話し合いの場
アイトが言う、『下らない事』というのが何を指し示すのか。
この国の王が、宰相が、それに連なる多くの者が、先程まで行われていた『一騎討ち』の事だと思っているだろう。
アイトが大切にしているギルドの者を賭けた戦いなど下らない事だから、と。
だが違う。そうではない。
ディルスは叫んだ自分に向けられたアイトの瞳が楽しそうに光っているのを見て、全てが彼の掌の上だったのだと気付いた。
「ディルス、どうしたのだ? 急に叫んだりして。アイト殿に失礼じゃないか」
「黙っていてください」
そんな呑気な事を言う自分の父を、リリィート王国の王を、ディルスは一言で黙らせる。
どうして彼が一国の王をやれていたのか、今は不思議でならない。ここまで浅慮だとは流石に思わなかったとディルスは内心で頭を抱えた。
とにかく落ち着かなくてはならない。焦ってアイトを問い詰めたとて笑ってかわされて丸め込まれるのが目に見えている。
大きく息を吸い、吐き出す。周りを見渡せば困惑と不安と恐怖を混ぜ合わせた様な顔をした国民達が闘技場の出入口付近で固まっていた。その周りを等間隔に双翼の剣の者達が囲んでいるのを見るに、金環を破壊してから今に至るまでの間で観戦に来ていた国民達を一ヶ所に集めて見張っていたのだろう。闘技場に居たリリィート王国の騎士達も無力化されている。
まったく何て見事な動きだろう。ディルス達の護衛の任務に就いてくれていた双翼の剣の者達から聞いた話で抱いた印象は、纏まりとは無縁の傍若無人な者達で構成されたギルドだったのにも関わらず、この無駄のない動きである。
嘘を話された訳ではないのだろう。ただ、ディルスの読みが甘かっただけだ。
普段どれだけ纏まりがなくとも、傍若無人に振る舞っていようとも、彼等は一人の人間をトップと決め、仲間の為ならば国一つ落としてしまう者達なのだ。
打ち合わせなどせずとも、各々が自分のすべき事を分かっている。だからこその、統率のとれた無駄のない動き。
この国の……いや、もしかするとこの世界にある殆どの国の騎士や兵士がやろうと思っても出来ない事だ。
だからこそ、彼等を敵に回してはいけない。国としても、個人としても。
「場所を変えましょう。話しはそこでゆっくりと。観客達の解放をお願いしてもよろしいですか?」
「ええ、いいですよ」
ディルスの言葉にアイトが頷いたのを見た直後、闘技場を覆っていた逃亡防止の壁は消失し、国民達を取り囲んでいたギルドの者達はアイトの元へと集っていた。
ディルス達と同じ様に下に居たマースやクラリナ、エレイン達でさえ既に上の観覧席に戻りアイトと話している。
「はは……」
余りに速い動きにもはや笑うしかないディルスの肩をグリーティアが労う様に叩いた。
「これからですよ、お兄様」
「分かっているよ」
重い溜め息を吐き出したディルスはそれでも話し合いの為に移動を開始した。
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会議室で向かい合って座った両者。
リリィート王国側は国王のベラント、宰相のマーダル、王太子のディルス、第一王女のグリーティアが席につき、護衛としてスウェンと他三名の騎士が壁際に控えている。
対するシルクーラ側は代表者のアイト、クラリナ、シルティーナ、エレインが席につき、ジン、マース、レインが壁際にいる。
キャローナは自室。他のギルドの者達は半数がそのまま帰国し、残り半数が外で待機となった。
「それで?」
暫く続いた無言の空間がアイトの言葉で破られた。
「ディルス王子はいったい我々と何を話したいのですか?」
その言葉にディルスの顔がひきつる。自分の話したい内容など分かっているくせに、その言葉なのだ。
これは完全に遊ばれているな、とディルスは小さく息を吐いた。
それでも、何も明確にしないままに誓約書を作られ、何も気付いていない国王が愚かにもそれにサインなどしてしまえば、このリリィート王国は終わりを迎える事になる。それだけは避けなければいけない。
「アイト殿が先程おっしゃった、『このような下らない事』についてなのですが。それはいったいどんな事柄なのか明確にして貰えませんか」
「明確に、ですか。私はてっきり、皆様は既に周知されていると思ったのですけれどね。私が最初にその事について言葉にした時の状況を鑑みれば簡単に分かる事でしょう?」
返ってきた答えにディルスは眉をしかめる。
予想した通り。明確な指定をしない、聞く者によって幾通りかの違った解釈が出来てしまう答えだ。
