彼女の不機嫌の理由
「遅かったですわね。話は纏まりましたか?」
リリィート王国の王城の入り口で待ち構えていた馬車の前、暫く前から姿を見かけなかったエレインが三人を出迎えながらそう言って優雅に微笑んだ。
「エレイン! 姿を見ないと思ったら、どこに行っていたの?」
「ふふ。もしもの時の為に別の場所で待機しておりましたの」
そう言ってエレインが指し示したのはパーティー会場となっていた建物から少し離れた場所にある四階建ての建物である。
「四階の窓から丁度皆様方がお話しされていたお部屋の中がよく見えましたわ」
エレインはニッコリと笑って何でもない事の様に言うが、エレインが言った四階の窓から先程まで三人が居た部屋はどう考えても"よく見える"距離ではない。
ましてやその"中"など見える筈もなかった。
けれどその場に居る誰も彼女の言葉に疑問を抱く事はない。
それは彼等にとって当たり前の事であるからだ。
「流石エレインさんだね。ボクが言わなくてもちゃんと動いてくれてて有り難いよ」
「武器を使った遠距離攻撃ならエレインの右に出る人は居ないものね」
「この国の王は先程まで自分の命が離れた場所の四階の窓から向けられていた銃口と、引き金にかけられた指一本に委ねられていたなどとは考えもしないのだろうな」
「あら、それを言うのならマスターの指示一つに、ですわ。マスターは気付いていらしたのですから、私はマスターが撃てと言えば撃ちましたのよ」
「いやだなぁ、ボクがそんな事言う訳ないじゃないか」
「「「……」」」
朗らかに笑ったアイトだが、同意の声は誰からも上がらなかった。
「それはそうと、何故シルティーナ様は不機嫌ですの? 先程まで怒っていたのはマスターだったと記憶しておりますけど」
「私、不機嫌に見える?」
「ええ。それはもう、とっても不機嫌に見えますわ」
ニッコリと、相変わらずの笑顔で言うエレインにシルティーナが苦笑する。
「流石はエレインね」
「え? シルティーナさん不機嫌なのかい? どうして?」
「マスター……」
キョトンと首を傾げたアイトにシルティーナが呆れた様に溜め息を吐き出した。
「だってマスター、二つ名持ち以外での決闘という条件に了承してしまったじゃないですか」
「そうだね。それが?」
「ジンは私のなのに、何故私がジンを賭けた決闘に参加できないのですか? 五秒で片を付けて私のジンを欲した事を後悔させてやりたかったのに……」
不満そうに吐き出されたシルティーナの言葉にアイトがポカンと口を開く。
「あー、それはごめんね……」
「別に、もう決まってしまった事ですからしょうがないですけど」
「あんな奴等を片付ける為にお前の手を煩わせる事もない。こんな下らない事など他の奴にやらせとけばいいんだ」
シルティーナの腰を抱いたジンが珍しくもその顔に優しい笑みを浮かべて上機嫌で言う。
自分を賭けた戦いにシルティーナが出たがった事と、それをさせてもらえなくて不満に思っている事に当事者であるジンはご満悦であった。
未だに不満気なシルティーナをエスコートして馬車へと乗り込めば残りの二人もついて来る。
「それでマスター、誰を出すのか決めていますの?」
「うん、決まってるよ」
エレインの問いにアイトは笑顔で返す。
それはとてもとてもいい笑顔だった。
「誰ですの?」
「二つ名持ちじゃなくて、魔法禁止の決闘にうってつけの人物さ」
「……まさか」
アイトの言葉に思い付く人物に行きつきシルティーナが声を上げる。
「あ、シルティーナさんは気付いた? 流石だね! 彼にぴったりでしょう?」
「けど、彼はまだ見習いですよ?」
「それでも一人で依頼を請けてるし」
「それは彼と年の近い者が居ないから仕方なくではないですか。それにお目付け役はまだちゃんとついていますし……」
「でも実力はついているでしょう?」
「そりゃあ、私やクロを始めとしてギルドの皆が暇な時にそれぞれ稽古をつけてますからね。並大抵の者には負けませんよ」
「なら大丈夫さ! なぁに、この国の兵の実力なら調査済みだよ。国随一の強者が出て来ようと彼なら勝てる。それに、二つ名持ちどころか見習いに負けた時の彼等の顔を見たいじゃない」
「はぁ……マスターって本当にいい性格してますよね」
苦笑したシルティーナにアイトがパチンとウィンクした。
「あの、もしかしてお二人が話している方とは……」
「そう、絶賛見習い中のギルドメンバー、マース君だよ」
菫色の瞳を持った少年の姿がシルティーナの脳裏に過った。
数年前、自らの意思で双翼の剣のメンバーなることを選んだ少年は、確かに今回の決闘にはうってつけの人物である。
アイトの考えが嫌でも読めてしまったシルティーナは、せめてこの決闘がつまらない終り方をしないでくれる様にと思うのだった。




