揺れる馬車の中で
「いやぁ、皆が引き受けてくれて良かったよ」
ガタゴトと揺れる馬車の中、アイトは安心した様に笑った。
アイトの横に濃紺色の髪と瞳を持った男ジンが、対面に金の髪と薄紫の瞳を持った女性シルティーナと、亜麻色の髪に栗色の瞳を持つ女性エレインの二人が座っている。
リリィート王国から誕生パーティーの招待状が来てから14日目。四人は今、その誕生パーティーに出席するためにリリィート王国へと向かっていた。
「まったく、下らない事に巻き込んでくれたものだな」
「ジン……」
「いいか、シルティーナ。俺はお前が行くと言ったから行くだけだ。どこぞの国の、誰かも知らない者の誕生日などどうでもいい。しかもそれに見え透いた思惑まで絡ませてくるなど下らな過ぎて腹も立たないな」
「なら何でそんなに不機嫌なのよ」
「フン。俺は、俺の事を簡単に手込めに出来ると思っている奴等が気にくわないだけだ」
「それ、腹を立ててるんじゃない。お願いだから問題は起こさないでね」
「保証は出来ないな」
「まったく……」
不機嫌を隠しもせずに呟いたジンをシルティーナが嗜める。
「ふふ。お二人は本当に仲がよろしいですわね」
そんな二人の様子を微笑ましそうに見ていたエレインが朗らかに笑った。
「そう言うエレインはマスターのパートナーとして行く事をよくレインが許したわね? 先月結婚したばかりの新婚さんなのに」
「ふふふ。レインはマスターがこの件について悩まれているのを目の当たりにしていますからね。出来るだけ協力して欲しいと言われましたわ。それに、新婚なのはシルティーナ様とジン様も同じではないですか。皆一緒に式を挙げたのですから。ギルド内の事で公にするような事柄でも無いとはいえ、今後この様な案件が続く様であれば何かしら手を打たないといけないかもしれませんわねぇ」
「うーん、まぁ公にした所で無くなる案件でもないと思うけどね。それはまた考えればいいわ。それよりマスター、本当にこの服で行くんですか?」
「うん? そうだよ。何か問題あるかな?」
「私達的には何の問題もないんですけどね。向こうがどう思うかと」
「ふふ。どう思うだろうね?」
「……楽しんでますね、マスター」
にっこりと笑ったアイトにシルティーナが呆れ気味に苦笑した。
シルクーラを経って十日余り。
海を渡りやって来た大陸はさして大きくはないけれど緑溢れる平和な国だった。
迎えの馬車に揺られ続けて数時間。
もう直ぐパーティー会場である王城が見えてくる頃だろう。
既にパーティーは始まっている時間帯だ。
遅れて着いた自分達はさぞや目立つ事だろう。
そして、自分達が今している格好はその場に衝撃を与えるには十分な物なのだ。
黒を基調としたまるで騎士が着る軍服の様なデザインの服は胸元には双翼の剣のエンブレムが刺繍されている。
シルクーラでの祭事に双翼の剣のメンバーが着る正装ではあるのだが、如何せん王族主催のパーティーという華やかな場所では確実に浮いてしまうだろう。
何より誕生パーティーに軍服紛いの服で参加するなど下手すれば主催者の怒りを買ってしまうかもしれない。
唯一の救いは女性であるシルティーナとエレインの服が一応スカートである、という事だろうか?
それでも動きやすさ重視である事には変わりないのだが……
「何を企んでいるんですか、マスター?」
「いやだなぁ。僕は何も企んでなんていないさ。企んでいるのは相手の方だよ。だから僕はただ、それに応えてあげようと思ってね」
どこまでも楽しそうに笑うアイト。
曲者揃いのギルドメンバーを纏める人物なのだから、彼が一番の曲者であるのも頷ける話である。
アイトから企みを聞き出す事を諦めたシルティーナは窓の外へと目を向けた。
「何事もなく帰れればいいけど……」
願望の様に口にしたソレが叶うとはシルティーナ自身思ってはいないのだが、それでも口にせずにはいられなかった。
取り敢えず、スカートの下に見えない様に提げられている短剣を確認して、事前に見せられたこれから行くリリィート王国の王城の造りとその周辺の地図を頭の中で思い描いて脱出ルートを幾つか考えている辺りシルティーナは立派なアイトの共犯者になりうる存在であるのだが、本人はそれに気付いていない。
楽しそうに笑うアイト。
朗らかに微笑むエレイン。
不機嫌な表情のジン。
何とも言えない顔をしたシルティーナ。
それぞれ違った面持ちで馬車に揺られる四人の目に立派に聳え立つ王城が映るのはそれから数分後の事だった。