十四話 試合の後で
「クレイっ! ブレイバスっ!」
リールは叫んだ。
叩き落されて地面を激突したクレイ。大水に呑まれて吹っ飛ばされたブレイバス。駆け寄るとどちらも気を失っていた。
「フッ まさかお前が魔法を使う程とはな フッ」
「……」
ヴィルハルトの問いかけにリガーヴは答えない。
「フッ しかしそれより先にあの二人のことだな フッ」
話を変えると、ヴィルハルトが指示するより先にオーランとカイルが動いた。
「すぐに医務室に運びましょう! 我々がやります!」
「特にクレイは頭を強打している! 慎重に運ぶぞ!」
そう言って倒れている二人の下に駆け寄る。
一歩遅れて他の兵士数人も同じように駆け寄った。
「待って!」
リールがそれを制止する。
「それなら……【愛の癒し手】」
リールがクレイの頭を両手で抱きかかえて唱えた。淡い光がクレイの頭を包む。
「動かす前に、応急処置しないと……」
そう言われて兵士達は立ち止まった。兵士の中から「いいなぁ……」という呟きがもれた。
カイルがブレイバスのほうへ歩み寄り、マジマジと眺めてからリールに向かって喋る。
「コイツは外傷はないな。急なことに対応出来ずのびているだけのようだ。先に運んでおく」
一言そういうとカイルはブレイバスを片手で肩に担ぎ上げ、一足先に歩いていった。
またもリールの隣までいつの間にか距離をつめていたヴィルハルトが話しかけてきた。
「フッ 何度見ても素敵な魔法だ。ところで、その魔法は結構時間かかるのかな? フッ」
「はい、一応即効性のある回復魔法も使えるんですけど、まだ使いこなせてないって言うか……ちょっと危険なので……すみません、しばらくこうしてじっくり癒します。それから、クレイを医務室まで運ぶのお願いしてもいいですか?」
「フッ 謝ることではない。勿論、我々が責任を持って運ぶことを約束しよう フッ」
一呼吸おいてヴィルハルトが続ける。
「フッ それと、明日の悪魔討伐だが、君も一緒に来てくれたまえ。その魔法と健気な態度がきっと役に立つだろう。もっとも、目を覚ました二人が体調も良くやる気もあるようであれば、の話だがね フッ」
「……はいっ、ありがとうございます。初めからそのつもりです」
リールはキッパリとした意思でそういった。後ろから「おおっ!」と軽く歓声のような声が聞こえる。
「……将軍、本気ですか? 部外者を今回の任務に連れていくなんて……」
ヴィルハルトの案にオーランは信じられないように言った。
「フッ 本気だとも。基本的には危険を避けるために後衛にいてもらい、負傷者が出れば彼女に治療してもらう お前達もそのほうがいいだろう? フッ」
ヴィルハルトがそう言うと後衛の兵士何人かが力強く頷いた。
◇◇◇◇◇
クレイの応急処置が終わり、医務室に運ばれた後も、リールは【愛の癒し手】をかけていた。頭だけでなく身体を打ったであろう場所も出来るだけ万遍なくだ。
魔法も使用すれば体力や集中力を消費するため、疲れるとリール自身少し休憩を入れ、また魔法をかけ直す。といったことを繰り返していた。
そのローテーションを何度か繰り返したところで医務室の扉が開いた。
「おー、リール、お前もここにいたのか」
顔を出したのはブレイバスだった。大剣の他に何やらカゴを持ってそのままリールに近づいてきた。
「ブレイバス! 大丈夫だった?」
「あー、俺はな。俺と闘ってたおっさんいただろ? 目覚ましにあのおっさんに冷水ぶっかけられてな。俺は水かけられて倒れてたんだが、そこからの蘇生法も水ぶっかけるってどういうことなんだよ」
若干顔を渋く歪ませ答えるブレイバス。
「あははっ! カイルさん豪快だねっ!」
「おう。で、そのおっさんから聞いたんだが、クレイは結構ヤバそうらしいな。今、どんな様子だ?」
大水に呑まれたブレイバスと違い、クレイはリガーヴの一撃をまともに食らい、地面に叩きつけられたのだ。物理的ダメージはブレイバスの比ではない。
「んー、ずっと気を失ったまま。でも、お薬塗ったし私がずっと癒しているし大丈夫だと思うよ。ブレイバスとの喧嘩や野生動物狩りで倒れた時よりケガも少ないし」
