十話 ＶＳオーラン・タクトミス
「形式は一対一。相手を戦闘不能にするか降参させるかしたほうが勝利だ。以上」
極めて単純なルールだった。
用意されたのは城の訓練用であろう木剣。とはいえ当たり所が悪ければ大怪我をすることだってある。下手するとこの戯れで悪魔討伐に参加出来なくなる可能性もあるだろう。この男もなかなか無茶苦茶だ。
(それでいいのか？)
クレイは胸中呟いた。
しかしその雑念はすぐに消し、意識を目の前の相手に向けなおす。
相手は自分よりやや背が高いが、同じく中肉中背の剣士。こちらが通常の長剣サイズの木剣に対し、相手はそれよりも細身の突剣に近い形状の木剣を手にしている。おそらく『斬撃』よりも『突き』が得意なのだろう。
試合とはいえ大怪我しても不思議ではない内容ではある。相手の視線も真剣なものだ。
しかし、やはりあくまで『試合』なのだろう。特別な殺気は感じない。
「オーラン・タクトミスだ。────いざ」
「クレイ・エルファンです。────尋常に」
お互い名乗り、剣を構える。そこにリガーヴが号令をあげた。
「始めッ！！」
先に切り出してきたのはオーランである。
クレイの予想通り、初撃は突きだった。クレイはそれを自身の木剣で捌き、反撃に出ようと右手に力を込める。
しかし、相手が剣を引く速度はクレイが想像していたものより早く反撃を躊躇ってしまった。いや、事実ここで剣を振るったところで今度はこちらが剣を捌かれ隙をつくってしまっていただろう。
(速い……！ けど対応できない速度じゃない！)
剣を引いたオーランは再び突きを行う。クレイはまずは防御に徹することにした。オーランはその様子を引け腰ととったのか、連撃の勢いを激しくする。
斬撃を混じえながらも、やはり『突き』を主体とした動き。剣術において相手を殺傷する最速最短の動き。歴戦の戦士であり、おそらく隊の中でも上位に位置する実力者なのだろう。
しかしクレイはそのラッシュを全て同じように捌いていく。いや、一手毎に確実に上手く捌くようになっていた。
つまり、それはオーランの攻撃を『見切った』事を意味していた。オーランもそれを理解したのだろう。表情が強張る。
相手は全力でこちらを相手している。
が、それでもこちらは初対面の少年であるため、心のどこかでブレーキがかかっているのだろう。そのような『心の乗り切らない剣』など、普段ブレイバス達、孤児院の仲間とじゃれ合いながらも死と隣り合わせで戦ってきたクレイには十分見切れるものだった。
木剣が空を切る音、捌かれる音が響き渡る。高速の動きで、相手の急所を含む隙を狙いながらお互い一歩も引かない攻防。
周囲から「おお……！」と感心するような声が漏れる。
相手のやや大ぶりな突きのタイミングでクレイはその突きを左にかわす。それと同時に相手の剣を側面から思いっきり弾いた。
オーランの体勢が崩れる。後は剣を突きつけて終わりだ。
────クレイがそう思った時、オーランの剣を持っていないほうの左手がおかしな動きを見せる。指を開き手の平をこちらに向けていた。
その意味を理解したクレイは胸中舌打ちをする。
(誘われていた！？ これは────照準だ！)
「【流星炎槍】！」
クレイは身をよじり、自分を襲うであろうそれの回避を試みた。
オーランの左手から火球が勢いよく発射され、一瞬前まで自分の胸があった位置を通り過ぎた。熱風が頬と横腹を撫でていくのを感じる。
しかし、クレイもただ回避しただけではなかった。避けながら木剣を横に構え切っ先に左手を添え、叫んだ。
「【結界光刃】！！」
両手から魔力が木剣が伝わり、木剣の刀身から半透明の刃が発射された。それが弓矢以上の速度を持っているため、衝撃波のように見える。
その疑似衝撃波そのものは大した強度もなく、威力もそこそこでしかない。とてもではないが騎士の纏う鎧は破れないだろう。
そこでクレイが狙いをつけたのはオーランの左手。手の部分には装甲はほとんどなく、たった今火球を放つのために手の平を開いたばかりだ。
「ぐっ……！」
【結界光刃】が見事オーランの左手を傷つける。クレイはそのまま左手側、つまり向かって右側から追撃をする。
オーランがクレイの斬撃をを受け止めようとするべく剣を構えるのが目に入る。しかし、不完全な体勢で、且つ右手で持つ剣で左から迫る斬撃を防ごうという構図になるのだ。当然満足に踏ん張りが効かないだろう。
そこまで見切っていたクレイは、木剣を両手持ちした。
そして力の入りきらないオーランを、踏み込みの勢いと共に渾身の力を剣に乗せ、相手の防御ごと叩き斬る！
「ぐあッ！」
衝撃に耐え切れずオーランはその場に倒れた。
そこにクレイはすかさず木剣をオーランの頭上に振り下ろし、直前で止める。
周囲から「おおっ！！」と声が上がった。
「そこまで！」
リガーヴが試合終了の合図を叫ぶ。
「……まいったな。まさか負けるとは思わなかった」
尻餅をついた状態のオーランがクレイを見上げてそう言った。クレイは木剣を下ろすと、そんなオーランに手を差し伸べる。
オーランは少し間を開け、軽く笑うと手を取り立ち上がった。
「紙一重の戦いでした。ありがとうございます」
クレイがそう言うと互いに一礼を行う。これにより、一つの試合が終了したのだ。
するとクレイの下にすぐにリールがパタパタと駆け寄ってくる。
「クレイー！ おめでとーっ！ ケガない？ よね？」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう」
クレイがそう言うとリールはとびきりの笑顔を見せ、今度はオーランへ視線を移した。
「じゃあ、オーランさんのほうだねっ！ オーランさん腕見せてっ」
「え？」
リールはオーランが戸惑っている間に左手を引っ張り、【結界光刃】で傷ついた箇所を両手で覆う。
「【愛の癒し手】」
慣れた呪文を唱えると、オーランの手が淡い光で包まれた。
周囲の兵士達はそれをみると皆目を丸くして驚き、次々に声を上げだした。
「回復魔法！？」
「おお！ あの子もそんなことができるのか？」
「おいおいマジかよ」
「いやー、すげぇ子らばっかりじゃないか！」
「オーラン！ ちょっとそこ代われ！」
「私の魔法、まだまだ未熟だから完治には時間かかるけど、痛みは和らいでるでしょ？ 血くらいはすぐ止まると思うから、それまでは続けますね？」
「あ、あぁ、ありがとう……」
そんな和やかなやり取りを遮るように、リガーヴが声を張り上げる。
「次！ カイル！ 前へ出ろ！」
無愛想な、しかし鋭い声が響き渡ると騒いでいた兵士たちもがそちらに意識を向けた。
「じゃあ、あちらで頼もうかな」
その場で自分達が邪魔になっていると理解したオーランはリールにそう言い、その場からすぐに離れる。
オーラン達と入れ替わるように、リガーヴ呼ばれた大柄の兵士が木剣を２本持ちながら前に出た。
