう。それによりリガーヴと近くの自分だけが助かった。そうでなかった周囲の者は炎に飲み込まれた。クレイとリールは無事だろうか? そんなことも頭によぎったが、今は確認しようがない。
(ヴィルハルト将軍も生きている? なぜそれがわかる? あの巨大な化け物を二人だけで相手する? リガーヴ将軍は自身の魔法で周囲の炎を掻き消したのか? 俺は足手まとい? 生きていて、動けないものは放置する?)
「【全てを飲み込む黒】」
ブレイバスの思考が疑問であふれる中、リガーヴは自身の魔法を展開し、召喚した黒い靄で自身の身体全体を覆った。そしてすぐに走りだし、炎の中に姿を消した。
「ま────」
ブレイバスが制止の言葉を言いかけた時、右方向から物音がした。そこに目を向けると、倒れた木から這い出ようとしている大柄の兵士、遠目に見ても大火傷のカイルの姿があった。
「おっさん!」
慌ててカイルに近寄るブレイバス。
「……う、む……」
声を出すのもつらそうな重傷だ。
カイルを引きずり出そうとするブレイバス。しかし今なお燃えながらカイルに圧し掛かる大木は、素手では退かせそうにない。
(それなら……!)
ブレイバスは大剣を掲げ、叫んだ。
「おっさん! 少し我慢しろよ! 【破壊魔剣】!!」
大剣が黒い氣で覆われる。ブレイバスは破壊の力を纏ったその大剣で、カイルには当たらないよう大木の上側目掛けて斬りかかる。
大剣が大木を吹き飛ばし、その余波が多少カイルにもふりかかる。しかし、結果として大木の下敷きになっているカイルを救い出すことができた。
「おっさん! 大丈夫かッ!?」
「お、おお……ブレイバス……か……?」
「この辺りはリガーヴ将軍のおかげであんまり火が来ていない! でも時間の問題だ! 撤退すんぞ! さあ立ておっさん!」
そう言ってブレイバスはカイルに手を差し伸べた。しかし、カイルの手が一向にこちらの手を取らない。そこでブレイバスは、気がついた。
「おっさん……目、みえねぇのか……?」
全身爛れるようなやけどを負ったカイルは、顔面もまた例外なく爛れ、その瞼は塞がっていた。それを確認するブレイバスに対し、カイルはフッと笑った。
「ブレイバス……俺はもうダメだ……」
「バッカ野郎! 近くにリールの奴もきっといる! そこまで行くぞ! この間の俺を見ただろ? アイツにかかればそんなかすり傷すぐに治んだよ!」
そう言いながらもブレイバスは先日のリールの言葉を思い出す。
『────ただ、それは使う相手に大きな負担がかかるの……普通の人だったら怪我してるところにそれをすれば、それだけで死んでしまうかもしれない────』
リール自身もまだ決して使いこなしているとは言えない魔法。今のカイルの状態を治せるかはブレイバスにもわからない。もっと言うなら今現在リールが無事な保証は、ない。それでも、この場でそんな疑問は口にはしなかった。
「肩かしてやるよ! ほら、立てよ! おっさん!」
「……聞け、ブレイバス」
こちらの言葉を遮るようにカイルは言った。一刻も早く炎から逃れた場所に移動したいブレイバスは多少声を荒げ聞き返す。
「ああ!? なんだこんな時に!?」
「俺の魔法、【筋肉全開】には……もう一段階、能力がある……」
非常事態だというのに、それと全く関係ない自分の魔法について語りだすカイル。
「……」
しかしブレイバスはそれをすぐには止められなかった。ブレイバスとカイルは性格や戦闘スタイル、ひいては考え方が似ている。なにか、予感がしたのだ。
「それは、自分と波長の近い者に……己の残りの力を与える事だ……」
続きを聞いて後悔した。予感通りに話が進んだ事を。
「何を、何を言っているんだよ……! ほら、行くぞ! おっさん!」
そこでブレイバスは相手の言葉を遮り、カイルの手を掴んだ。無理やりにでも話を終わらせ、連れて行くために。焼ける手の熱がブレイバスに伝わる。しかしそんなものは関係ない、と言わんばかりに強く握った。
そしてその手をカイルは、ブレイバスが握る力より更に強く、極めて強く握り返した。
「受け取れブレイバス! 我が好敵手よ! 【筋肉譲渡】ッ!!」
カイルが叫ぶと、握っている腕を通して、ブレイバスに電流のような衝撃が走る。
「うおおぉッ!?」
全身を駆け巡るそれがなんなのか、ブレイバスはどこか確信していた。
数秒に渡るその衝撃が終わった時、カイルの手が自分の手から零れ落ちた。
ブレイバスは自分の体から力が漲るのを感じる。対照的に、カイルの身体は覇気が消えたように、どこか寂しげに転がっていた。
「お、おっさん……」
ブレイバスが崩れ落ちたカイルに問いかける。しかし返事はなかった。
もう、カイルが言葉を発することは、なかった。
 




