こちら側とあちら側
ぼんやりと意識が浮上する。
次いで襲ってきた耐えようもない痛みにキャローナは小さく呻いた。
「ここ、は……」
出した声は自分のとは思えない程に掠れ、しかも一言発する度に体が痛む。
どこが痛いのかすら分からない程に全身が痛い。
それでも何とか体を起こして自分の居る場所を確認しようとするが、まったく覚えのない場所である。
硬く無機質な床。同様の壁には高い位置に小さな窓があるが、頑丈な格子がはめ込まれている。
そして極めつけは前方の鉄格子。
ここがキャローナが知っている場所でなくとも、この場所が何であるかは知っていた。
「牢屋? なんで、私が牢屋なんかに……」
「目が覚めましたか」
困惑するキャローナの前に一人の男が現れる。
その男を見たキャローナの目が大きく見開かれた。
「お、まえ……お前っ! スウェン・オーブナー!! なぜお前がっ、」
感情に任せ大声を上げたキャローナは、しかし直ぐに襲った身体中の痛みに言葉を詰まらせる。
そんなキャローナに対して、リリィート王国の騎士であり、今回の一騎討ちの選手でもあったスウェンは痛ましい者を見る目で彼女を見て息を吐き出した。
「あまり大きな声を出さない方がよろしいですよ。治癒魔法をかけて貰ったとは言っても、あくまで治したのは大きな損傷だけの様なので」
「そ、んなっ、そんな事を、聞いているんじゃ、ないわっ! なぜ、お前が格子の外側に居て、私が格子の内側に居るのかと、聞いているのよ!?」
叫びきったキャローナが全身を貫く痛みに呻いて踞る。
そんな彼女にスウェンは心から同情した。
「キャローナ様……」
格子に近づき屈んだスウェンをキッと睨み付けたキャローナは、しかし、彼が発した次の言葉に思わず息をするのも忘れた。
「貴女はもう、王女ではありません」
「は、」
「リリィート王国の王家にキャローナという名の者は居ないと、ディルス様が証言なさいました」
「な、にを……お、お父様は……お父様が許す筈が、ないわ!!」
「国王様は今回の件に関する全権をディルス様にお譲りになりました。昨夜以降、お部屋から出てこられておりません」
「そん、な……」
唖然と、先程までの憤りすら忘れ去って、ただただ唖然と自分を見てくるキャローナにスウェンはただ現実を突きつける。
「ここは双翼の剣の方達の移動型支部船、"止まり木の盾"にある牢です。貴女の身柄は彼等に渡され、彼等が今後の貴女の処遇を決めます」
「なぜ、なぜこんな事に……? わた、私は、ただ……」
「貴女は怒らせてはいけない者達を怒らせてしまったのです。決して手を出してはいけない者達に、ただ自分の欲の為だけに手を出した。自分の行動の責任を、"王女"という肩書き以外何も持ち得なかった貴女はその身でとる事になったのです」
正真正銘の『自業自得』だと、スウェンは言った。
全てを持っているつもりで、その実、何も持ってはいなかった、空っぽの可哀想なお姫様。唯一持っていた"肩書き"さえも今回の件で奪われた彼女は、最早どこにでも居るただの小娘に過ぎない。
「貴女は何故俺が格子の外側に居るのかと問いましたね? 俺は、今回の件が全て片付くまで、シルクーラに出向いて見届けるよう、ディルス様に仰せつかりました。この"全て"には、貴女の件も含まれます」
しかしあくまでも自分は見届ける者であり、介入は一切しないのだと、スウェンは言った。キャローナを助ける気は一切ないのだと。
「そ、んな……だって、違う……こんな……わたしは、王女で、だって、お父様が……ジン様がほしくて……でも、だって、上手くいくって……そう、いって……だから、違う、わたしは……」
力なく項垂れ、焦点の合わない目で虚空を見たキャローナはブツブツと意味を成さない言葉を呟く。
スウェンがそんな彼女に声をかけるより早く、外へと繋がる扉が開きアイトが入って来た。
「やぁ、起きたんだね」
礼をとったスウェンに軽く応え、代わる様にキャローナの居る牢の前に立ったアイトがにこやかな笑顔と共に掛けた言葉にキャローナは反応しない。
そんな彼女の様子にアイトはおや、と軽く首を傾げた。
「もしかして壊れちゃったのかな? 困るなぁ、もう少し正気でいてくれないと。たったこれだけの事で壊れちゃったらお話にならないよ」
そう言ったアイトが右手を軽く上から下へと振った次の瞬間、何もない空間から大量の水がキャローナの上へと降り注いだ。
暫くの間突然の出来事に唖然と、しかし先程よりも焦点の合った目でアイトをただ見つめていたキャローナは、みる間に顔を赤く怒りに染めてその怒りのままに口を開いた。
「このっ!! あんたが、あんたさえ、居なければ! 下賎の者でありながら、王族たる私になんという事をっ!!」
「あはは、いやだなぁ。君はもうお姫様じゃないし、君がここに居るのはスウェン君も言っていたけれど、君の自業自得だ。人のせいにしないで欲しいね」
可笑しそうに笑ったアイトがスッと右手を今度は左から右へと小さく振る。途端、未だに何か怒鳴っている筈のキャローナの声が聞こえなくなった。
「アイト殿、これは?」
「遮音の魔法ですよ。彼女の言葉のみを遮っているので、こちらからの声は届きます。ちょっと五月蝿いのでね」
パチン、と茶目っ気たっぷりにウィンクするアイトにスウェンは思わず小さく笑う。
遮音の魔法など聞いたこともないし、それを詠唱や魔法陣もなく身振り一つでやってしまえるなど、最早笑うしか出来ない。分かってはいたが次元が違う。
「さてと、僕がここに来たのは他でもない、君の処遇が決まったからそれを伝えようと思ってね」
まるで旅行の行き先を発表する時の様な、楽し気な声音。
表情を引き締めたスウェンと、顔を青ざめさせたキャローナ。そして、ニコニコと笑顔のアイト。
異様な空間が広がっていた。




