四話 地鉄人領地への再進軍
翌日、地鉄人種族が暮らすという鉱山へ再び隊を率いて赴く事になったユニバール軍。
その指揮を取るのは前回同様ユニバール四天将軍筆頭、【要塞将軍】グレアー・ボルドエンド。
前回の会談では説得に失敗したが、だからといってグレアー自身が種族に嫌われてしまったわけではない。悪戯に中心となる人物を変える理由もなく、再びユニバール最強の将軍として地鉄人の下へ顔を出す事となったのだ。
しかし前回とは細かい顔ブレは若干異なっている。その中に選ばれたのが、
「そう言えば筋翼人さん達が住んでいる所も鉱山だったねークレイ。もう崖から落ちたりしないでねー」
「もう半年も前の事言わないでよリール。あの時は確かにちょっと不注意だったかな」
前日の会議でも名前が挙がったクレイとリールである。
二人は軍に入ってから十分な月日が経ったとは言えないが、それでも筋翼人説得の実績と騎士としての確かな実力、そして普段からの真面目な態度と当たりの良い人柄が合わさり誰もが一目を置いている。
しかし、クレイには今回の説得に懸念があった。
(グレアー将軍は僕らに期待していると言ってくださった。実際以前の筋翼人との交友を築く際にはリールの力は非常に役に立ったと聞いている)
そこでクレイはリールの方をチラリを見た。
戦に行くわけでもないためか、可愛らしくも緊張感のかけた蒼い瞳がキョトンとこちらを見返している。
「リール、ちなみに地鉄人種族の説得に当たって何か考えはある?」
「え? いや特になにも? 実際会ってみない事にはなんとも」
「うん、それはそうなんだけどさ……」
そこでクレイは同意しながらもため息を吐いた。
(筋翼人の時はリールの癒しの魔法が役に立った。でもそれはたまたま予想外に筋翼人と交戦になってしまっただけで、今回も勿論地鉄人と喧嘩しにいくわけじゃない。そしてリールには悪いけど、リールの話術が説得に役立つとはあまり思えないし、必死に考えを巡らせている様子もない)
クレイは歩きながらも考えこむ。
(グレアー将軍は前回断られて、今回も大きな策を持って足を運んでいるわけじゃない。僕らに期待しているとは言いつつも、精々何度も顔を合わせる事で少しずつ親睦を深めていこうといった程度の考えだろう)
腕を組み、目を閉じながら更に思考を深めていく。
(しかしラムフェスがいつどう動くかわからない今、一種族に対して悠長に時間を使っている暇はあるのだろうか? だいたい同盟ってものは組んだら終わりじゃない。所属も違えばそこから本当にわかり合うのにもっと時間がかかるはずだ。 ……出来る事なら今回地鉄人の同盟参加を決定させてしまいたいけど……それってつまり、僕が何か策を考えなきゃならないって事なんだよね)
「クレイ……クレイってば!」
その声に気がつき、クレイは目を開いた。
目を閉じて歩いていたからといって別に進路が逸れたわけでも何かに躓きそうになったわけでもない。
「もー、ちゃんと前向いて歩かないと危ないよ! 一人で抱え込む時のクレイの悪い癖っ!」
「あぁごめんごめん……」
リールの何気ない言葉にクレイは少し反応する。
自分がリールの性格を知っているように、自分の細かい癖もリールはキチンと把握している。それでいてリールはクレイが考えている内容を聞いても来ない。
単にクレイの考え事にさほど興味がないか────
(もしくは僕が何を考えているか予想した上で聞いてこないか、か)
クレイの予想は当たっていた。
そしてその理由は、思考を放棄しているわけでも相談がない事に拗ねているわけでもない。
リールは『自分がアレコレ作戦を考えて周りをかき乱すするよりも、作戦はクレイが考えて自分はそのプラン通りに動いた方が良い』と結論づけているのだ。
(私に出来る事は限られているけど、その出来る事をどんな時でも100%こなせるようにしとかないとねー。クレイは私やブレイバスよりも頭回るし、それでいて思い切った行動取る事もあるから足引っ張らないようにしなきゃ)
(────と、リールが考えているとするなら、う~んありがたい事だけどプレッシャーが圧し掛かるなぁ。……泣き言言っても仕方ないか)
考えながら頭をかくクレイの目の前に突如カップが付きつけられる。
「はい、クレイお茶」
カップを渡してきたのは勿論隣のリール。
普段飲みなれた、クレイが気分を変えたいときに好んで飲む物だった。
「ん、あぁ、ありがとう……」
受け取りながらもクレイはリールの気遣いと思考に感心する。
リールには大局を読む力はない。しかし、クレイの思考の段階を読む力はあるようだ。
(確かに、無駄なわからない事をあれこれ考えるよりも、一度切り替えて物事取り組んだ方がいいかもね)
そんな中、部隊前方から声が上がった。
「前方上方異常あり! 警戒しろ!」
その声に、クレイの周囲の兵士たちは臨戦体形に入り上空を見上げる。
(前方……上方?)
クレイも同じように長剣の柄に手を添えつつ顔を上に向けると、その眼に青空の一部がぐにゃりと歪む様が映りこんだ。




