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翼を持つ彼等  作者: 夢猫
とある王国と彼等の話
9/24

出発前夜

 ギィィン!と鈍い音が響いてマースが持っていた剣が弾き飛ばされる。

 その瞬間に剣の行方を追ってしまった彼の視線が相手へと向き直った時には、既に目前に鋭い切っ先が向けられていた。


「武器が奪われたからと余所見をするな。死にたいのか?」


 マースに切っ先を向け呆れた様に言ったのはジンである。

 リリィート王国から決闘を申し込まれてから一ヶ月。

 マースは日々、ギルドメンバーとの特訓に明け暮れていた。

 あの日、リリィート王国へ赴いたメンバーを始めとしたギルドメンバー達が手が空けばマースの元へやって来ては手合わせをしていく。

 残念ながら未だに誰にも勝てていないのだが、彼等が言うには一ヶ月前のマースからすれば確実に強くなっているのだそうだ。


「はいはい。今日はその辺で終わりにしてくださいませね。明日は朝一で出発なのですから」


 パンパン、と手を打ってそう言ったのはエレインである。

 ニコニコと笑いながら言った彼女の服装は双翼の剣の正装と同じ黒を基調とした制服だ。

 デザインは違うものの、動きやすさに重点を置いた軍服の様な造りである事に変わりはなく、ただ一つ大きな違いとして、胸元に施された刺繍がシルクーラの国紋であった。


「エレインさん、それが新しいシルクーラの正装?」


「ええ、そうですわ。急ぎで作らせたので基本的な所がギルドの正装用の服と似てしまいましたが、まぁ、上々の出来だと思いますわ」


 リリィート王国との決闘が決まった数日後、アイトの命でシルクーラの式典や祭典、他国との公式の場などでシルクーラ側が着る正装の製作が始まった。

 シルクーラの代表であるバルラトナ家の者やアイトは勿論、シルクーラ建国と同時に独立した、かつてはある大国の貴族領であった領地の領主達、それぞれに伴う護衛の者達、そして双翼の剣の者達が着る事となったのが、今エレインが着ている服である。

 何故わざわざそんな物を、と問う者はいない。

 問わずとも皆理解していた。

 この制服はリリィート王国への警告なのである。


「マスターは以前の誕生パーティーに()()()()()()()()()として参加いたしましたわ。招待状もそちらの方を提示して会場に入りましたもの。だから、今回の決闘はリリィート王国がシルクーラという一つの"国"に対して申し込んだモノなのですわ」


 とっても()()()()で言ったエレイン。

 これは国家間の戦いだと、暗に示しているのだ。

 

「さぁ、夕食を食べたら今日はもう休みますわよ。皆様の分は明日、配りますわ」


 その言葉に演習場に集まって居た面々はそれぞれ散って行く。


「あぁ、マース様は残って下さいませ。リリィート王国に着いてからの流れをお話し致しますわ。会議室へ行きましょうか」


「うん、分かった」


 残されたマースがエレインと連れ立って移動する。

 着いた部屋にはシルティーナを始めとした"二つ名持ち"が揃っていた。


「お、その服似合ってるねエレイン」


「あら、クラリナ様、ありがとうございます」


「まぁ、ギルドの正装着と大して変わらない作りだから似合ってるのも頷けるけどな」


「アル、貴方はまたそうやって……でも少しデザインは違うのね。まだ試作品なんでしょう?」


「ええ、そうですの。取り敢えず今回の件に間に合うように作りましたから、これが落ち着いたら正式な物を作る予定ですわ。シルティーナ様も是非、試着会に参加されてくださいませ」


「暇だったら行かせてもらうわ」


 テンポよく進む会話の間で円卓にお茶が用意されていく。

 エレインも含めた"二つ名持ち"がそれぞれ所定の位置に座り、マースが扉から一番近い椅子に座った事で話は本題に入った。


「さて、明日はいよいよリリィート王国に向かって出発する日だけれど、マース君の調子はどうかな?」


 アイトの問いに全員の視線がマースへと向いた。


「あ、えっと、悪くはない……と、思います」


「そう。なら大丈夫だね。前に話した通り、魔法の類いは一切禁止だ。まぁ、その点で言えば君には何の障害もないね。何か気になる事はあるかい?」


「えっと、戦う相手ってどんな人なの?」


「リリィート王国、最強の騎士」


 答えたのは"知略の将"の二つ名を持つカミーナ・ルーランスだ。クルン、とうねる茶髪の下から金色の瞳が覗いている。


「魔法も、剣の腕も、まぁまぁ」


「なんだ。じゃあ問題ないっスね」


 カミーナの言葉に笑って言ったのはレインだ。

 相手が最強の騎士だろうがお構い無しに『問題ない』と言い切られてしまい、マースは苦笑する。

 彼等は自分の実力も、他人の実力も過信はしない。けれど、仲間に対する絶対的な信頼は相手がどれ程の強者であっても揺るがないのだ。

 だから事も無げに言う。『問題ない』と。

 それは過信ではなく確信だからだ。


「それで?」


 欠伸を噛み殺しながら疑問を口にしたのは銀髪に琥珀色の瞳を持つ"大剣の怠慢者"こと、アルハルト・ルーランスである。


「リリィート王国から売られた喧嘩は幾らで買い取ったんだ?」


「?」


 アルハルトの言葉に首を捻ったのはマースだけだった。

 他の者達は皆一様に楽しそうな笑みを浮かべている。


「僕とジンさん、シルティーナさんにクラリナさん、エレインさんとレインさん。後は手が空いている人達を二十人くらい」


「それはまた、随分と高値の買い取りだな」


「そりゃあ、売られた喧嘩は高く買い取らないといけないってのがうちのギルドの決まりだからね」


「そんな決まりあったか?」


「今作った」


 どっと上がった笑い声にマースは漸くアルハルトの質問の意味が分かった。

 つまりは、リリィート王国へ行くメンバーを聞いたのだ。

 そして、その顔触れにアイトの本気度が知れる。

 彼等は、ともすれば国一つ乗っとる事も出来る顔触れでリリィート王国へ赴くと言っているのだから。


 なんだかリリィート公国の人達がとても哀れに思えて来たマースであった。

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