十五話 進軍
クレイは身体を軽く慣らし、リールは少し仮眠をとって、ブレイバスを起こし指定の時間に言われた場所へ向かっていた。
「本当に行くのー? クレイはいいんじゃない? 筆記テスト大丈夫なんだから」
そう、そもそも今回の悪魔討伐はブレイバスのアイディアでありクレイはそれに付き合わされた形になっているのだ。通常試験でも騎士になれる可能性が高いクレイが危険を冒す必要はあまりない。悪魔討伐参加のための試合を行ったとはいえ、ケガを理由に辞退することも十分常識的な判断だろう。
「そう言うリールこそほとんど寝てないのに大丈夫かい? て言うかリールこそついてくる必要ないんだけど」
しかしクレイは行く気だった。ブレイバスを放っておけないのもそうだが、それ以上に自分を負かした現役騎士団の実戦に興味があったからだ。
「二人とも行くなら私も行くよー。そもそもそれが目的で王都まで来たんだから」
「とはいえリール、今から行くのは怪物の巣だぞ? 前線じゃあないっつっても危険は危険だ。つーか騎士団の人たちはお前の参加許可したのか?」
ブレイバスがあくびをしながらリールに聞いた。
「二人がのびている間にヴィルハルト将軍に『ふっ 君も来てね ふっ』とか言われたよっ。オーランさん癒したのをみんな見てたからかな? 私今、兵士の皆さんの間で結構人気者なんだよっ」
「おう、そうか」
自分で聞いておきながらブレイバスはあまり興味がなさそうに返した。
王都まで独断で着いてきたリールに、口で止めても無駄だろうし、何があっても自己責任だということは数日も前に言ってある。言い過ぎるのも余計な世話だと思っての事だろう。
「フッ よくぞ来た フッ」
突如背後から声をかけられる三人。突然の事に少し身体をふるわせるが、さほど心を乱すことなく予想のつくその声の主の方へ目を向けた。
「……おはようございます。ヴィルハルト将軍」
振り向いた先に立っていた男──何故か身体の柔らかさをアピールする踊り子のように、大きく上半身を仰け反らせ決めポーズをとっているヴィルハルト──にクレイが挨拶をする。
ヴィルハルトはすぐに姿勢を物凄いスピードで戻すと、返事をした。
「フッ 昨日の事で戦意が削がれ、来ないとのではないかと心配していた所だよ フッ」
何故か髪を掻き上げながら、心配していた様子など微塵もなさそうな態度と口調でそう言うヴィルハルト。
「どうされたのですか? まだ、言われた集合場所ではないですが」
「フッ なあに私もソコへ向かっている途中、たまたま君たちを見かけたものでね フッ」
それを聞いて顔をややしかめるクレイ。突如背後から現れる男の言い分ではない。しかしそれはもはや気にしない事にした。
「フッ それと、全員集合前に君たちに確認しておこうと思ってね。本日からの予定を フッ」
気を失っていたクレイが、状況を正確に把握しているかどうかの確認をしたいようだった。
クレイはふとヴィルハルトと初めて出会った時の、城下町国民の歓声を思い出す。新兵の理解力、把握力の有無の確認を最高位の将軍自身が行う。このような気遣いや誰とでも気軽に──やや強引かつ唐突だが──接してくる態度も民や兵士に慕われている要素の一つなのだろう。
「はい、本日より開始されるのはラムフェス帝国北部、ボルズブ山脈に出現したとされる『地烈悪魔』の討伐。標的地点までの道のりはおよそ5~6日。我々は【白竜】ヴィルハルト将軍、【黒竜】リガーヴ将軍両名が率いる部隊、【双竜】の一員として参加させていただきます。私とブレイバスはその中の前衛、オーラン小隊長の隊に入り、細かい指示を仰ぎ行動致します。リールは衛生兵客分として部隊中央、ヴィルハルト将軍の近くに配置し、兵士が負傷した際、そこで魔法による治療を行います」
クレイは目を覚ました後にリールとブレイバスに聞いた情報を復唱した。するとヴィルハルトは満足そうにもう一度髪をかきあげると、口を開いた。
「フッ 問題ないようだな。安心したよ。君たちの戦いには期待している。では共に行こうか フッ」
