二十五話 両勇相打つ
ラムフェスとの戦いが始まり真っすぐこちらに向かってくるザガロスを見て、ジークアッドもまた長剣を掲げ相手を迎え撃つべく臨戦体形に入った。
「【竜聖十将軍】、相手にとって不足なし! わが剣を受けてみよッ! 【王道聖剣】!!」
掛け声と共にジークアッドの持つ剣が眩い光を放ち周囲で見る者を圧倒する。その魔法が放たれると同時にユニバール軍の指揮も高まり一気に乱戦が始まった。
「それがテメェの魔法かッ! こけおどしじゃねえか試してやるよッ!!」
一方ザガロスも超大剣を片手で持ちながらジークアッドの方へ踏み込む。
ジークアッドとザガロスの距離は数メートルは楽に離れており、斬り合うにはまだ遠い間合いである。────はずだった。
しかし、巨漢のザガロスの一歩の踏み込みは常人の倍は誇り、長太い腕から放たれる冗長な大剣の間合いは、常識の範囲をはるかに上回り、その斬撃は瞬時にジークアッドの眼前まで迫る事となる。
更に巨大な塊が殺意を持って目の前から襲い掛かってくるというプレッシャーも加わり、通常であればこの一撃で勝負がついてしまうことも多い。
が、ジークアッドはその間合いをギリギリで見切り、大剣の斜め振り下ろしの一撃を紙一重で回避する事に成功する。
「お?」
思わず呆けた声を漏らすザガロス。
ジークアッドはすぐさま振り切ったザガロスの腕に照準を合わせ、岩石大蠍をも斬り裂いた必殺の【王道聖剣】でザガロスの巨大な腕に渾身の斬撃を放つ。その一撃はザガロスの防具を見事に斬り裂き、そのまま相手の腕にも届く! ────が、
「……なにぃ?」
相手の腕を斬り落とさんばかりに放ったはずの一撃は、ザガロスの腕の部分で止まった。
「フンッ!」
ザガロスはすぐに腕を豪快に引き、接触しているジークアッドの長剣をはじきながら体勢を立て直す。
再び間合いを開ける事となったジークアッドは、剣を構えながら相手を腕を睨むように見つめた。
(防具は確かに打ち破る事が出来た。それなのになぜ私の【王道聖剣】がヤツの腕にはまるで効いていない? ……防具で衝撃を抑えられすぎたか?)
間合いは離れたとはいってもザガロスからは再び一歩で詰められる距離。
神経は最大限に張りながらジークアッドは観察を続ける。
(奴の鎧……蛮族が纏うような雑な形だ。トゲの付いた肩の下も横腹の部分も覆われていない……狙うならば……)
そこまで思考した所で、ザガロスが動いた。大剣を持ったまま右手をやや後ろに引き、
「そらァッ!!」
────あろうことか、その大剣をジークアッドの方へ投げた。
「うおぉ!?」
回転しながら迫る超大剣はまさに全てを刈り取る死神の旋風。
予想できなかったその広範囲攻撃を、ジークアッドは体勢を崩しながらギリギリで回避する事に成功する。
「ハッハーッ!」
体勢が崩れたジークアッドを見て、左手を背中に回し担いでいたもう一つの武器、先ほど投げた超大剣と変わらない大きさの戦斧を握りしめる。
そして先ほどと同じく一歩で間合いを詰め、今度は胴体を真っ二つにするような軌道で戦斧を真横に振り回した。
「ぐ……」
ジークアッドはそこで崩れた体勢を無理に戻そうとせず、身を屈める事でその一撃を回避する。
そしてその低い姿勢のまま相手の懐に入り、今度はザガロスの横腹に【王道聖剣】を直撃させた!
先ほどの腕への一撃とは違い、防具で覆われていない脇腹への一撃! 今度こそジークアッドは勝利を確信する。
「……な?」
しかし、その一撃もまたザガロスの腹の部分でピタリと止まる事となる。
驚愕するジークアッドにニヤリと笑みを見せると、ザガロスは不用意に懐に潜り込んできた相手に鉄柱のような脚で強烈な蹴りをお見舞いした。
「ぐほッ!!」
叫び声と共にジークアッドは高く宙を舞った。
それにより【王道聖剣】の光も長剣から消え、周囲のユニバール兵にもわずかに動揺が伝染する。一瞬の油断が命取りとなる乱戦で複数のユニバール兵の動きがわずかに鈍った事で、形勢はラムフェス側に傾く。
「ぐぬぅ……!」
宙を舞い地を転がったジークアッドであったが即座に自身に起こった事を把握し、長剣を杖代わりにしながら振るえる足を無理やり立たせた。
「なんだぁ? もう終わりかぁ?」
再び間合いを開ける事となったザガロスを、ジークアッドは口から血を流しながらも睨みつける。
相手のつまらなさそうな顔に憤りを感じながら、それでも冷静に視線をザガロスの横腹に移した。
(先ほどと同じだ! ヤツの防御力、鎧の有無は関係ないのか……? 当たった感触は確かにあった、ヤツの魔法はまだ見ていない……防御魔法の類か……?)
疑問がジークアッドの頭にあふれるが、それでもすぐに細かい考えは消した。
ジークアッドとザガロスは隊を束ねる者として、非常に似ている部分がある。それは互いに、『自らが最前線に立ち先陣を切る事で隊全体を鼓舞するタイプの指揮官』である事だ。
相手の防御力のカラクリがわかった所で、傷ついた自分が取れる行動は限られている。そして一挙一動がダイレクトに指揮全体に影響をもたらす以上、『退く』という選択肢は含まれない。
(ならば、力の限り戦うまでッ!)
ジークアッドは杖代わりの長剣の切っ先を空に向け、視線も天を仰ぐように真っすぐ空を見上げながら、声を絞り出すように叫んだ。
「【王道聖剣】!!」
空高く掲げられたジークアッドの長剣は再び眩い光を放ち、自身の存在を大きくアピールする。
そしてもう一度ザガロスの方へ向き直り、
「おおおおおおおおおぉッ!!」
輝く長剣を手にしながら、咆哮と共に真っすぐ相手のほうへ駆けた。
先ほどのような読みや戦術などを一切含まない直線的な攻撃。だが一切の迷いの含まないその突進は、手負いの獣のように猛るその一撃は、今まで以上の威力と威圧を発揮する!
「あーあ、思ったよりつまんなかったな」
そんな決死の覚悟のジークアッドの気持ちになど全く関心を示さず、ザガロスはもう一度戦斧を振るった。
────聖剣は粉砕され、【忠真騎士】はもう一度宙を舞った。




