彼女の処遇
「君にはグランダラ王国に行ってもらう事になったよ」
「グランダラ王国、ですか……」
にっこりと笑顔で告げたアイトに、ここ数日で何度か耳にした国名をスウェンは繰り返した。
魔具の製造に長けた国の名前がここで出てくるとは思わなかったのだ。
「あの、あなた方が直接何か手を下さなくていいのですか? 他の国に渡してしまえば、逃がしてしまう可能性もありませんか?」
「その心配はないよ」
スウェンの言葉をアイトはキッパリと否定する。
あの国は確かに、基本的に穏やかな性質の国民性ではある。
けれどそれは、あくまでも"人"に対してだけなのだと、アイトは笑った。
「それは、どういう……?」
「数ヶ月前、グランダラ王国から"実験道具"の調達の依頼があったんだけど、うちのギルドは誘拐も、人身売買もしないからお断りしたんだ。けれど今回、そんな事をしなくても提供できる"実験道具"が出来たから、それを送る事にしたんだよ」
「……」
新しい魔具の使用実験に使われる"実験道具"。
グランダラ王国はこれまで、自国の罪人や奴隷を用いてそれらを賄っていたのだが、二年前に大規模な飢饉に見舞われその多くを失った。故に他国からそれらを仕入れる事にしたのだ。
「そうそう簡単に死なれたら困るから、最低限の衣食住は確保されるだろうけれど、逃げられるのはもっと困るから、確実に何処かに監禁されると思うよ」
よかったね、と未だに遮音の魔法をかけられているキャローナへ向かって言えば、鋭い目で睨み返されてアイトは苦笑した。なかなかに反骨精神はある。
「魔具の使用実験とは、いったいどんなものなのですか?」
「さぁねぇ。僕達も詳しくは聞かされていないけれど、今回僕達が協力した魔力遮断の腕輪も、映像記録用の水晶も、全て一回グランダラ王国で使用実験を行ってそれに合格した物だって言ってたよ。あー、そうそう、魔力遮断の腕輪についてはちょっと聞いてたな……えっと、確か魔力を遮断する腕輪の前は魔力を吸収する腕輪を造ろうとしてて、それで実験道具を一つダメにしてしまったから、遮断の方に切り替えたんだって言ってた。だからまぁ、他の魔具の使用実験も似ようなものだろうね」
「……」
アイトの言葉を受けてスウェンはキャローナへ視線を向けた。
先程まできつくアイトを睨み付けていたその瞳は、今はうろうろと落ち着きなく辺りを見渡し、顔からは血の気が引いている。いくら無知な彼女であっても、今のアイトの言葉が意味する事は理解出来たようだ。
「もう少ししたらうちが所有する別の船と合流するから、後はその船でグランダラ王国まで行ってもらう事になるよ」
「シルクーラまで行ってから別の船に乗るのではないんですね」
「シルクーラまで? 彼女を連れて?」
スウェンの言葉にアイトは、信じられない事を聞いたとばかりに声を上げる。
そうして次の瞬間、ゾッとする程に無表情になったアイトは、そこにあらゆる負の感情を詰め込んだと思える程に暗い瞳で、ただ一言言ったのだった。
「冗談じゃない」
「……」
ゾワリと粟立った腕をさすったスウェンは、キャローナがまだ生きてここに居る事が彼女に与えられた最後の奇跡ではないかと本気で思った。
まぁ、その奇跡もここで終わるのだろう。
彼等はキャローナがより長く苦しむ場所へと橋渡ししただけなのだ。自分達で手を下すよりも、そちらの方がいいと判断したのだろう。
そうして、遮音の魔法が解かれた瞬間に案の定喚き散らし始めたキャローナは、結局その後はずっと遮音の魔法をかけられ続け、2時間後に合流したグランダラ王国行きの船へと荷物よりも雑な扱いで移された。
遠ざかる船を見送ったスウェンは、小さく息をつく。
太陽は、既に半分が水平線へと沈んでいる。
長く濃かった1日が、一先ず一段落ついた形で終わろうとしていた。
ここからシルクーラまではまだ数日かかる。
シルクーラに着いてからが、スウェンの仕事の本当の始まりであった。
取り敢えず、その仕事の一環であるキャローナの様子は一年後にでも見に行くかと考えたスウェンは、元自国の王女様へと、出来ればそれまでは生きていて下さいと祈りつつ、夕飯を知らせる声に従って食堂へと向かったのだった。