「生憎と、私とグリーティアはその場には居りませんでしたので」
"王太子"の仮面を被ったディルスがアイトに負けず劣らずの笑顔でそう返した。
ニコニコ、ニコニコと、お互いに笑顔で向き合う二人に冷や汗が止まらないのはリリィート王国側の者達だ。
対するシルクーラ側の者達は出されたお茶とお茶菓子を優雅に堪能しており、この話し合いに介入する気が一切ない様子である。
下手な発言が出来ないディルスと、最早何も言う気がないアイトとの笑顔のにらみ合いが続く空間を破ったのは僅かに不機嫌そうなジンの声だった。
「何時まで遊んでいるつもりだ、アイト。まだ続ける様なら俺とシルティは先に帰るぞ」
「いや、君は当事者なんだから帰っちゃダメだよ」
今すぐにでも帰りそうなジンに苦笑したアイトが仕方ないなぁと息をついてディルスへと視線を戻す。
「少なくとも現国王よりは賢いリリィート王国の王太子殿下のこれからに期待して、今回は少しだけ譲歩してあげます」
「譲歩、ですか?」
「ええ」
頷いたアイトの顔から笑顔が消える。瞬間、ピリッとした緊張感が室内を走った。
「向こう三年間、シルクーラはリリィート王国が関与するあらゆる事柄に置いての関わりを拒絶します」
「なっ!?」
アイトの言葉にリリィート王国側の者達が一様に顔色を悪くする。
「それはいったいどういう事だ!? アイト殿、何故そんな話しになっている!?」
いの一番に声を上げたのはベラントだ。
「何故って、一騎討ちでこちらが勝利したからでしょう? 勝利の対価として、我々シルクーラはあなたに失言の撤回と今回のような下らない事への招待の拒絶をお願いしました。けれど、ディルス王子がそれに待ったをかけたので、彼の賢さに対して特別に三年という破格の期間で手を打つ事にしたんです」
賢いお子さんで良かったですね、と先程の真面目な顔から一転、再び笑顔を浮かべたアイト。
しかしベラントはそんなアイトの言葉に益々分からないと眉間に皺を寄せた。
「それが何故、我が国との関わりを拒絶することになるのだ? 今回の一騎討ちの様な事は今後起こさないと約束すればいいだけの事だろう」
ベラントの言葉に誰ともなしに笑い声が上がり、終いには部屋にいた双翼の剣の者達全員が声を上げて笑い出す。
「あはははははは!! 『今回の一騎討ちの様な事』? それが本当にマスターが言う『下らない事』だと思っていたなんて。おめでたい思考回路ね」
「ディルス王子がどうして待ったをかけたのか、本当に理解してないんスね。ある意味すごいっスよ」
クラリナとレインの言葉にベラントの顔が不快に歪む。
「下賤な者達が、」
「へぇ繰り返しますか」
ヒヤリ、と部屋の温度が数度下がったのを肌で感じた。
低く、あらゆる感情を押し殺したようなアイトの一言がベラントの言葉を遮り同時にグッと圧迫されるような息苦しさがリリィート王国の者達を襲った。
アイトが言葉を発したと同時にピタリと笑うのを止めた双翼の剣の者達が急に変化した室内の様子に慌てる訳でもなく、ただしょうがないなぁとでも言いたげに顔を見合わせて肩を竦めるのを見たディルスが、室内の温度を下げたのも、息苦しさも、どちらもがアイトの怒りに合わせて漏れ出た魔力によるものだと気が付き、慌てて声を上げる。
「ア、アイト殿!! 話し合いの時間を、リリィート王国の者だけで話し合う時間を頂きたい」
「……」
「私からもお願い致します。どうか、一度落ち着いて話し合える場を設けてはいただけませんか?」
「……」
ディルスに続いてグリーティアもアイトに頼み込む。長い沈黙の末、アイトが深く息を吐き出した。途端、室内の温度が戻り、息苦しさも無くなる。
「いいでしょう。1日、時間を差し上げます。どうぞ有意義な話し合いをなさって下さい」
そう言ったアイトが席を立ったのに習い、双翼の剣の者達も部屋を出て行く。
最後の一人が出たところで、誰ともなしに安堵の溜め息が溢れた。
「あぁ、そうでした」
皆が気を抜いたその時、まるで見計らった様にアイトが扉から顔を覗かせる。
「先程、関わりを絶つのは三年間と言いましたが、それはあくまで一つの目安です。三年後、この国が今のまま何も変わっていないのなら、シルクーラはその時点でリリィート王国との繋がりを未来永劫絶ちます」
では、と言いたい事だけ言ってアイトは今度こそ姿を消した。
「……各分野の代表者達を今すぐ集めて下さい」
重々しく発せられたディルスの言葉にマーダルとグリーティアが騎士を伴って部屋を出ていった。




