二十四話 凶牛魔獣
洞窟を出た後、出てきた入口のほうへ目を向ける。
入口以外にも空気が外に逃げるくらいの隙間はあったのだろう。山肌のそこかしこから黒い煙が噴き出ていた。空の彼方へ消えていくはずの煙。それが上空の一定の高さで集まり塊となっていく。
「なんだありゃあ……!?」
またもブレイバスが叫ぶ。やはりその疑問に答えられる人間はいない。
────黒煙の塊が、何やら形を成していく。四本足の獣のような形。それが完全に化け物の形となったとき、塊は途端に重量を持ったかのように地面に落ちた。大きな音と同時に地響きが起こる。
牛のような、カバのようなシルエットの黒い塊。しかしそれは通常の牛のサイズとはけた違いに大きく、全長およそ10メートル、高さ4メートル強の巨体だ。
その巨体の頭と思われる部分が空を見上げる。次の瞬間、それは吠えた。凄まじい咆哮と共に空気が震動する。
それと同時に黒煙は身体から瞬時に発散され、黒煙の中から赤と紫の混じった、やはりベースは漆黒の、哺乳類の肉体が姿を現す。
────凶牛魔獣。この魔獣を表すならばコレだろう。
突如現れた凶牛魔獣は再び大きな雄たけびを上げると、部隊へ向かい突進した。
「フッ 【全てに融け込む白】 フッ」
ヴィルハルトが唱えると、ヴィルハルトの身体が一瞬で白いジェル状の物に変化し、突進する凶牛魔獣を止めるように襲い掛かった。
いや、変化しただけではない。明らかにヴィルハルト元々の質量より多いジェルと化している。その巨体の全身を覆い尽くす様に白いジェルがまとわりつく。
それにより突進の勢いが弱まった。
「【全てを飲み込む黒】」
今度はリガーヴが唱える。するとリガーヴの前方に黒い靄が出現し、その靄からガスが放出される。
クレイはそのガスに見覚えがあった。先日戦った超極大紅蓮猛毒蛇の高熱ガス。
更に、腰の道具袋から何やら石を取り出し凶牛魔獣へ投げつけた。
それは、見たことはない物だった。が、どのようなものかは知っていた。衝撃を与えると閃光を起こす作りの石。調理の火種や、光による合図を遠方に送る事を目的に作られた『花火石』と呼ばれる道具。
通常戦闘で使おうにも、火力があるわけではなく、せいぜい相手を一瞬怯ませる程度にしか使えないこけおどしの道具。────しかし、紅蓮猛毒蛇の高熱ガスは引火する。
凶牛魔獣に花火石が当たると、引火したガスが爆発し、轟音をあげながら魔獣の顔を吹っ飛ばした。
「ひぃッ!!」
「うおおぉッ!?」
「なにぃッ!?」
突然始まった派手な攻防に周囲から悲鳴のような声が上がる。
失った頭から黒煙を出しながら、凶牛魔獣はその場にうずくまるように倒れ込んだ。
「……」
しばしの沈黙。
「……ぉ、おお!!」
「やったか!!」
「将軍! 流石ですッ!!」
その後歓声が湧き上がる。
が、リガーヴと、いつの間にか人型に戻ったヴィルハルトは厳しい表情で凶牛魔獣を睨んでいる。
凶牛魔獣の頭から吹き出ている黒煙が、引き寄せられるように再び魔獣の身体を取り囲む。
「まさか……!」
その様子にカイルが呻いた。周囲からもざわめきが聞こえた。
────凶牛魔獣の身体が再生しようとしている。誰もがそう推測しただろう。
「弓隊! 撃て!」
リガーヴの号令と共に今まだ倒れている魔獣に矢の雨が突き刺さる。
黒煙が巨体を覆いつくすと、再び咆哮と共に黒煙が、更には身体に突き刺さったはずの矢が一気に発散された。
発散された煙が、大小様々な大きさの塊になって地面に落ちた。
気体が固体に変化する現象。先ほどの凶牛魔獣出現時と似ている。
(────という事は……!)
塊は次々と形を成していき、それぞれ生物のような形を成した。
猿、蛇、猪、鳥。それらを思わせるシルエット。生物感のある凶牛魔獣とは違い、影がそのまま立体になった様な真っ黒な身体。それに先日戦った森林亜竜蜥蜴以上の真っ赤な目が一個体に二つ、闇夜に浮かぶ星のように光を放っている。
「……チッ」
リガーヴは舌打ちをすると同時に黒槍を強く握り締め、身近な黒猪に薙ぎ払いを仕掛ける。薙ぎ払われたシルエットは霧散し、消滅した。
「コイツらは物理的に倒せる! 各班ごとに連携をとり対応しろッ!」
リガーヴのその声に周りも「おおッ!!」と返事をあげ、交戦する。黒いシルエット……文字通り『魔物』達は、モチーフにしたであろう生物に近い動きでこちらに襲いかかる。つまり、野生動物の群れを相手しているものと殆ど大差がないのだ。
先日、オーラン隊が森林亜竜蜥蜴を殲滅させたような連携で各々が対応する。
しかし数が多い。魔物の数は優にコチラの倍を超えている。歴戦の戦士達と言えど簡単には相手しきれない。
内、一体の大鷲型の魔物が上空からリールに襲いかかろうとしていた。
「リール!」
それを一早く察知したクレイはリールと魔物の間に入るように跳んだ。しかし、それだけでは距離も高さも足りない。
「【結界飛翔】!」
クレイは叫び、魔法板を靴裏に生み出した。そのまま足場となるソレを、やはりそのまま踏み砕き、加速しながら更に高く跳ぶ。
「食らえッ!」
見事に魔物と同じ高さまで跳躍したクレイは、手に持つ長剣で魔物を斬り付け撃ち落とす。撃ち落とされた大鷲の魔物は地面に着くと同時に霧散した。その数瞬後にクレイが着地する。
「クレイっ!」
「リール! もっと下がっていろ! コイツら死角からも来るぞ!」
個々の実力も、連携力もこちらの方が勝っている。それでも数と変則的な動きに惑わされ、そう簡単には攻め切れないでいた。
(何かおかしい……)
クレイは腑に落ちない点があった。
(そもそもこの魔物たちは一体なんなんだ? ……いや、それは決まっている。凶牛魔獣が生み出した手下のような物だろう……じゃあ凶牛魔獣って……? 地烈悪魔の正体……?? こんな大したことない魔物を生み出して、まるで時間稼ぎのような……)
────時間稼ぎ?
クレイの頭に、一つの予想が立った。その直感の真偽を確認するため辺りを見渡す。
いつの間にか部隊はかなり密集している。各々が連携を取りやすくするためだ。そう考えると、魔物達も全体的に見て、こちらがより密集しやすいように動いていたように見える。
更にクレイは、倒れている凶牛魔獣の方へ目を向ける。凶牛魔獣の首は黒煙に覆われながらも頭は再生しかけていた。
────次の瞬間、凶牛魔獣の口内が光った。
「【結界障壁】ッ!!」
クレイは反射的に叫んだ。
その一瞬後、凶牛魔獣の口から放たれたすさまじい爆炎が部隊全体を飲み込んだ。




