三話 妖精人と地鉄人
焦げ茶色の長髪をなびかせ凛とした表情で、それでいて厳つさも潜ませる男。
先ほど訓練試合の審判を務め、クレイ達の上司でもある【四天将軍】の一人【忠真騎士】ジークアッド・フリージアル。
この男に連れられ、クレイ、ブレイバス、リールの三人は会議室に辿り着く。
その中で待っていたのは自分達と同位以上の何人もの騎士達。
「遅くなって済まない。【忠真騎士】ジークアッド・フリージアル、ただいま遅参した」
『遅くなった』とは言っているが時間ギリギリには間に合っている。
当然それを咎める者など誰もおらず、クレイ達は指定の場所に着席した。
すると初老に近い歳の、それでいて鍛え抜かれた身体が良くわかる髭面の男が前に出る。
「皆集まったようだな。それではこのワシ【要塞将軍】グレアー・ボルドエンドが司会を務めさせていただく」
【要塞将軍】グレアー・ボルドエンド。
ジークアッドと共にユニバール王国【四天将軍】の一人にして、その筆頭を務める名実共にユニバール最強の男。
「今回の集まって貰ったのは他でもない。ワシと、そちらのシェラ将軍が行った亜人種説得の内容の共有とこれからの予定について、だ」
グレアーの言葉に、赤髪の女騎士が軽く会釈をする。
【灼銅戦乙女】シェラ・ウィンザリア。
こちらも【四天将軍】の一角にしてその中で唯一の女性。燃える様な赤髪と非常に整った顔立ちは、その一挙一動が周囲の視線を奪う。騎士団内外問わずファンが多いようだ。
「まずはワシが行った地鉄人種族について。……結果から言うと説得には失敗した。地鉄人は知っての通り、我々ユニバールとは比較的友好的な種族。『ラムフェス帝国に対抗すべく同盟』という話自体は悪くない感触じゃった」
────『地鉄人』。
このユニバール大陸の南方の鉱山に住む種族の一つ。
人間と比べ、身長は半分程度であり肌は色黒。俊敏な者は少ないが非常に力が強い。
また岩や木々など山の材料を使い、武具や家々等の道具を製作する技術に長けている。
同じく鉱山に住む有翼人種である筋翼人のように高さを活かした生活をするのではなく、鉱山の所々にある、もしくは自分達で掘った洞窟内部に街を造り、特別な用がない者は人生の大半をその中で過ごす。
「じゃが、その具体的な内容が不味かった。『近隣全種族で手を取り合って解決していくべき問題』とワシが発した時、相手の目の色が変わり、こう聞き返してきたわい『それは妖精人もふくめてか?』、と」
グレアーは頭をかきながら、更に口を開く。
「地鉄人と妖精人は種族単位で仲が良くない。それはワシも前知識として知っている。だが、互いに信頼を得るためには嘘をいう訳には言かん。……ワシが『その通りだ』と答えると態度は一変。その後こちらがどう言おうと『妖精人とは手を組めん』の一点張りだ……のちに他の地鉄人から話を聞いたら、最近地鉄人の子供が一人行方不明になったそうだ。そしてその者の話だと、その子を最後に見た時、妖精人と一緒にいたらしい。……元々中の悪い種族同士で問題が起こった事が合わさり、余計に神経質になっているようじゃ」
ここまで話すと、グレアーはシェラの方へ視線を移した。
「ワシはここまでじゃ。……シェラ、そちらを頼む」
グレアーの言葉に、今度はシェラが立ち上がり前にでた。グレアーはそんなシェラと入れ替わるように席に戻っていく。
先ほどグレアーが立っていた位置にまでシェラが来ると、同じように場の全員に向けて話を始めた。
「では私が行った妖精人の説得について報告致します」
────『妖精人』。
大陸南西に位置する森に住まう種族の一つ。
人間と比べ、細身の者が多く肌は色白。男女問わず非常に整った顔立ちの者が多い。
また大陸でもまだまだ研究が進んでいない特別な力『魔法』にもっとも秀でている種族であり、人間で魔法が使える者は全体の一割弱、その他多くの亜人種はそれ以下なのに対し、妖精人は実に全体の半数近くが何らかの魔法を行使すると言われている。
「……とは言いましても、内容としてはグレアー将軍の報告とおおよそ……いやほぼ全てが同じとなります」
その言葉に、周囲が少し騒めいた。
異なる種族への説得へそれぞれの部隊が向かった。結果的に二部隊ともそれに失敗した。
そこまではいい。しかしシェラは敢えて強調したのだ。『ほぼ全てが同じ』、と。
その言葉に、シェラ達と同位の立場にあるジークアッドがつい口を開く。
「どういう事だ?」
「……ええ、私達が向かった説得任務の内容はこうです。『ラムフェス帝国に対抗すべく同盟』という話に対しては妖精人も好意的でした。しかしその後、『地鉄人とは手は組めない。ましてやつい最近妖精人の子供が行方不明にり、その犯人が地鉄人ではないかという噂が出ている』という理由の下、同盟を断られています」
『グレアー将軍の報告とほぼ同じ』。
シェラが発したこの表現はピッタリだろう。『妖精人』『地鉄人』の単語を入れ替えただけで他は何も変わっていないのだ。
この会議は今回の任務結果を共有するためのものだが、グレアーとシェラだけは予め互いの結果を話し合っていたようである。シェラの言葉に周囲は騒めきを増したが、互いの結果を聞いても特に驚く様子はない。
そして更にシェラは続けた。
「これらの結果から仮説を立てました。『何者かが妖精人、地鉄人、両種族間の確執を利用し現状以上に仲違いさせる事により、意図的に陥れ混乱を招こうとしている』もしくは『我々ユニバール王国が掲げる異種族結束を妨げようとしている』」
その言葉に周囲は更に騒めきながら、それでも納得するかのような声を上げている。
そこでグレアーが再び立ち上がり、シェラに代わって口を開いた。
「地鉄人、妖精人、両種族の力は絶大だ。彼らの得意分野では我ら人間は足元にも及ばん。ラムフェス帝国の脅威が予想される中、彼らを同盟に加えられるかどうかは極めて重要な要素となる。その為我らは仮説を元に、裏で陰謀しているだろう何者かの正体を突き止めねばならん」
そこでグレアーは、数いる優秀な騎士達でクレイ達三人に視線を向けた。
「クレイ、ブレイバス、リール」
「……はっ!」
「はい!」
「え? あ、はいっ!」
突然の呼びかけに多少戸惑いを感じながらも返事を返す三人。
グレアーは真剣な目をしながら言葉を続けた。
「筋翼人と同盟を結ぶ際の最大功労者であり、夜狼人とも友好を築いたというお主らの力が要になると考えている。……期待しているぞ」