そうしてお偉いさんと共に集合場所に姿を現せた三人は、他の兵士から一気に注目を浴びた。
◇◇◇◇◇
早朝ボルズブ山脈に向けて出発した【双竜】の部隊は、一日夜営を挟んで翌日の昼に、山脈の麓まで進軍していた。
涼しい朝とは違い昼の日差しが密集する部隊を照り付ける。
「では、基本は頭に入れたな?」
進軍しながら小隊長であるオーランが、情報共有の出来なかったクレイたちに、詳細を説明していた。
「はい、問題ありません」
「はい! 多分問題ねえっす!」
返事をする二人。それを見て一息つき、話題を変える。
「ところで二人は、いやリールを含めて三人か。孤児院出身なんだそうじゃないか。……言いたくないなら別に構わないが、どうしてファミリーネームがあるんだい?」
通常、孤児にはファミリーネームはない。名も分からない子供が拾われ、孤児になる事が多いからだ。ファーストネームも拾われた先でつけられることが多い。
「拾われる以前の記憶は曖昧なのですが、それでも名前は記憶にあったのです。それでそのまま名乗っています」
「俺はファーストネームしか覚えてなかったんで、ファミリーネームは自分で考えて名乗りました。カッコ良くなくないっすか? 『ブレイバス・ブレイサー』」
問いかけにそれぞれ答える二人。どちらにしてもそれほど拘りはなさそうだ。
オーランはハハッと笑うと否定も肯定もせず質問を続けた。
「魔法はどうやって身に着けたんだ? そもそも誰もが魔法を使えるようになるきっかけなんて千差万別だが」
自分と同僚を打ち破った魔法。そしてラムフェス王国最強の一人【黒竜】リガーヴを追い詰めた魔法。オーランの興味はそれにあった。
クレイとブレイバスは、孤児院の生活と自分達が魔法に目覚めた時の事を、頭の中で再現する。
「孤児院の先生が子供の魔法の才能を見極めるのが特技でして、僕らももちろんきっかけは様々ですが、先生に言われたこと試していたら身に付きました。ブレイバスなんて普通斬れる筈もない岩や木をひたすら斬り倒す練習させられ続けた結果、ある日目覚めた魔法が【破壊魔剣】ですから。結果として『斬る』じゃなくて『ぶっ壊して』いますけど」
「そういうお前は孤児院仲間が遊んでる時に、一人でお利口に本なんか読んでいやがって、『静かに読みたいから』っつって防音目的で目覚めたのが【結界障壁】だったか?」
突如、自分の例を出されてムッとし、クレイの例も嫌味っぽく話に割り込むブレイバス。
それに対しクレイはやれやれと肩をすくめ返した。
「違うよ。防音目的だけじゃなくて、君たちが騒いではしゃいで、何故かボールだの用具だのがコッチに飛んでくるんだ。それを防ぐのが目的」
「結局、原因ときっかけは一緒じゃねーか」
横目で睨むブレイバスの突っ込みには答えず、オーランに話を続けるクレイ。
「それで、魔法に目覚めてからは魔法を使ってチャンバラやちょっと本格的な試合、狩りなんかにも使うようになって、今現在ある程度は使いこなせるようになりました」
「無視すんじゃねーよ」
「そんなことしてたら、当然よくケガはするんですけど、さっき言った先生が凄い回復魔法の使い手で簡単にケガを治してくれるんです。ただ、それでも先生が傍にいなかったり、すぐには治せない時もあって……リールもそんな生活ずっと見てたから、あと先生に憧れていたから回復魔法に目覚めたんだと思います。」
そこまで話すと、オーランは感心するように顎に手を当てていた。
「ふむ。なるほどな。まあ何にせよ我々に勝った君たちだ。今回の進軍も期待しているよ。……さて、見えて来たな。ボルズブ山脈の入り口だ。ここからは猛獣の住処であり、既に目覚めているのであれば、標的の地烈悪魔ともいつ遭遇してもおかしくはない。気を引き締めていくぞ」
そこは木々が生い茂り、単独で侵入すれば二度と出られなくなりそうな樹海。入口に立つだけでひしひしと伝わる邪悪な気配が、『山自体が大口を開けた化け物であり馬鹿な獲物を歓迎している』。そんなようにも錯覚させた。