十二話 資格と戯れ
歓声が静まる頃、ブレイバスとカイルは試合終わりの一礼を行う。そしてブレイバスはそのままクレイとリールのいる方へ歩いていった。
開いた右手を頭上まで上げ、近づいてくるブレイバスを待つクレイ。ブレイバスはクレイの横まで来ると同じように手を広げ、ハイタッチした。
「やったな! ブレイバス!」
「当然だろ? てかオメーも涼しい顔して勝ってんじゃねーか、クレイ」
「二人ともおめでとーっ!」
三人が喜びを分かち合うように話していると、どこからともなく特徴的な声が聞こえた。
「フッ この試合、一部始終見させてもらった フッ」
その聞き覚えのある声にクレイら三人は周囲を見渡す。しかし声の主はどこにもいない。
声がした後、歓声は完全になくなった。代わりに周りの兵士たちは苦笑いを浮かべ、どこかやるせない顔をしている。
「ヴィルハルト将軍?」
クレイは声の主に呼びかけた。
声がどこから聞こえてくるのか分からない。近い距離ではあるので兵士達の後ろや物陰など、その場から見える限りでくまなく探すが一向に見つからない。
「どこにいるんすか?」
ブレイバスも同じ心情のようだ。キョロキョロと周囲を観察している。
二人の問いかけに声の主は答えた。
「フッ 私がどこにいるか、だって? それは……」
そこで声が途切れ、沈黙が辺りを支配する。
相手から姿を現す前に場所を見つけようと、小さなプライドにかけてクレイは辺りの観察を続けた。
自分のいる位置からは見えない角度にいるのかと考え、数歩歩いて見渡すがそれでも見つからない。『近くにいる』と言う分析が間違っているとも考え、やや離れた辺りにも視野を広げる。しかしやはり一向に見つからない。
躍起になる頃に声の続きが響いた。
「ここだぁッ!! …… フッ」
その『ここだぁッ』のタイミングでクレイから数十センチ手前の地面から、白い何かが噴き出した。
その白い物体は、液体のようなそれでいて固体のような物だった。
しかしそれがどのような物か確認する暇もなく人の形を成していき、『フッ』を言い終わる頃には、右手で顔半分を覆い、左手は真っ直ぐ横に伸ばし、腰は何やら不自然に90度程回している、要は格好をつけたようで気持ち悪いポーズを決めたヴィルハルトが立っていた。
クレイは悲鳴をあげる間もなく尻餅をついた。コレでこの男に倒されるのは2回目である。
少し遠巻きから見ていた2人、リールは口を押え絶句し、ブレイバスは大剣を構えて臨戦体系に入っている。
「フッ 見事だよ二人共。まさか我ら【双竜】が誇る精鋭二人を、それぞれ単身でこうも簡単に打ち破るとは思わなかった フッ」
異なる対応を取る3人のことなど気にする様子もなく、ポーズを解きパチパチと拍手をしながら賞賛を送るヴィルハルト。兵士たちは微妙に目をそらし半笑いを浮かべている。リガーヴも素知らぬ顔だ。
「フッ では手続きも完了した所だし、約束通り君たちの悪魔討伐参加を許可しよう フッ」
『手続き』とは、要はこの試合の事だったのだろう。事前に一言もそれは言わず、飄々と言ってのけたヴィルハルトに、クレイは軽く嫌悪感を持った。
ヴィルハルトは倒れているクレイに手を差し伸べる。
前回は失礼に当たらないようにその手を受け取らずに立ち上がったクレイであったが、今度はまた違う理由で手を取らず立ち上がった。
「はい、どうも……」
なんともぎこちない返事で返すクレイ。ブレイバスは、突如出てきたソレが敵意あるものでない、とようやく判断し剣を下ろす。
「フッ 出発は明日の早朝だ。これから1時間後にその打ち合わせをする。それまで休憩をとっていたまえ フッ」
そう言ってヴィルハルトは踵を返し歩いていく。
しかし、ある程度歩いたところで急に立ち止まった。
「フッ …… フッ」
その様子が気になりそちらに目を向けるクレイら3人。いや、よく見るとその場の全員がヴィルハルトのほうを向いている。そして何人かは苦い顔をしている。丁度昨日のブレイバスの秘策にクレイが向けた様な顔だ。
「フッ クレイ! ブレイバス! …… フッ」
後ろを向いたまま突如2人の名を呼ぶヴィルハルト。訳も分からずとりあえず返事をする。
「はい」
「なんでっしょ?」
クルリと振り返り、相変わらず笑顔のまま、いや何故かいっそう笑顔になったヴィルハルトは話す。
「フッ 先程の戦いぶり、本当に見事だった フッ」
「……はい、ありがとうございます」
何故か先ほどと変わらない、賞賛を復唱するような事を言ってくるヴィルハルトになにか妙な警戒心を覚えるクレイ。
相手と周りの反応で大体わかってきた。この男が何かを思いつく時は、きっとロクなことではないのだ。
「フッ しかし兵士でもない少年二人に、我ら騎士が完敗したとあってはこちらとしても君たちに相応の態度が示せない フッ」
「……」
ヴィルハルトのその言葉に、沈黙を守ったままのリガーヴが少し、ほんの少しだけだが顔をしかめる様子をクレイは見逃さなかった。
「フッ そこでだ、今から君たち二人でそこのリガーヴと試合をしてもらおうと思うのだが、どうだろう フッ」
その案に周囲がどよめく。
────【黒竜】リガーヴ・ラズセール。ヴィルハルトの双子の弟にしてヴィルハルトと並ぶラムフェス最強の【竜聖十将軍】の一人。
「いいっすよ」
両手を後頭部に回しながらに間髪入れず答えるブレイバス。それに対し少し睨むクレイ。
「でも、『二人で』ってのはどう言う事っす? ニ対一の試合ってことっすか?」
『やるのならば一対一で』そう思った発言だろう。しかしヴィルハルトの返事は予想を裏切るものになる。
「フッ その通りだ。しかしそれだけではハンデは足りない。君たちは愛用の武器を使いたまえ。勿論魔法も自由に使っていいぞ。……そしてリガーヴ、お前はこれを フッ」
そう言うとどこから取り出したのか一本の棍をリガーヴに向かって、思いっきり遠投した! ちなみに投げる際にもまたさっきとは別の、しかし一段と気持ち悪いポーズをとっている。
高速で顔面に向かって放たれる棍を、リガーヴは何事もなかったように片手で捕らえた。
そしてその棍を持ち直すと、クレイ達の方へ無言で歩みを寄せてくる。その姿には覇気が漲っていた。……完全にやる気のようだ。
「……」
クレイは、自身は了承していない試合に若干苛立ちを覚えながらも覚悟を決める。ブレイバスは重なるハンデに不満そうだがそれは口に出さず大剣を構えた。
「ええ~……」
一人リールが不安そうな声をあげる。外野は誰もが同じ気持ちでありながら誰も口にできない。
その日、最後の試合が行われようとしていた。




