十三話 VSリガーヴ・ラズセール
ヴィルハルトが胸元から一輪の白薔薇を取り出した。常備しているのだろうか。
「フッ この薔薇はコイン代わりだ。こいつが地面に付いた時、それが開始の合図となる フッ」
言葉と主に白薔薇を大きく山なりに放り投げる。
薔薇は大きく弧を描き、多少風に流されながらも地面に落ちた。
しかし三人は全く動かない。一筋の風が、どこか悲しげに吹いた。
クレイとブレイバスはリガーヴの様子をうかがっている。と言うよりクレイは『王国最強の将軍』を相手に、そしてその男の覇気を纏ったその姿に、わずかではあるが腰が引けてしまっていた。
先ほどはハンデに不満そうだったブレイバスも、武器を持ち相手と向かい合ってその認識を改めたようだ。
リガーヴのほうは三人の中で最も長い棍を構え、こちらがどう来ようが、行動を見てから対処するつもりでいるのだろう。
ちなみにヴィルハルトも何故か薔薇を放った際のポーズと表情のままピクリとも動かない。
「……クレイ、連携1でいくぞ」
ブレイバスがクレイに話しかけ、クレイは頷く。
リガーヴにも聞こえている距離だが相手の反応には変化はない。
「【破壊魔剣】!!」
ブレイバスが唱え、大剣が黒い氣で覆われる。そして勢いよく、やや右からリガーヴへ突進していった。
その隣でクレイが長剣の切っ先の背に左手を添え、叫ぶ。
「【結界光刃】!」
疑似衝撃波がリガーヴへ向かって放たれる。放出が終わるや否やクレイもまたすぐに、ブレイバスとは逆サイドからリガーヴへ斬りかかった。
ブレイバスと【結界光刃】による同時攻撃、更にそのワンテンポ遅れてからのクレイ自身の追撃である。リガーヴからすれば三方向からの同時攻撃を受けることに近い。二人が食事のための狩りで猛獣などを相手にするときによく行う連携であった。
初見のその連携攻撃に対してリガーヴは、ブレイバスに標的を絞った。
ブレイバスから迫る横薙ぎが自身に届く前に、それを遥かに上回る速度で棍による突きを繰り出しブレイバスを吹っ飛ばした。
ほぼ同時に来る【結界光刃】はそのまま鎧で受ける。疑似衝撃波はわずかな傷を鎧に付け、粉々に砕けた。先ほどのクレイとオーランの闘いで、【結界光刃】にさほど威力が無いことを見切っていたのだろう。
ブレイバスのほうへ身体を向けたため、クレイの斬撃は横から受けることになる。
しかし僅かに身体を右に向け、突きで伸びきった腕を瞬時に方向転換し右へ払った。遠心力の乗った棍がクレイを薙ぎ払う。
クレイは斬撃を繰り出す予定の剣を、棍に対する盾として使用することに切り替えギリギリでそれを受ける。
が、それでもその一撃の衝撃には耐え切れず、衝撃を逃がすために左へ跳んだことも合わせ、数メートル吹き飛ばされた。
「ぐ……!」
みぞおち辺りに思いっきり突きを食らって吹っ飛んだブレイバスが何とか起き上がる。防具が無ければそれだけで死んでいたかもしれない。
クレイもすぐに体制を直し長剣を構えなおした。
結果として、丁度クレイとブレイバスで挟み撃ちをするような形にはなっているが、たった今実力差に触れた二人にはそれが有利な状況とは思えるはずがない。
「ブレイバスっ! クレイっ!」
リールが思わず声をあげる。しかしまだ闘いは終わっていない。駆け寄ることもできずリールはただ、声をあげることしか出来なかった。
「フッ 今のを堪えたか フッ」
いつの間かヴィルハルトがリールの隣に立っていた。
二人掛かりの連携を簡単に打ち破られた二人を悪く見るどころか、『リガーヴに迎撃されてまだ敗北していない』事に感心しているようだった。
「あのっ、ブレイバス今、一本取られたように見えたけど、それで終わりじゃないんですか?」
リールはヴィルハルトに話しかける。
軽くあしらわれ大ケガをする寸前だったな二人を見て、もう止めてほしい気持ちなのだろう。
「フッ 今回は特にルールは設けていないからな。三人が誰も文句を口にしないのなら、良いのだろう フッ」
しかしそんな想いも届かず帰ってきたのは無情な返事。
場の三人を見ても、やはりまだやる気のようである。
「ブレイバス! 連携4だ!」
クレイが叫んだ。そして長剣を上段で両手持ちし、やや距離が離れている地点から、高く跳躍しながらリガーヴへ斬りかかる。
リガーヴはクレイの方へ踏み込み、迎撃を試みた。挟み撃ちにされようが先に一方を倒してしまえばいい、という考えだろう。
事実、クレイ達とリガーヴでは身体能力だけでも段違いな差がある。リガーヴにとってこの状況は、各個撃破しやすいように戦力が分散しているだけに過ぎない。
リガーヴが棍を振る瞬間に、空中でクレイは叫んだ。
「【結界飛翔】!」
クレイの靴底から半透明の板が現れる。認識しづらい色なのも合わせて殆ど見えない小さな魔法板。それは出現した場所に空中で静止し、つまりそのまま足場になる。
クレイはその足場を踏み砕きつつ、更に跳び上がった。周りからはクレイが空中ジャンプをしたように見えるだろう。仮にこれが曲芸であったならば多くの者を魅了する鮮やかな空中宙返り。
変則的な動きにリガーヴの棍は標的を捉えられず空を切った。
そのリガーヴの背後で、ブレイバスはすでに行動していた。【破壊魔剣】を纏った大剣を地面に突き差しており、振り上げると同時に叫ぶ。
「【破壊散弾】!!」
瞬く間に地面の破片が次々とリガーヴを襲う。
リガーヴは何発かはもらいつつも身体を反転させながらブレイバスから距離をとるように移動し、迫り続ける散弾を棍で捌き始める。
ブレイバスは【破壊散弾】の後を追うようにリガーヴに斬りかかる。散弾を捌き切りつつあるリガーヴはブレイバス迎撃のための構えを取った。
────空中宙返りをしたクレイが再び叫ぶ。
「【結界飛翔】ッ!」
────クレイは宙返り中、丁度頭と足が逆さまになっている状態で、再び魔力板を足元に生み出した。そしてそれを踏み砕く事で、リガーヴの方へ『急降下』した!
散弾を捌いたばかりの完全ではない姿勢で、正面からのブレイバスの斬撃、空中からクレイの捨て身の突きによる波状攻撃である。
続けざまに完全に不意をついてくる変則的かつ立体的な動きは、身体能力で大きく上回るリガーヴといえど、最初のようには対処出来ない。
(殺った!)
(コイツは棍一本じゃあ捌ききれねぇッ!)
クレイとブレイバスは胸中叫んだ。そんな心の声が聞こえたわけではないが、リガーヴもまたそれを認めていた。
────棍一本では捌ききれない事を。
「【全てを飲み込む黒】」
リガーヴがそう呟いた。次の瞬間、リガーヴの前に黒い靄が現れたかと思うと、その靄から大量の水が勢い良く発射された!
「っわ! ぶッ……!」
その水は瞬時にブレイバスを飲み込む。そして上空から迫るクレイは、蚊トンボのように棍で撃ち落とされた。




