一九話 大蛇と【黒竜】
「各自全方位警戒ッ!!」
続けてリガーヴが叫ぶ。周囲が慌ただしく戦闘隊形に入ると同時に様々な声が聞こえる。
「紅蓮猛毒蛇……!?」
「で、デカすぎるッ!」
「おい、デカいのだけじゃない! 他にも沢山いるぞ!」
「囲まれたかッ!」
目の前の巨大な紅蓮猛毒蛇とは別に、昼間みたサイズと同程度のモノも次々と姿を現す。それらは皆、胴を起こし口を開いてこちらを威嚇していた。
「超極大紅蓮猛毒蛇は俺が引き受けるッ! お前たちは他を仕留めろッ!!」
超極大紅蓮猛毒蛇とは、初めて聞く言葉だったがどう考えても目の前の馬鹿デカい蛇の事を指しているのだろう。
サイズによって名称が違うのか、普段名前など記号程度にしか思っていなさそうなリガーヴが即興で名づけたものなのか。クレイの頭の片隅に、場違いにもそんなことが過ぎっていた。
「……いい機会だ。クレイ、お前はそこで観ていろ」
そう言って漆黒の槍を構えるリガーヴ。
それまで何をするわけでもなく、ただこちらを眺めていた超極大紅蓮猛毒蛇が、金切り音のような奇声を上げた。
それを合図に周囲の紅蓮猛毒蛇が一斉にこちらの陣営に襲い掛かる。
その内、近くにいたおよそ十体がリガーヴに飛び掛った。前方広範囲からのタイミングの違う、一撃一撃が必殺の毒牙による波状攻撃。
クレイは思考する。これが自分ならば迷わず引いただろう。【結界障壁】で大雑把に攻撃を防ぎながら後方へ跳び、それをかいくぐってくる蛇に対してある程度迎撃を行い、隙を見計らってより後退。仲間との連携を狙う、もしくはヒット&アウェイを繰り返す。自分が単身ならば隙をついて逃亡する。
そんな自分に照らし合わせての『最善』のイメージを、まるで蔑むかのように、まるで呆れるかのように、まるで叱りつけるようかのに、リガーヴは動いた。
黒槍による連続薙ぎ払い。凄まじい速度で演武のように極めて正確な動きを見せる、軌道の防壁。
その一振り一振りが、槍の間合いに入った蛇から順に、あるいは数匹纏めて撃退していく。
────通常、側面に刃などない槍で薙ぎ払ったところで、標的に打撃を与える程度に留まる。だが、尋常でない速度と、そこから発生する破壊力は、接触部分が刃だろうが柄だろうがお構いなしに紅蓮猛毒蛇の胴体を粉砕していた。
結果、言われた通りリガーヴの動きを『観察』していたクレイ以外からはきっとこう見えただろう。
『紅蓮猛毒蛇の群れがリガーヴ将軍に襲い掛かったと思ったら、数瞬後には原型もとどめず全滅していた』と。
「……ッ!」
絶句するクレイ。
リガーヴの周囲以外では戦いは始まったばかりである。
翻弄するような動きに苦戦する兵士。毒牙を相手に、攻めきれない様子の兵士。突如高熱のガスを吐き出し相手を怯ませる紅蓮猛毒蛇もいた。単体でも『野生生物の危険度トップクラス』と言われている紅蓮猛毒蛇。それが集団で夜襲のように襲い掛かってきたのだ。歴戦の戦士たちといえど簡単には対処出来ない。
周りが苦戦する中、そちらも恐らくは気になるだろう。だが、リガーヴの視線は真っ直ぐ超極大紅蓮猛毒蛇を向いている。
その大蛇は自らは動こうとはせず、祭りの屋台に目移りする子供のようにこちらの陣営をキョロキョロと見渡している。
「……」
その様子をみて、リガーヴは決断した。
素早く超極大紅蓮猛毒蛇に駆け寄り薙ぎ払いを仕掛ける。そこでその大蛇の視線が初めてリガーヴへ向いた。胴も頭と殆ど変わらない太さの超極大紅蓮猛毒蛇。その巨体を驚くほど俊敏に捻り、リガーヴの薙ぎ払いをかわす。
リガーヴは間髪入れず、追撃のため標的の頭を目がけて跳んだ。助走も溜めもないその動きで、軽く数メートル跳躍するリガーヴ。
そのリガーヴへ向けて超極大紅蓮猛毒蛇は大口を開き、高熱のガスを吐き出した! 巨体な分、吐き出されるガスの量も勿論多い。人一人など余裕を持って覆ってしまうその高熱のガスが、空中で動作の制御が効かないリガーヴに対して容赦なく襲い掛かった。
「【全てを飲み込む黒】」
ガスに覆われる寸前、リガーヴがそう呟いた。すると黒い靄がリガーヴを包みこむように出現する。迫りくる高熱のガスが靄に接触すると、靄はガスを掻き消すように吸い込んだ。
そしてまだガスを吐き続けている超極大紅蓮猛毒蛇の口内に、リガーヴは跳躍の勢いのまま侵入し漆黒の槍を突き刺した。
大蛇が一度痙攣を起こす。大蛇はそこでガスを吐くのを止め、口内に侵入したリガーヴを吐き出すためであろう、首を振り回した。いや、正確には振り回そうとした。
しかし中のリガーヴは既に次の行動を行っていた。先ほど蛇の群れにして見せた連続薙ぎ払い。それと変わらない速度で黒槍を振り回し、大蛇の頭を内側から切り裂く。
結果、超極大紅蓮猛毒蛇の頭は一度振り切る事も叶わず滅多切りにされ四散した。
頭を失った胴体は、なすすべなく倒れ落ちる。
(つ、強すぎる……!)
クレイは、自分達と試合をしていたリガーヴを思い出した。
────あの時、リガーヴは『迎撃』しか行っていなかった。しかし、一転攻めに回ればこんな化け物すらもいとも簡単に蹂躙してしまうという事実を叩きつけられる。ニ対一のハンデに加え武器のハンデがあって尚、リガーヴは手加減していたのだとクレイは確信した。
「きゃあああああッ!!!」
突如背後から、聞こえる悲鳴。それは、紛れもなくリールのものだった。
すぐに後ろを振りかえるクレイ。
そこで眼に入ったものは、大きく分けて二つ。
一つは今リガーヴが仕留めた超極大紅蓮猛毒蛇と変わらない大きさの、何やら白い液状のようなものに全身を覆われ横たわっている物体。詳細は分からないが状態を予測するに恐らくヴィルハルトが何かして超極大紅蓮猛毒蛇を仕留めたのだろう。
そしてもう一つはリールがいるはずのテントに頭を突っ込んだ、やはりこちらと変わらない大きさの超極大紅蓮猛毒蛇だった。