二十話 勘と運
「敵襲ッ! 総員臨戦態勢に入れッ!!」
テントの中にいても聞こえる大声が聞こえた後、敵襲を告げる鐘が鳴り響き慌ただしくなる。
「こんな時に?」
その日の負傷兵の回復を終え、一息ついていたリールは思わず立ち上がる。
テントから顔だけ出して外の様子を確認する。何より最初に目に入ったのは毒々しい色をした馬鹿みたいに巨大な蛇。思わず悲鳴をあげそうになる。口を押さえると同時に目に入ったのがその大蛇に相対するように立っているクレイとリガーヴ。更に周りを見ると沢山の蛇が夜営を囲っているのが解る。
その中でも最も気になるのは、やはり恐ろしく大きな大蛇だろう。リールはもう一度そちらに視線を向ける。すると、その大蛇と目があった。数秒見つめあう一人と一匹。
(こ、こんばんは……)
リールはなにかを誤魔化すように、胸中でそんなことを呟いた。
全くの偶然だとは思うが、その挨拶に返すように大蛇が吠えた。その金切り音と共に兵士達と蛇たちの交戦が始まる。
当たり前だが、リールは戦闘には参加できない。外の異常事態も気にはなるが、勝手な真似をして足手まといになるわけにもいかない。顔だけ出していたテントの中に引っ込み、息をつく。
(クレイ、今からアレと戦うの?? せめて見ているべきかな?)
不安が胸をよぎる。そんなことを考えてると、テントに大きな人影が入ってきた。
「おうリール! ここか!?」
入ってきたその男が話しかけてくる。その顔を見ると、リールは少しホッとしその男に返事をした。
「ブレイバスっ! 大丈夫!?」
「おぅ、俺はな! すげぇ事になったな! ヴィルハルト将軍がお前を守れっていうからよ! 来てやったぜ!」
やや息切れしているブレイバスがそう説明した。それに疑問に思い問いかける。
「……守る?」
「ああ! 皆テントを囲うように戦ってるけどよ、お前一人じゃ万が一蛇共がやって来た時にやべーだろ? つって将軍が気ぃ利かせてくれた! 後で礼言っときな!」
ごく当たり前の事だった。リールは軽く笑い、返事をする。
「うん、そうだね……ありがとう!」
しかし胸中では非常事態に気を遣われる側にいる自分の無力さに、情けない感情が突き刺さる。
(ブレイバスも貴重な戦力なのに……)
そう思い、視線を落とした時、ブレイバスの拳骨が頭に落とされた。
「いたっ!」
ブレイバスにしてみれば軽く叩いたつもりだろうが、筋肉隆々のブレイバスの一撃は加減していてもリールには痛い。頭を押さえてながら上を向く。
「な、何するのよーっ」
「なーに思いつめてんだよ! お前にはお前の役割あんだろが! しっかり全力で守られてろ! いざって時に身体動かねぇぞ!」
その言葉に、自分を叱る時、あるいは言い聞かせる時の父ゼイゲアスの姿が重なる。
「……もうっ、分かってるよっ!」
しかし、その言葉と行動で胸のつっかえが取れたリールは、ふと穏やかな気持ちになった。
「しっかしなんだリガーヴ将軍の方にいるあのデケェ蛇はッ! あんなサイズみたことねぇ!」
「私もっ! ていうか紅蓮猛毒蛇自体、地元じゃ殆ど見なかったしね。あんなに大きくなるんだね! 群れを作る事も知らなかったっ!」
そう言った時、遠くから風を切るような音がした。それはどんどん大きくなっていく。まるで、何かがこちらに近づいてくるような音。
その音がある程度大きくなった時、ブレイバスの表情が凶変した。焦りのような、怒りのような形相をリールに向ける。
「……え?」
訳が分からずリールは立ち尽くしていた。────ブレイバスはその形相のまま、突如リールに掴みかかった。
「きゃ────」
突然の事に悲鳴をあげかける。しかしあげる暇もなく、リールは服の裾を引っ張られ入口の方へ投げ飛ばされた。────その一瞬後、さっきまで自分がいた場所、つまり現在ブレイバスがいる場所に、天井をブチ破ってきた巨大な蛇の頭が突き刺さった。
その事実を頭が理解するのに数秒かかるリール。理解し終えたとき、改めて悲鳴をあげた。
◇◇◇◇◇
「ぐおおおおおぉぉぉ……!」
何かが外からリールを襲ってくる。音の大きさや方角からなんとなく予想は出来たが、詰まる所それはブレイバスの直感だった。瞬時の判断が必要な場面で、ブレイバスは自分の直感信じ即座にリールを投げ飛ばした。
その代償は、リールの代わりに自分が超極大紅蓮猛毒蛇に食われることだった。
それでも間一髪迫る牙に大剣を挟み込み、丸呑みになる事は逃れ大蛇の口の中でもがいていた。
大蛇もそれに気がついたのだろう。そのまま噛み砕くのでなく、喉の奥から高熱のガスを吐き出そうとしていた。その熱気がブレイバスを包み始める。
あっという間に熱くなる周囲に危機を感じ、ブレイバスは次の行動を早めた。
「おおおおおおッ!【破壊魔剣】ッ!!」
手に持つ大剣が黒い氣で覆われていく。
破壊の力をもつ魔法剣だったが、その氣そのものに触れただけでは効果はない。あくまで剣を振るった時のエネルギーを高めるものだった。つまり、魔法が発動しても剣を動かせなければ意味がない。
「おおおおぉォオオオオッ!!!!」
熱で身体が焼け始めた頃、その痛みからも来るのだろうか火事場の馬鹿力で大蛇の力を一瞬上回り、大剣が動く。
それが大蛇の牙を僅かに破壊する。
しかしブレイバスは運が悪かった。その割れた牙の破片が口内で反射し、ブレイバスの腹部に突き刺さったのだ。
「ぐッ! おッ……!」
更にはそれにより大蛇のかみ合わせがズレ、元々噛み砕こうと内側に力を込めていた大蛇の口が、凄まじい勢いで閉まった。
これにより、高熱のガスは逃げ場を失い口内により充満する。
肉を焼く程の高熱と、過去に一度自分の命を奪いかけた毒を持つ牙、その二つを同時に味わい、なおかつ込めていた力がおもっきり空振り、盛大に体勢を崩す。
(俺は……こんなところで……)
脳内までも煮えたぎるような絶望的な状況が、普段強気で弱音を吐かないブレイバスに負の感情を与える。
────それと同時に、大蛇の頬の内側、肉の壁から血飛沫と共に刃物が突き出てきた。その刃物が凄まじい速度で振動するような動きをし、大蛇の頭が切り裂かれた。
灼熱地獄のような空間から解放され、血の池地獄のような世界が広がる。そこには、蛇の血で真っ赤に染まった槍を持ったリガーヴと、そのすぐ後ろにクレイが立っていた。
熱気が外に逃げ、ほんの少しだけ涼しさが身体を通る。しかし、ブレイバスは立てなかった。