しかしリールはさほど深刻ではなさそうに返した。そう、普段からこの程度の出来事は決して珍しくはないのだ。
「喧嘩じゃなくて訓練だっつってんだろ。……孤児院じゃあ大体先生が治しててくれたからなぁ。それで外傷はすぐ消えてたが、今は大丈夫なのか?」
ブレイバスもその事を承知のため、普段と変わらない調子で受け答えする。
「私もお父さんの子供ですーっ。これくらいなら大丈夫ですーっ」
「お前の魔法を疑ってるわけじゃねーよ。俺も何度もかけてもらってるしな。だが、明日までに治んのか? 『命に別状はないけど数日は安静に』って事じゃあ間に合わねえぞ?」
しかし孤児院と王都とでは状況や予定が違うため、そこだけは少し気にしていた。
「それは……ちょっと確証はないけどさ。どっちかというと『魔法受ける側』次第だし……」
そう言われて少し拗ねるように言うリール。ブレイバスは肩をすくめ空いているベッドに腰を掛けた。
「まぁ、最悪悪魔討伐参加は俺だけでもいいんだけどよ、おっさん達が『俺たち』と一緒に戦うのを楽しみにしてるようでな。リガーヴ将軍にはボッコボコにされたがアレでも健闘したほうらしい」
「みたいだねっ。ヴィルハルト将軍もちょっと感心してたよっ」
「ま、明日考えりゃいいか。リール、お前も疲れたろ! ほれ飯だ! 休憩しようぜ?」
そう言ってブレイバスは持っていたカゴをリールに渡した。
「わっ、ありがとう! でもどうしたのコレ」
「おっさんたちがくれた。『三人で食え』ってよ。一食分には少ねぇけどさ。まぁ俺たちも中々気に入られたようだな」
「えへへっ、そうみたいだねっ。じゃあクレイの分だけ残して置いて、お昼にしよっかっ」
リールがそう言ったとき、ちょうど正午を告げる教会の鐘が鳴り響いた。
◇◇◇◇◇
クレイが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
身体を起こし、辺りを見渡す。その部屋にはいくつものベッドが並べられており、隣のベッドではブレイバスがイビキをかいて寝ていた。窓からは光は差し込まず、部屋の明かりが煌煌と灯る。
起き上がった自分に気がついて、緑髪の見慣れた少女がこちらに歩いてきた。
「クレイっ、気がついた?」
心配そうに聞いてくる。返事をしようとすると頭に軽い痛みが走った。
意識を失う前の状況を思い出す。──そう、自分達は二人掛かりでリガーヴに試合で敗れ、気を失っていたのだ。そんな自分はここに運ばれたのだろう。
「リール……ああ、おはよう……」
そんな間の抜けた返事であったが、答えるとリールはホッとしたように肩の力を抜き、笑顔を向けた。
「おはよっ! よかった! ……でも怪我の具合はどう?」
聞かれて、クレイは軽く身体を動かし自分の状態を確認する。
「まあ、大丈夫。ちょっと頭痛と、あと身体の節々が少し痛いけど動けないほどじゃなさそうかな」
そこまで言って自分でも疑問に思った。あれだけ連続で剣を振るって魔法を使って、跳んで跳ねて受け身も取れずに撃ち落とされて、多少寝て起きたら身体の負担はこの程度なのか? と。
「これ、ひょっとしてリールが?」
「そう、私が結構頑張って癒してました! 感謝してねっ」
リールはむっふん、と胸を張ってそう言った。そして続ける。
「今やっと起きたくらいだから、やっぱり悪魔討伐参加なんて無理そうじゃない?」
「……今やっと?」
クレイが聞き返す。するとリールの口から予想外の答えが出てきた。
「クレイが倒れてからもう丸一日近くたつよー。もうすぐ夜明けなんだから」
よく見るとリールの目の下に軽い隈が出来ている。おそらく付きっきりに近い状態で【愛の癒し手】で看病してくれたのだろう。
────『フッ 出発は明日の早朝だ。これから1時間後にその打ち合わせをする。それまで休憩をとっていたまえ フッ』
ふとヴィルハルトの言葉を思い出す。
「今から2時間後にはもう部隊集まって、出発しちゃうんだってさ」
自分の不甲斐なさとそれらの事実に、クレイは頭を抱えてたっぷり凹んで、そしてしっかりリールに謝った。