愚か者達
「シルティーナは俺の妻だ」
「つま……?」
まるで言葉の分からない赤子の様にジンの言葉を繰り返したのはキャローナである。
パーティーの音楽が微かに聞こえる中庭で、ジンはリリィート王国の王女であるキャローナと向かい合っていた。
それが何故か、と聞かれれば、夜風にあたると言い置いて外に出たジンの後をキャローナが追ったから、と言うしかないのだが、実は全てジンの計算通りであるということを残念ながらキャローナは知るよしもなかった。
「妻、とは、あの……では、ジン様はご結婚されているのですか?」
「あぁ。そう言っているだろう」
「そんな……だって、そんな情報は……」
「例えどんな些細な事であっても、ギルド内の情報をそう易々と流すと思っているのか?」
王女に対して敬語を使う事もせずにジンはこれ見よがしに溜め息をつく。
「そんな……でも、いいえ、ええ、大丈夫よ。大丈夫」
「……? おい、」
ブツブツと何やら呟いていたキャローナにジンが怪訝な顔で声をかけるがそれに対する返事はない。
「大丈夫。だって私が望んでいるのだもの。お父様がきっと。そう、きっと……」
「……」
「ジン」
ブツブツと呟き続けるキャローナを静観する事に決めたジンが腕を組んで息をついたその時、静かな声がジンの名を呼んだ。
「シルティーナ」
「……シル、ティーナ?」
ジンが応える様に呼んだ名にキャローナが反応する。
先程まで話題に上がっていたシルティーナが纏っている黒衣は、夜の闇に紛れ月明かりを纏った彼女の金髪をより一層輝かせて見せていた。
「こんな所に居たのね」
「どうした?」
「エレインと話してたんだけど、マスターが戻り次第ここを発つわよ」
「ああ、分かった」
一度だけキャローナに視線を向けたシルティーナだったが、その後は特に興味を示す事もせずにジンへと歩み寄り会話する。
一国の王女に対する態度とは到底思えないそれに対してジンも特に何かを言う事もなく普通に応答した。
唯一、当人であるキャローナだけがその顔を驚きに染めていた。
「わ、私を無視されるおつもりですの……?」
「あら、先程振りですね、キャローナ様。ジンに何かご用で?」
「そ、それは……」
「いや、もう終わった」
「え?」
「そう。では、ジンを返して貰ってもよろしいですか?」
「かえ、す……?」
「はい。だってジンは私のパートナーですもの」
「……」
「では」
シルティーナの言葉に唖然と言葉を失うキャローナに形だけの礼を取ったシルティーナとジンが腕を組んでその場を去ろうとする。
そんな二人の動きに数瞬遅れてキャローナが反応した。
「ま、待って……」
伸ばした手がジンの服の袖に触れるその直前、パーティー会場とは別の部屋から膨大な魔力が溢れ出して来た。
「何ですの!?」
「これは……」
「アイトの魔力だな」
溢れ出して来た魔力がアイトのモノであると理解した瞬間、シルティーナとジンは同時に走り出していた。
「あ! ま、待ちなさい!! どこに行くのです!?」
キャローナもそんな二人を慌てて追いかけるが如何せん足の速さと着ている服の動き安さが違いすぎる。
「あの部屋には、お父様が……」
直ぐに遠ざかって行った二つの背中を見送り、立ち止まったキャローナが上がった息の中ポツリと呟いたのだった。
一方、駆け出したシルティーナとジンの二人はそう間を置かずにアイトの魔力が溢れ出した部屋へと到着していた。
「おい、アイト」
「何事ですか?」
アイトの膨大な魔力に部屋の入り口で立ち竦んだまま固まっていたリリィート王国の騎士達を押し退けて二人が部屋の中に入る。
部屋の中に居たのはアイトとリリィート王国国王の二人だけだった。
「やぁ二人共、早かったね」
「……」
「……何があった?」
笑顔のアイトが二人へ顔を向ける。
アイトをよく知る二人はその瞬間に理解した。
この国の王は、アイトを怒らせたと。
双翼の剣の中で、一番怒らせてはいけない者を怒らせたのだと。
「なぁに、別に大した事じゃないよ。この国の王様が、僕達に対して決闘を申し込んで来たから受けてあげただけさ」
「決闘? 何を賭けて闘うんですか?」
「ジンさんだよ」
「え?」
「は?」
「ジンさんを賭けて闘うんだよ」
意味が分からないといった顔をするシルティーナとジン。
そんな二人を見ているアイトはそれはもう、輝かんばかりの笑顔である。
対して、床に尻餅をつき、顔を青ざめさせたリリィート王国の国王の表情は硬い。
「楽しくなって来たね」
「「……」」
笑顔で凄まじい怒気を放つアイトにシルティーナとジンは小さく息をつき、溜め息を返したのだった。